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024 北の砦 救援作業 その3(アーレイ分隊長中心視点)

「ふぅ……これで患者の状態確認は終了ね」


 アーレイが額に浮かんだ汗をハンカチで拭き取る。


「アーレイ分隊長、何か?」


 心配して問い掛ける兵士にアーレイは力無く笑う。


「大丈夫、何でもないわ」

「ですが……」


 尚も心配してくる兵士にアーレイは時計を見せる。


「それよりもいいの? もうすぐ食堂が締まって夕飯が食べられなくなるわよ」

「そのような……いえ、何でもありません。分隊長はいかがされるのですか?」

「私は少し食欲が無いからいいわ。少し……夜風に当たってきます」

「でしたら、サンドイッチを届けるよう手配致しますので、必ず食べてください。でなければ、理由を伺います」

「……ふぅ、分かったわ」


 アーレイが頷くと、兵士はニコッと笑い姿勢を正す。


「ええ、腹が減っては悪い方向に考えてしまいますからね。では、行ってまいります!!」


 敬礼し、駆け出して行く兵士を眺めながらアーレイは周りを見渡す。

 先程まで駆け回っていた医療班も、痛みに呻いていた患者も、今は誰も残っていない。

 奇跡が起こったあの後、患者全員をくま無く診察したが、後遺症すら残っておらず、一部の者は怪我をする前よりも体の調子が良いという始末。

 そんな元気な兵士達が、大人しくベッドに縛り付けられる訳が無い。何かあったらすぐに連絡を入れるという条件で、全員が自室へと戻って行っていた。

 それに合わせ、休みなく働き続けた医療班は、全員が"今日はしっかりと休むように"と隊長から指示があり、既に自室へと戻っている。


「奇跡……か、神殿から飛び出した私に神様から加護なんてある訳無いのに……」


 アーレイはそう呟くと、ゆっくりと立ち上がり、外へと向かった。



「アーレイ分隊長!! お疲れ様です!!」


 砦壁に開く穴を警備する兵士がアーレイを見つけ、敬礼をする。

 砦の穴は大きく、縦15メートル横12メートルはある。


「ご苦労様。穴の向こうに異常は?」


 そんな兵士へアーレイも微笑みながら挨拶を返す。


「はっ!! 砂漠側からは何もありません!!」

「分かりました。……と言っても今はプライベートですけどね」

「月を見に……ですね?

 シャクですが魔族の開けた大穴の影響で、とても綺麗に見えますよ」


 何度も来ているのか、兵士も慣れた対応だ。


「ありがとう。少し祈らせて貰うわね」


 アーレイは瓦礫を器用に避けながら砦壁の一角に登る。

 何時ものように祈りを捧げるよう、両手を握りしめ片膝を立てて座る。そのままゆっくりと目を閉じると、月に向かって祈りを捧げ始めた。

 その姿は美しく、夜警の兵士にとっては最大のご褒美となっている。祈りの邪魔を避けるため、覗きは厳禁という暗黙の了解の上、夜警の希望者は後を絶たない。


(綺麗やなぁ~。

 これ、隊長との恋を叶えるために信仰を捨てたとか勿体無いやろ。絶対、上級神官の方が天職やったと思うで~)


 兵士はうっとりとアーレイを見つめながらそんな事を考えていた。


 因みにこのアーレイ。

 レモングラス公国、ソルト北方砦所属、第4分隊長。となっているが、元々は"月の女神ルナ"を奉る神殿の上級神官だった。

 神官に恋愛は許されていない。神に使えるものは、その愛を万人に向けなければならないと言う教えが有るからだ。

 それでも、キュイと出会ってしまったアーレイは燃えるような恋愛の末、神殿から身を引くこととなった。

 今は軍属として、キュイの側に居ることが出来て幸せと言っているが、別段神の信仰は失っていない。

 だからこそ、先ほど兵士達から"アーレイが奇跡を起こした"と言われたことに、嬉くもあったが、"そんな訳がない"と悲しくもあった。

 平等に与えるべき愛を、1人に向けている自分は神の御心から外れている。恩寵を与えられる訳がない……アーレイはそう考え……それでも起こった奇跡に感謝し、神に祈りを捧げていた。



