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003 プロローグ その3

 スライムが気配を感じて目を覚ますと、目の前には銀色の狼が佇んで居た。


「ぴぴぃっ!?」

「グルッ、ガルルルルゥ」

「ぴぴっ……ぴいい?」

「ガッ……ガウガウ、ガウガウガウ」

「ぴいい!?」

「ガウッガガガウウゥ~」


 スライムは驚いているようだが、銀狼はスライムへ更に擦り寄る。


「ぴっ? ぴっ? ぴぃ~っ?」

「ガル? ガルル……ガルゥ~」


 スライムは銀狼の身体を眺め……

 …………うん、判らない。


 このままでは話が進んでも、意味が判らないので翻訳してお届けいたします。


「君はっ!?」

「あっ、お目覚めですか?」

「えっと……誰?」

「私は……この森の守護者だった"フェンリル"でございます」

「フェンリル!?」


 スライムは恐怖に身を硬くする。

 最下級モンスターであるスライムに対し、神獣フェンリルは神のような存在。きまぐれで噛み殺されても文句は言えない。


「ええ、心地良い魔力の波動にこの身を委ねておりました」


 だが、フェンリルの声音はとても優しい。害する気配が一点も無いことに気付くと、スライムは混乱に包まれる。


「えっ? なに? どういうこと?」

「無意識……だったのですか? この心地よい癒しの魔力。傷ついた身体を癒し暖めさせていただきました」


 良く見ると、美しい銀狼の毛並みが所々赤く染まっている。


「大丈夫っ!? 怪我してるよっ!?」


 スライムは慌てて銀狼に近づく。……が、銀狼が怪我をしていないことに気づく。


「あれっ?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、貴方様の癒しの魔力により、あらかたの傷は完治しました。

 この命……尽きるものと覚悟していたのですが、おかげで生きながらえる事ができました。ありがとうございます」


 銀狼は頭を下げると、おずおずとスライムの表皮を舐める。

 フェンリルにとって最上級の敬意。それを最下級とも言える魔物、スライムへ行ったのだ。


「森の魔力にも見放され、守護者から解かれた今の私はただの魔物……

 ……どうか、貴方様のお側に置かせて頂けないでしょうか?」

「えっ!? どうしてそうなるのっ!?」

「我らフェンリルは守護獣……守る者無くして存在する意義はありません。

 それに、命を救っていただいた恩は命で返しませんと?」

「えっ……と、そうなんだ?」

「ええ、神獣という存在は様々な役割があるのです。私はこの森を守ると言う役割の元、産まれてきたのですが……

 先日、人間に襲われ瀕死となりました。辛くも逃げる事は出来たのですが……森の秘石を奪われ、守護者の資格を剥奪されたのです。」


 フェンリルは静かに目を伏せると視線を地面に落とす。スライムは自分より格上の存在である神獣が、とても儚い存在のように見えた。


「後はこの身が朽ちるのを待つだけ……と思っていたその時、森に満ちる癒しの魔力に気付いたのです。

 死の恐怖など在りませんでしたが、心が癒されるのを実感すると……ふらふらと貴方様の側へ引き寄せられました。お恥ずかしい話しです。

 貴方様の側に居ると心が穏やかになり、傷も癒されていきました。そして……確信しましたっ!! 貴方様は私にとって神であると!!」

「……えっ!?」


 スライムは大いに驚く。自分にとってはフェンリルこそ神に近い存在。

 その存在から迫害される事はあれども、崇拝されるとは思ってもいなかった。


「最下級モンスターにその身を偽ろうと、私には判ります!! 神の如き貴方様の力をっ!!

 どうかっ……どうか(しもべ)として、私をお側に置いてくださいっ!!」

「えっ!? いやっ……そのっ……」

「判っております。私のように、人間にすら劣る神獣では、貴方様のお役に立てないと言う事など……

 ですがっ!! この命……いや、それ以上にこの心を救っていただいた貴方様のお役に立たせてください!!」


 スライムは困った。

 神獣と共に居るのは構わない。いや、自分程度が神獣を側に置くなど、天地がひっくり返ってもあり得ない事だ。

 だが……自分はおそらく神獣を害した人間の側。先ほどの勇者の役に立ちたい。それはすなわち神獣の敵……でもあるのだ。

 万が一にも口を出そうものなら、この神獣の牙が自分の身体を引き裂く。この場をどう取り繕うか……その答えが出なかった。


《マスター、目覚めが遅くなり申し訳ございません。》

「えっ!? 何!?」

《【知識の実】を取り込み、情報を整理するのに時間がかかりましたが、これよりマスターのサポートへ戻らせていただきます。》

「あっ!? はい、よろしくお願いします」


 スライムは驚きながらも響いて来た声に返事を返す。

 だが……突然の声を聞いたのはスライムだけであり……

 この答えにフェンリルは狂喜した。神の如き、このお方は自分を側に置くことを了承してくれたのだ。……と。


「ありがとうございます!!

