027 北の砦 救援作業 その6(キュイ隊長中心視点)
「穴が塞がった?」
エースからの伝言を受け、キュイは頭痛のする側頭部を押さえつつ現場へと急ぐ。
「……これは……」
たどり着いた砦壁は、先ほどまで魔族からの攻撃により大きく穴が開いていたはずの場所だ。
……だが、目の前には傷一つない城壁がそびえ立っていた。本当にここに穴が開いていたのか? と疑うほど痕跡すら残していない。
「すごいな……」
キュイはよろけながらもそれだけを言うのがやっとだった。
「キュイ隊長、よろしいでしょうか」
そんなキュイの元へ、エースはアーレイを連れて声をかける。
「あぁ、エース殿か。
伝令から穴が塞がったと聞いてきてみれば……事情を知っているようであれば説明して貰えるだろうか?」
「はっ。それについてはこのアーレイ分隊長が詳しく知っております。彼女から報告を受けた方がよろしいかと……」
エースはそれだけ言うとアーレイを残し、少し後方へと下がる。
「アーレイ……いや、アーレイ分隊長、報告を頼む」
キュイはアーレイが関与している事に驚きを感じながらも、事情を確認し始める。
「はい。それでは僭越ながら報告させていただきます」
アーレイは救護室での作業が終ってから、いつものように砦門へと来て祈りを捧げた事。その際、女神ルナが姿を現し、砦壁の穴がふさがった事を説明して行った。
「にわかには信じられんが……実際に穴が塞がっているからな……」
到底信じられない話ではあるが、事実砦壁の穴は塞がっている。
建築専門の魔導師を何人も派遣しても、修復まで1ヶ月は掛かる。それが一瞬で直ると言うことがどれほど超常の現象かキュイも判っている。
1度だけでなく2度も奇跡が起こっている事実、そして彼女が共に現場にいたことから導かれる可能性はたった一つ。
アーレイが神の巫女として選ばれ、奇跡を持って周囲へ知らしめられた。
その可能性しか考えられなかった。
……人間、入って来た情報を無視することや、1度こうと決めたそれを否定するのは難しい。
「よし、この事はすぐに本国と神殿へ連絡しよう」
説明が全て終わり、キュイがそう決断する頃には砦にいた殆どの人間が集まっていた。
キュイは軽く周りを見渡すと、すぐに命令を行う。
「聞こえていたな? すぐに伝令兵は2人ほど本国へむかう様に」
「はっ!!」
「それと、この事は本国からの連絡があるまで緘口令を敷く。いいな?」
「はっ!!」
「では、この場は解散とし、明日また会議を執り行う。
幹部クラスの者とアーレイ分隊長は明日の会議に出席するように」
「はっ!!」
「質問のある者は挙手によって存在を示せ」
周りを見渡すと、兵士の中に1人挙手を行っているのが見えた。
「そこの兵士の中で挙手している者、発言を許す」
キュイからの指示があると手をあげていた人物が声を上げる。
「あ、はい。ありがとうございます」
挙手していたのはどうやらキノだったようだ。
「えっと、僕の仕事ってこの壁を直すことだった……よね?」
「あ……」
あまりの驚きにキュイは言葉に詰まってしまう。
(しまったっ!? キノ様の足止めをしなければっ!!)
