032 依頼達成報告
「わっ、何っ? これ……?」
冒険者ギルドにたどり着いたキノは、溢れんばかりの人が詰め寄っていることに驚く。
「街の中は休んでいるお店ばかりだし、ここは人で溢れかえっているし……どうしたんだろう?」
城門から冒険者ギルドまでには結構な距離があり、その間には富裕層の住む家やそういった客層を相手にする店ばかり。距離的には十数件の店が並んでいたが、そのほとんどが閉まっていた。
反面、冒険者ギルドは人で溢れかえり、入る隙間すらないのだから、いかなキノであろうともおかしいと思うだろう。
「報告は……どうしよう?」
人垣を眺めながらキノが呟くと、リルがすっと前に出る。
「キノ様、ここは私にお任せください。丁寧にお願いすればきっと通してくださいます」
そう言うと人垣の方に近づき、丁寧に話しかけた。
「キノ様が依頼達成報告を行いますので、どうぞお通しください」
「あぁ?」
「んだぁ?」
「今はそれどころじゃねぇんだ。邪魔邪魔」
帰ってくる雑言に青筋を立てながらも、再度丁寧に話しかける。
「邪魔です、ゴミ屑達。キノ様が中に入ると言っているのです。塵芥その他大勢は後ろに下がっていてください」
……丁寧? のはずだ。現に何人かはその可憐なお願いに顔を赤らめ、息を荒げている。
集まっているのは自分に自信を持っている冒険者達。そのような可愛らしいお願いには特に敏感で、先日のリルの起こした騒動などすっかり忘れている。
そんな彼らだからこそ、あっさりとリルの可愛らしさにイチコロで、ここが天下の往来と言うことを忘れて飛びかかって行った。
「んだこらぁ!!」
「小娘が粋がってんじゃねぇぞ!」
「泣いて謝るまでヒィヒィ言わしたる!」
はて? 何か違ったかもしれない。
「ふぅ、これだから無能者は」
リルは丁寧に獲物を叩き落とし、10メートルほど離れたところにある馬用の飼料入れに向かい、男達を丁寧に投げ捨て始めた。
……丁寧か?
「ぐぇっ」
「ぐあっ」
「ひでぇっ」
「あ……イィッ」
「この匂い……田舎を思い出す……おかあちゃ〜ん!!」
各々に悲鳴をあげて投げ捨てられる男達。全て片付くのにかかった時間はおよそ15秒。
後には山と積まれた武器と、スッキリと片付いた入り口が残った。
……丁寧な対応とはこう言うことを言う……んだったか? ……まぁ、細かいことを気にしてはいけない。
「さて、これでスッキリしました。キノ様、参りましょう」
リルは何事もなかったかのように振り向き、キノを中に案内するのであった。
勿論キノはそんなリルへツッコミは入れない。誰だって自分の身は可愛いのだ。
「えっと……オーウェルさん居ます?」
冒険者ギルドに入り、困惑顔の職員へキノは頬を掻きながら話しかける。
「あっ、キノさ……ん!? どうしたんですかっ? 何か問題でもありましたかっ?」
職員達が顔を見合わせる中、シエルがキノに気づいて駆け寄って来た。
「あっ、シエルさん。昨日はありがとう。えっとね、依頼が終わったから報告に来たんだ」
キノは"ポケット"からキュイに書いてもらった依頼達成報告書を出しながら告げる。
「えっ、もうっ!? でも出発したのは昨日で……えっ、あれっ? でもこれって間違いなくキュイ隊長の署名……
えっと……失礼しますね?」
シエルは報告書を受け取り、内容を確認する。
「えっ!? 本当にっ!? ……あっ、失礼しました」
目を通すとすぐに驚いて大声を出すが、すぐに我に帰って真剣に目を通す。
「すぐにマスターに知らせてきます。少々お待ちください。マスター!!」
焦ったシエルはキノ達を放置したまま2階に駆けて行った。周りに残っている冒険者達は、先日のリルの騒ぎを覚えているのだろう。遠巻きに見守っている。職員達も腫れ物を扱うかのようによそよそしい。
「なにか問題でもあったかな?」
「いえ、キノ様の行いは全て正しいかと」