 どれぐらい祈りを行っていただろうか。

 唐突に後ろから爆音とも取れる破壊音が鳴り響いた。まるで重機で壁を殴りつけたような激しい音にアーレイは祈りを中断する。


「なっ……」


 アーレイは目を見開いて呆然とする。

 轟音の向こう……光の中に1人の女性が立っていた。月の光を受け、たなびく銀色の髪とかすかに見える銀色の尻尾。

 伝承に残る、月の女神そのものであった。


「分隊長、危険です!! お下がりください!!」


 すぐそばにいた兵士がアーレイを庇おうと、その手を引く。


「ルナ様……」


 アーレイが無意識に呟く。その呟きは兵士の耳に届き。


「ルナ様? ……アーレイ分隊長、それは一体!?」


 アーレイは女神から目を離し、兵士へと向き直る。


「輝く銀色の髪に、たなびく耳と尻尾。金色の瞳は全てを見通し、放たれる弓は全ての咎人を裁く……

 聖典における、月の女神ルナ様を表現する一節です」


 アーレイは兵士へ説明すると、改めて女神の方を向く。


「……えっ?」


 だが、すでにそこに女神の姿は無く、崩れた壁から漏れ出る光だけが見える。


「貴方も……見ましたよね?」

「はっ、多少ですが……銀色に輝く髪と、金色に光る瞳を見たかと……」


 2人が顔を見合わせ、首を傾げていると、魔力の奔流が起こる。


「これはっ……!?」

「分隊長!! 危険です、お下がりください!!」

「私は大丈夫です。

 それよりも、この魔力の質は兵士を回復させたものと同等……一体何がっ……?」


 アーレイが周りを見渡すと変化が起こり始めた。

 地面に高く積まれていた瓦礫が動き出したのだ。


「なっ……一体何が? 分隊長!?」


 驚く兵士とアーレイを他所に、瓦礫は砦の破壊された痕へ飛んでゆき、元にあったであろう場所へ収まってゆく。


「まさかっ!? ……大丈夫です。落ち着いてください」


 アーレイは驚きおののく兵士を落ち着けると、状況を見守り続ける。

 瓦礫はどんどんその位置を定め、瞬く間に壁の穴が塞がって行った。


「かっ!? ……壁がっ……!?」


 兵士は絶句する。

 それもそうだ。目の前で縦15メートル、横12メートル近い穴が見る間に塞がってゆくのだから。


「ああ……神よ……」


 アーレイはその奇跡に涙を流す。その涙が地面に届く頃には既に壁の穴は塞がっていた。


「こちらかっ!! 見張りは何をしているっ!!

 それとも魔族の襲撃にやられたのかっ?」


 2人の元へ複数人の哨戒中だった兵士達が駆けてくる。

 その中に1人の熟年の男性兵士を認め、見張りの兵士が姿勢を正す。


「エース様っ!?

 報告が遅れ、申し訳ございませんっ! あまりもの途方もない事態に……」


 だが、駆けてきた兵達はその報告がまったく耳に入っていない。


「壁が……」


 一様に揃い、壁の穴が空いていた場所を向いてあんぐりと口を開けていたからだ。

 たっぷりと1分ほど眺めた後、エースは我に返って見張りの兵士を問い詰める。


「何があった!! 報告せよ」

「はっ!! アーレイ分隊長が月に祈りを捧げていた所、向こうの壁から轟音が響き、月の女神ルナ様がそのお姿を現しました」


 兵士が先程まで光り輝いていた場所を指差すが、そこにはただ砦の壁が広がっていただけだ。


「どこだ?」

「ええと……? あの辺りなのですが……?」

「……ふむ? まっ……まぁ良い。それでどうなった?」

「はっ!! その後、恐ろしいほどの魔力の奔流があり、壁が治りましたっ!」


 その回答にエースは頭を抱える。


「それは何か? アーレイ分隊長の祈りに応え、女神が奇跡を起こしたと?」


 見張りの兵士は、今だ困惑しているアーレイを見つめると力強くうなずく。


「恐らくそうかと。」

「あの……宜しいでしょうか?」


 アーレイが発言しようと、エースの顔色を伺う。


「うむ、言って見よ!」

「私は既に神の御元を追われて居たと思っておりました。

 ですが、神はその慈悲深き御心で全てをお許しになり、その力で持って示していただけたのではないかと……思います!」


 それまでは半信半疑だったが、その目で女神の姿を見たからか、神官だった時と同じ目で力強く訴える。


「そうよっ!! 神以外を愛してはいけないなんて、やっぱりナンセンスなんだわっ!!

 神殿に居た頃は奇跡なんてなかった!! それにお姿を拝見することなんてなかった!

 それがどう? この砦で奇蹟が2度も起き、ルナ様が顕現なさった!! これからは神官も恋愛すべきと言うお告げなのよっ!!

 そのために奇跡を起こしてくださったのだわ!!」


 若干自分に都合良く解釈している気もするが、状況からその判断を否定する事はできない。


「うむぅ……取り敢えず緊急会議だ!!

 アーレイ分隊長にそこの見張りっ!! 証言して貰う。ついて来いっ!!」

「「はっ!!」」


 こうして、今回の砦における緊急事案は全ての解決を見せたのだった。


 余談ではあるが、奇跡を呼ぶ巫女としてアーレイが神職に復帰したり、神殿の恋愛禁止が恋愛すべきと方針転換したり、数十年後アーレイが夫子持ちの教皇となるのはまた別のお話である。

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