「いえ、まだ傷病者の……」
「キュイ隊長!! おそれながら申し上げます。
我ら傷病兵一同、完全に全快しておりますっ!! ご心配おかけ致しまして大変申し訳ありませんでしたっ!!」
"治療が残っているので、経過観察を見て欲しい"と言いかけたところで、傷病兵一同が元気に整列し、心配いらないとアピールを行う。
口実を潰されてしまった事でキュイは頭を抱えてしまう。
「えっと……僕の任務って、物資の搬送と傷病者の回復と砦の修繕。全部終わってる……よね?」
キノの口調は普段にくれべれば若干早口で、視線も泳いでいるが間違ったことは言ってない。
(そうだ!! 魔族の侵攻に対する戦力も依頼に含まれていたな。そちらで繋ぎとめれば……)
「ですが、まだ魔族の侵攻の可能性も残っております。侵攻に備えるのも依頼の中に含まれますので」
キュイがそう言うと、キノの頬に一筋の汗が流れる。だが、確信を持っているのか、キノは力強い言葉で反論する。
「えっ……っと……魔族の侵攻は無い……ですよ?」
キノの言葉にキュイは反論が出来なかった。……キノの言う通りだからだ。
警戒していた為、何度か襲撃を疑ってしまったが魔族は1度攻撃し、間隔をあけてから再度攻撃するなどと言うまどろっこしい事は行わない。
攻撃をするのなら1度に全てを破壊するか、きまぐれに何かを壊してはすぐに興味を失うかのどちらかなのだ。
だが、それを知っているのはごく一部の者のみ。
そう考えた所で手紙の一文にあった"コリアンダー皇国の王位継承者"の文字が思い出された。
「……なぜ……そう思いますか?」
キュイはゆっくりと言葉を選びながら、キノが何所まで知っているか把握しようとする。
「なぜって言われても……えっ? ……うん……」
対するキノは返事しようとするが急に黙ってしまった。だが次の1言でキュイだけでなく、周り全てが固まった。
「魔族が来るのはソルトの街の方だし、早ければ明日にでも襲撃されるから急いで戻らないといけないんだ」
「なっ!?」
「えっ……と、襲撃される情報を知っていて救援に向かう方法が判っているのなら、冒険者は向かわなければならなくって……
たとえ任務中でも、その過程がほぼ終了していて、依頼の中途終了と言う事でも違約金は発生しない……だよね?」
「その……通りです」
キュイはただ頷くしか無かった。
何故明日来ると知って……いや、そもそもソルトの街が襲撃されると何故知っているか問いたい。貴方をその場から遠ざける為にここに足止めするのが目的だと言いたい!だが、キノはまるでその場に行かなければならないというように焦っている。多くの人を救わなければならないと暗に言っているではないか?
キノの焦ったような言動。
すぐにでもソルトの街へ行きたいと、視線がそわそわしている状況……
女神が奇跡を起こしたタイミング……
その全てをキュイは頭をフル回転させて考えた。
そして出た結論は"きっとキノ様なら、ソルトの街を救う事が出来る。だからこそ、女神ルナ様はアーレイの求めに応じたのではないか?"と言う事だった。
「大丈夫です、キノ様。
物資は間違いなく届けられましたし、傷病人は全員回復しました。砦門もこの通り直りましたので、ギルドからの依頼は全て達成しております」
「キュイ隊長!?」
エースが口を挟もうとするが、キュイは力強い声でエースを黙らせる。
「大丈夫だ」
そしてキノへ向き直ると言葉を続けた。
「急いでギルドへの報告書を作成するので、キノ様は出発の準備をお勧めください」
「うん、判った」
「それで、いつ出発されるのですか?」
「えっ……と、明日の朝……でいいかな?」
明日には襲撃があるというのに、出発は明日の朝……
普通に考えれば間に合うはずのない時間と距離であるが……"ギルドからの伝書鳩よりも早くたどり着いたこの2人だ、きっと何か方法があるのだろう。"とキュイは考える。
「問題ありません。
それでは明日の朝までには報告書を作成するので、出発前にお声掛けください」
「うん、ありがとう」
「いえ……それでは本日はゆっくりとお休みください」
「うん、それじゃお休み~」
ほっとした表情でゆっくりと砦の中へと歩いてゆくキノ。
「それでは解散。
皆、ゆっくり休むように!!」
「「「ハッ!!」」」
キュイも周囲へ一喝すると砦の中へと歩を進めた。
「キュイ様っ!! よろしかったのですか!!」
戻ろうとするキュイの背中へエースが問いかける。
「大丈夫だ。全ては女神様の思し召しのままに……だ」
エースへと返答するキュイの顔は晴れ晴れとしたような……いや、常識を捨てたような……いや、ネジがどこか1本ぬけたように爽快な顔だった。




