025 北の砦 救援作業 その4(舞台裏編)
「キノ様……キノ様、起きてください」
リルが優しくキノを揺り動かす。その振動にキノは目を覚ますと、体を伸ばし辺りを見る。
「ん……ふぁ~あ、よく寝た~。もうご飯?」
「ええ、気持ち良さそうにお休みでしたので待っていて頂いたのですが……そろそろ厨房を閉めなくてはならない。と、食べるようお願いされました。」
「そうなんだ? 気を使わせちゃってごめんね。
リルはお腹空かなかったの?」
「はい、私は大丈夫です。キノ様を見ているだけでお腹一杯でしたので」
「え?」
「失礼、なんでもございません。昔は何日も食べないこともありましたので、このぐらいは問題ありません。
それより、直ぐに机の上へ並べますね」
リルはそそくさと入り口まで行くと、そこにあったワゴンをキノの目の前まで持ってくる。そのまま机の上へワゴンに乗っていたお皿を次々と並べて行く。
スープから始まり、白いパン、サラダ、大きなステーキ、何故かワインまで付いている。
「凄いね……兵士さんってこんなの食べてるんだ……
お昼に貰ったサンドイッチも美味しかったけど、凄く美味しそうだよっ!!」
「ええ、白いパンなんて平民にとってはかなりのご馳走……でしたよね?」
念の為に言っておくが、兵士達はスープと黒パン、申し訳程度の干し肉と野菜を取る程度で、こんなご馳走は滅多に見ることも出来ない。勘違いの末、キノ達には王侯貴族と同じ内容となっているのだ。
《はい。白パンは富裕層、その中でも格上の者しか食せないはずでした。……食料事情の改変があったのでしょうか? 情報の更新が必要なようですね。》
「へぇ、サブでも知らないことだったんだ?」
《常に情報通りと言うことはありません。
このように実際に文化に触れ、アップデートを繰り返す事も必要となります》
「ふ~ん」
キノはサブと会話しているが、その目はもう料理に釘付けだ。リルも準備が終わったのか、既にキノの目の前に座っている。
「ま、いいや。いただきますっ!!」
キノがスプーンを取り、目の前のスープへ取り掛かろうとするのを見て、リルもスプーンを手にとって食べ始める。
――20分後
「あはははははははははははははははっ」
「この壁がいけませんね。
森が見えないではないですか……」
《ZZZZZzz……・・》
ボトル一本しか飲んでないはずだが……酔っ払い3人? がそこに居た。
しかも……たちの悪いことにこの3人のうち2人は恐るべき力も持って居て、1人は酒癖が悪かった。
「この壁がいけないのですよ……この壁が……」
リルはブツブツと呟きながら壁をゴンゴンと殴っている。
「あはははははははははははっ、あははははははははははははははははっ」
キノは延々とリルを見ては笑っている。まぁ……このままなら、只の酔っ払いで済んだだろう。
だがゴンゴンと聞こえていた音は、いつしかガリッゴリッと聞こえていないだろうか? ガリッゴリッと言っていた音は何時しかメシッ……ミシィと悲鳴をあげていないだろうか?
「そうですよ、壁が無ければ良いんですよ。」
とうとう壁が耐え切れなくなってきたのか、リルが殴る場所を中心にヒビが広がってゆく。
「かぁ~べなんか、吹っ飛んじゃえ~♪」
リルは腕を振り回すと、先程までの攻撃で脆くなっていた壁へ渾身の一撃を繰り出す。その一撃の威力は凄まじく、大きな音を響かせて壁一面が崩れ落ちた。その先には砦壁に大穴が空いており、雄大な景色が壁のあった場所に広がる。
「ふん、私にかかれば壁なんてこんなものなのですよ。
さあ、大人しく私に森を見せなさい!!
そしてぇ~、キノ様と2人でぇ~……うふっ、うふふふふふふふ~」
「あはははははははっ、リルってば壁壊しちゃた。あはははははははっ」
リルのテンションが最高潮となる。……が、思い出して欲しい。この一面が砂漠であることを。そして、砦の壁が破壊されている事を。
「……あれ? 森が……ない」
目の前に広がるのは、巨大な大穴と砂漠のみ……リルの待ち望んだ森など、影も形もないのである。
「……あぁ、そうでした。ここは砂漠の中でした……」
通り抜ける風に銀髪をなびかせながら遠くを眺めると、そのままゆっくりと後ろに倒れる。
「くぅ~、すぴゅるるる~」
ふかふかの絨毯の上に大の字で寝入ってしまったようだ。
キノはというと……
「あ……」
崩れ落ちた壁を呆然と見ていた。
(これってまずいよね……どうしよう……謝ってすむ問題かなぁ……直しに来たのに、逆に壊しちゃったし……というか、リルってどれだけの力なの? 砦の外壁まで壊しちゃったよっ!!)
完全に勘違いである。元から空いていた大穴までリルが壊したと思い込んだようだ。
《ねぇ、サブ。聞こえる ? サブ!! 返事して!!》
困った時のサブ頼り。取り敢えずサブに呼びかけをする。
《………………》
残念ながら返事はなかった。が、流石のキノもこのままではまずい事が分かったのだろう。慌ててサブに呼びかけを続ける。
《ねぇ、返事してよサブ!! このままじゃ、まずいんだって!!》
《……申し訳ございません。少々、意識が朦朧としておりました》
続けて呼びかけを行うと、なんとか返答があった。
《良かったぁ、見捨てられたかと思ったよ……》
《私は意識だけの存在ですので、いなくなることはございません。ですが、ご心配おかけいたしまして申し訳ございません》
《それはいいからっ!! ……それでこの壁なんだけど……》
視覚を共有しているので、説明しながら壁の方を向く。
《石造りの壁ですね。なんら問題ありません》
あっさりと応えるサブ。
《えっ、そうなの?》
《キノ様のお力でしたら、そうですね……土系統の魔法で一回でしょうか》
《そうなんだ?》
《えぇ、では人が来る前に治しましょう。治し方は他の魔法と同じです。材質を認識しながらイメージしてください。
今回は破片が残っていますので、地面に落ちた石が一つの大きな石になって穴を塞ぐイメージです》
《うん、分かった。むむむむむ~、元々壁で穴が空いた所~……戻れっ!!》
キノの体から大量の魔力が放出される。魔力は壁から外に出て行くと、砦内に散らばっていた石へ吸い込まれてゆく。
地面に落ちていた無数の石が、意思を持ったかのように繋がってゆき……砦壁にあいていた大穴にひとりでに嵌まって行くと瞬く間のうちに穴が塞がってゆく。
周りの壁をイメージしたからか、継ぎ目もしっかりと揃っている。
続いて、同じように部屋の壁も修復されてゆく。この間、わずか数分……手作業なら数ヶ月。建築に特化した魔術師でも数週間はかかる作業を、たった数分で終わらせてしまったのだ。
《マスター、完璧です。これなら誰も気づかないでしょう》
「ふぅ、これで誤魔化せる。でも結構疲れたぁ~。また眠くなっちゃったよ……いいや、寝よ。」
が、本人は凄い事をした自覚も無く。ただ、これで安心と床につくのであった。