 この命尽きるまで、貴方様の側につき従うことを今ここに宣言します!!」


 もちろん、謎の声はフェンリルに聞こえていない。スライムが謎の声に返した返事、「よろしくお願いします」が、自分に掛けられたものと勘違いしたのだ。


《マスター、先ほどフェンリルの願い"側に置いてください"に対し、"よろしくお願いします。"と答えたことで彼女はマスターの従者として"宣言"いたしました。よろしかったのですか?

 因みに私の声はマスターにしか聞くことは出来ません。周囲への影響を考え、私への呼びかけは思考内で返答する事をお勧めいたします。》

《えっ……ちょっ!? ……えぇ?

 ええええええええええええ~~~~~~~!?》


 驚くスライムだが、謎の声は淡々と解説を続ける。


《神獣が宣言を交わした以上、彼女の魂はマスターの隷属化に入りました。

 それと、先ほどの問い"勇者の役に立ちたい"と"神獣の牙にかかる"ですが、こちらも回答いたします。

 "勇者の役に立つ"は魔物のままでは不可能でしょう。

 魔物の身で人の住む集落-町へいくことは出来ません。それでは役に立つどころか接触すら出来ないでしょう。

 人間の体へ寄生、もしくは同化し、その上で勇者の益となす事をお勧めします。

 "神獣の牙にかかる"ですが、こちらもすでにあり得ません。

 彼女が主従を宣言した以上、マスターへ牙向けることは絶対に出来ません。また、神獣の誇りとしてマスターの判断にそむく事は無いと思われます。》

《あ……はい……ありがとうございます。

 って、その寄生とか同化って何?》


 謎の声を本能で信じることが出来ると感じ、分からない事をそのまま質問する。


《私はマスターのサポート思考。礼は不要と判断いたします。

 寄生・同化ですが、"寄生"は新鮮な人間の死体にマスターが入り込み、動かす事を言います。

 この場合、宿主の肉体が失われてもマスターは生存し続けられますが、能力の制限と肉体の腐敗が発生します。こちらは何度でも行うことが出来ます。


 "同化"は媒体を元にマスターが人間として生きる為の肉体を形成することを示します。

 能力の制限が発生しませんが、肉体と意識の統合がなされます。簡単に言うと、肉体が失われるとマスターも消滅する事となります。

 その為、1度しか行うことは出来ません。》

《あ、はい……

 えと……どっちがいいの?》

《どちらも一長一短ですので、肉体に応じて判断すれば良いと思います。》

《その判断とかって、任せて大丈夫?》

《はい、お任せください。

 ……それよりも今はフェンリルへの対応をお勧めします。マスターの反応が無いことに不安を抱いております。》


 スライムは意識をフェンリルへ向けると、サポート思考が言う様に百面相をしていた。ずっと黙っているスライムがどうしたのかと不安になっているのだろう。

 スライムはフェンリルへと向き直り……


「ごめんなさい!!」


 第一声は謝罪だった。


「どうされましたか!? ええと……ご主人様」


 いきなり謝られたフェンリルは目を丸くする。


「うっかりと返事をしたことで、フェンリルさんが宣言をしてしまった事に対してが1つと……

 僕は勇者様に命を救って貰っています。おそらく君を酷い目に合わせた人間を僕は尊敬し、出来るなら役に立ちたいと思っているんです!!」


 スライムは必死の想いで言葉を口にした。

 大丈夫と言われてたが、最悪自分の命が終るかもしれない。それでも、最下級モンスターである自分が神獣を騙す事を良しとしなかったからだ。

 その言葉を聞いたフェンリルは深く……目を瞑る。

 スライムは息を呑む。

 現実では数秒、スライムにとっては永劫と思える時間を置いて、ゆっくりとフェンリルの目が開いた。


「私は……間違っていませんでした。

 貴方様こそ、主として相応しい!! 私はご主人様の忠実なる僕!!

