030 ソルトへ報告に その1
砦門前には3人の男女が立っている。キノとリル。それとキュイ隊長だ。
「大変お世話になりました」
キュイが頭を下げると、キノは慌てて手を振る。
「いやいやいやっ、全然何もしてないよっ。ほんっとう~に何にもしてないんだからねっ?」
「こちらこそ、大変よくして頂きありがとうございました」
慌てるキノとは対象的に、リルは艶やかに礼をする。
「ですが、なぜ歓迎はあれ程だったのに、送迎はお一人なのですか?」
口元は微笑みを絶やしていないが、眼差しは冷たい。全ては勘違いなのだが、はためには確かに砦内の兵士全員での歓迎があったと思えなくもない。それに対し、送迎は一人しかいないというのはリルでなくとも気になってしまうだろう。
「あ……いえ、それは……」
歴戦の将であるはずのキュイだが、その視線に脂汗を垂らしながらなんとか答えようとする。
だが、--女神の奇跡--を起こしたアーレイをどう扱うか緊急会議が起こっていたり、急遽復調した兵士の処遇をどうするか混乱していたりなど。砦内がプチパニックになっているせいだなどと言うことは出来ない。
ついでに隣では、ボロを出さないよう、一刻も早く砦を後にしたいキノも焦っていた。
「リルっ! それなんだけど、僕が早く街に戻りたいってことで気を利かせてくれたんじゃないかなっ?
ほらっ、人が一杯だと行きづらいしっ!! だよねっ?」
珍しくキノが気の聞いた言葉を言うと、キュイも焦りながら言葉を合わせる。
「え……ええっ、全くもってその通りなのですっ。
キノ様が出立するのであれば、お出迎え同様、兵士全員を呼び出すべきなのですが、出立のお邪魔になってしまっては申し訳ないと思い……」
「あら、そうでしたか。キノ様に対する配慮を見抜けなかったなんて、私としたことが……そういう訳でしたら問題ありません。妙なことを言ってしまい申し訳ございませんでした」
そんな事はつゆともしらないリルは頬を赤く染め、深々と謝罪した。キノはリルの気が済んだことを確かめると、改めてキュイへと向き直りシュタッとばかりに右手を上げる。
「じゃ、僕達急ぐからっ!! リルも急ぐよっ!」
その勢いでリルに声を掛けると、ダッシュで砦から遠ざかって行った。
「では、失礼致します。
キノ様っ!! そっちではありませんっ!!
先に行かないでくたさ~~~い」
同じようにリルも踵を返すと、ダッシュでキノの後を追う。
「お気をつけて」の言葉を掛ける事すら出来なかったキュイは、そんな2人をただ呆然と見送りつつ、
「担ぎ上げられる前に、きちんとプロポーズでもするか」
と、半ば現実逃避に走るのであった。
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「キノ様、もうじきソルトに到着します……ですが、死臭が」
砦を発って約1時間半。
色々あった末、弧を描いてソルト西門付近に近づいて向かった一行。走り慣れた砂漠を進むにつれ、漂ってくる死臭をリルが嗅ぎ取る。
「それって!?」
キノは思い出す。魔族が向かっていると言ったキュイの言葉。先日の魔族の残して行った言葉。
あの魔族ならば無差別に殺戮を起こすように見えなかったことで安心していたが、別の-殺戮が本能と呼べる魔族-が来るとは思ってもいなかったのだ。
「サブッ!?」
《油断していました。先日の言葉から同じ魔族とばかり思っていましたが……
リルの鼻でこの位置から死臭を嗅ぎ取れるということは、かなりの数の死体があると言うことです》
サブの言葉を聞いてキノは焦る。
「でも街にはっ!?」
《エィムズ様や、エル様も実力は申し分無いのですが、それ以上の戦力。もしくは、強大な力を持つ個体がいるという可能性も考えられます》
キノの脳裏に短い付き合いではあったが、良くしてくれた衛兵の人達やギルドの人々の顔が思い出される。
「リルっ、急ぐよ!!」
「はい」
更にスピードを上げようと足に力を入れる。
《お待ちください》
貯めた力を爆発させようとした所でサブから待ったがかかる。
「どうしたのっ!!」
キノは若干いらだったように問う。
《先程も言いましたが、相当な戦力、もしくは強大な個体が居ると思われます。マスターでも退けられるか分かりません》
「キノ様っ!?」
サブの言葉にリルは足を止める。
《場合によっては死の危険もあります。それでも……行かれますか?》
リルにつられて足を止めたキノだが、サブの問いにいつもの調子で普通に答える。
「うん、行くよ? 町の人が一杯死んだら、勇者様悲しむんでしょ?」
まるで当たり前のことを何で聞くの? といった感じだ。
《……いえ、全てはマスターのお心のままに》
「私もキノ様に従います」
「あ、でも、死んじゃうかも知れないならリルはダメだよ?
僕は勇者様のご恩返しに行くけど、リルはそんな事ないんだからね?」
神妙に頷くリルを見て、キノは慌てて付け加える。
「いえ、私は最後までキノ様をお守りすると誓った身。キノ様が行くのでしたらついて行きます」
リルは真っ直ぐにキノを見る。
「うーん、こうなったら絶対ついて来るよね?」
キノは少し困った顔でリルを見る。
「勿論です」
「うん、分かった。でも、死なないでね」
「はいっ」
2人は頷き合うと、ソルトへと向けて先ほどの2倍のスピードで駆け出した。
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「見えました。……これはっ!?」
街が大きく見えてきた所でリルが叫び、ピタッと足を止める。
「リル、どうしたの?」
警戒をしつつ、キノも足を止める。
「ええと……行って見ましょう。そうすれば分かります」
少し困ったように言うと、リルは駆け出した。
「どうしたんだろ?」
首を傾げつつ、キノも後を追う。
そこには……
「ええぞねぇちゃん!! そこだっ、右っ!!」
「今度は左だよー。おお、凄い凄い。まるで砂漠狼がスライムみたいだわぁ」
「そこだっ!! えいっ!! 今、ひっさつの~」
「「「「「魔炎撃っっ!!」」」」
1人の少女が門の前に陣取り、朽ち果てた魔獣の死臭につられてやって来た砂漠狼をバッタバッタと倒している姿だった。
「……あれ?」