だが、当の本人達は周りの反応など御構い無しにゆる~い空気を醸し出していた。
「キノ様、お待たせいたしまして大っ変申し訳ございませんっ!!」
2階から2人分の足音が響き、オーウェルがシエルを伴って駆け下りてきた。……が、後ろからついて来たシエルが足を踏み外し、ドダダダダダッっと轟音を立て、オーウェルを伴って階段から転げ落ちたのはご愛嬌だ。
「あ、オーウェルさん昨日ぶり」
のんきに挨拶するキノを前に、額の汗をハンカチでふき取りつつ、オーウェルは話しかける。
「こちらこそ、先日は依頼を受けていただいてありがとうございました。ええ……と、つかぬ事をお伺いいたしますが、昨日の今日で……もう、行ってこられたのですか?」
「うん、頑張ったよ♪」
その答えにオーウェルは絶句する。
「いや……たとえどれだけ頑張ってもあの距離を1日で!?……ありえないっ……いや、しかし……うぅん……」
口の中でもごもごと呟いては首を振り、改めて問いかける。
「……して、報告書を見るに全て終ったと?」
先ほどの報告書の内容を思い出しつつ、オーウェルはキノへ問いかける。
「うん、そうみたいだね」
そんなオーウェルから目を逸らしつつ、キノは答える。
「たった一日で往復してきたのもそうですが……報告では怪我人の治療には最低でも1ヶ月、砦の修復もかなりの日数を要するとあったはず……」
困惑し、また考えが漏れ出しているオーウェルの呟きにキノが答えに詰まる。
「ええと……それは……」
言いよどむキノへサブがそっと助け舟を出す。
《リル、全て報告書通りと答えて下さい。全てが丸く収まるはずです》
サブの言葉に頷いたリルがオーウェルの前に躍り出る。
「先ほど報告書をお渡ししたと思いますが、その内容に全て嘘・偽りはございません。それとも、お疑いになられるのですか?」
「そう……ですね。
はっ!! いえいえっ、キノ様を疑うなどとてもとても……」
我に返ったオーウェルは、更に汗を吹き出して顔を振る。
キノもリル、それにサブも報告書の内容が何と書いてあるか知らないが、依頼達成の報告書と言うだけあり、全て書いてあるだろうと思っていた。
事実、報告書の中身はキノ達が到着して以降、月の女神の奇跡により傷病者が完治し、壁が修復されたという記述がなされいた。
はた目にはマユツバものだが、派遣された2人がその通りと報告している以上オーウェルとしては頷くしかない。そして砦が月の女神から加護を受けたと言う事実は、先ほどソルトの街に起こった異変と繋げて考えるのもおかしくはないだろう。
「となると……やはり……」
オーウェルは考え込むが、すぐに顔を上げ。そこには自分を見つめる冒険者達が居て、彼等に大声で言い放つ。
「冒険者諸君!! どうやら我々は神々に守られている!!
先日、魔族の攻撃によって甚大な被害を受けた砦へ派遣した2人が持ち帰った報告書を読んで確信したっ!!」
オーウェルはキュイからの報告書を高々と掲げる。
「「「「「おぉ……!?」」」」」
中にいた冒険者達、職員、入りきれなくて外にいた冒険者達はその報告を聞いてどよめく。
「この報告書によると、北の砦に女神ルナ様が降臨され、傷病者の完治、崩壊した砦の修復がたった一晩で行われたと言われている。
そして今日のあの神聖な光……これは女神様の加護としか言いようが無いっ!! 女神様は我らを見守ってくれているっ!!
たとえ、急接近している強力な魔力反応が魔王だとしてもっ、このソルトの街が落ちる事はないっ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおーーーー!!」」」」」
オーウェルの言葉に大歓声が沸く。
まったく状況がつかめず、困り顔のキノとリルはただオーウェルに紹介されるがまま、とりあえず「おー」と右手を上げるのだった。