 例え人間の為に生きるとしても、喜んでお供させてください!!」


 まさに忠犬……いや忠狼だった。


「確かに私は人間に敗れましたが、それは私の力が劣っていたからです。敗れたからと、恨みを持つような真似はいたしません。

 私はご主人様に付いていくと決めました。ご主人様の信じる道が私の道です。

 我が身が尽きるまで、よろしくお願いいたします!!」


 フェンリルがスライムへ頭を下げる。


「えっと……はい、よろしくお願いします。……って、そうじゃなくて!!」

「はい?」

「僕は勇者様の役に立つ為、これから人として生きるつもりなんだ。

 ……それでも良いの?」

「もちろんです!!」


 フェンリルは尻尾が千切れるぐらいぶんぶんと振ってスライムの問いに答える。

 ……これには困った。これから人間として生きる可能性が高いのに、神獣を連れて歩いて良いのだろうか? スライムがそう考えると、サポート思考が声をかけてきた。


《マスター、お困りのようですね。

 神獣のまま連れて歩くのは確かに問題です。ですが、吸収した【人化の実】を与えれば獣人となんら変わることの無い容姿となるため、問題は発生しません。》

《あ、そうなんだ?

 って、そんな実があれば僕も"寄生"とか"同化"しないで良いんじゃないの?》

《【人化の実】は肉体を作り変える力を持った実です。

 マスターは液体生命体のようなものなので【人化の実】では、マスターが人の身体を得る事はできません。》

《あ、そうなんだ……ありがとう。》

《礼は不要と判断いたします。

 それよりもフェンリルへの説明をお願いします。》

《あ、はい。》


 内なる声と簡単に対話し、フェンリルへ伝える。


「えっと……最初に言っておく事が幾つかあります」

「はい」

「まず、僕は自分の中にもう1つの思考を持っていて、時々会話をしています。

 なので、黙っている時はそちらで会話していると思ってください」

「はいっ!!」


よく分かってなさそうではあるが……さすが神様、スゲーとでも思ったか尻尾を振って頷いて居る。


「次に、僕は元々ただのスライムです。

 それが何故か不思議な木の実を食べた事で、このような力を得ています。

 なので、僕にも色々と判らない事が多いです」


 フェンリルは驚愕する。

 実際に見たことは無いが、その木の実はもしかすると【神の雫】かも知れない。この世界のどこかに存在し、その実1つ食すだけで途方も無い力を授かる。

 最上位の存在の中で、まことしやかに囁かれていた噂の存在、それを目の前のお方は授かったのだから。……と。

 そして納得した。無自覚に放出されていた癒しの魔力や、今も感じる畏れるほどの力。それが【神の雫】を得た者の力ならばあるいは? ……と。


「木の実……ですか」

「うん、それも勇者様からいただきました」


 ここでフェンリルは思った。

 【神の雫】をただの勇者がスライムに与える訳が無い。スライムの思っている勇者とは、本当の神ではないのか?

 神獣と呼ばれている自分でも、神と対話などした事は無い。その神と対話したこのスライムは神に選ばれた者ではないのか? ……と。


「やはり……貴方様は素晴らしい……」

「それで、先ほど言ったように人に"寄生"か"同化"を行って生きていくつもりなんだ。

 君も僕と一緒に来るのなら、人として一緒に生きて欲しいんだ」


 この言葉(特に最後の辺り)を聞いて、フェンリルの全身に雷のように衝撃が走った。

「人となって、一生一緒に寄り添って生きて欲しい!!」と言われたからだ。

※盛大な勘違いです。


「わっ……私で良ければ……その……よろしくお願いします。

 でも……どうすればよろしいので?」


 今まで敬った態度から一転し、もじもじとスライムに頭を下げる。


《大丈夫みたいだけど、どうすれば良いのかな?》

《直ぐに作成いたします。……出来ました。

 マスターの体液の中に【人化の実】の効能を加えましたので、体液を一部切り離しフェンリルへ与えれば問題ありません。》

《うん、やって見るね。》


 スライムは自分の中にある体液を、小さく(丸薬程度に)切り離し、フェンリルの前にころんと飛ばす。


「これを食べれば良いみたい」

「ありがとうございます」


 フェンリルは何の抵抗もなく、スライムから切り離された体液を一飲みに飲み込んだ。


「これは……」


 フェンリルが呟くと体から光が沸き起こった。その光量は目が眩むほど明るく、内部をうかがい知る事ができない。

 内部ではフェンリルの肉体が人間のそれへと創り変えられて行く。


 4本足から2本足に。体長3Mはあった肉体が身長1m45cm程度に。

 美しく長い銀色のストレートヘアに、大きめだが愛らしい銀色の瞳。小さめの唇。手足はすらりと長く、胸はかなり小さめ。

人間に換算すると14歳ぐらいの美少女、という所だろうか。

 人と違うのは頭に銀色の狼を思わせる耳と臀部からのびた銀色の尻尾ぐらいだろう。

 ただし、人と違うの"は"であって、この世界における住人の一種、獣人種であれば銀色の毛並みが珍しい程度ではある。

 衣服を身にまとってはいないが、深い森の中だったため、見るものは誰もいないのは幸いだったろうか?

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