021 北の砦へ その2
―砦内の一室―
「うぅ……」
「ぐぅぅ……」
砦の広間の一角では怪我人が集められ、救護兵が慌ただしく走り回って居た。
先日、砦には謎の大規模魔術による攻撃があった。幸いな事に死者こそ居ないものの、崩壊した壁や攻撃の余波(水魔法による攻撃だった為、水流など)の直撃を受けた事で、少なくない怪我人が出ていた。
現在、治癒部隊である第四分隊は大わらわで怪我人の救護に携わっている。
「治癒術が使える者の魔力はまだ回復しないのですか?」
「申し訳ございません!! 重症者への治癒で大抵の者は魔力が尽きてしまいまして……」
分隊長に問われた少女は、困った顔をするがしっかりと報告する。
「そうですか、仕方ありません……
通常の看護部隊を回して下さい。魔力回復の間に出来ることをしましょう」
分隊長はそう言うと周りに色々と指示を出して行く。
治癒術=回復魔法は使い手の素質を選び、どうしても数が少ない。
一般的な治療は、大怪我を負った者に治癒術を施し、後は薬による治療をとることが多い。
「残っている重症者には私が治癒術を施します。連れてきなさい!」
「アーレイ分隊長、分隊長に倒れられては困ります。
ただでさえギリギリまで治癒術を使った後なのですから!! ご自愛ください!」
尚も治癒術を使おうとする分隊長を、少女は必死に留める。
「だが、一刻も早く兵士達を苦しみから救わなければ……」
それでも魔法を使おうとする分隊長へ、怪我人の兵士達は強がってグーサインを出す。
「分隊長……俺たちは大丈夫だ。分隊長もゆっくりと休んでいてくれ」
「……皆さん……私がもっと治癒術を使えれば……」
分隊長は立ち上がると、魔力疲労からかふらっとよろける。
「分隊長!!」
少女は倒れようとした分隊長を支える。
「座ってるのもやっとなんですから……おとなしくお休みください!!」
「そうね……大人しく休ませていただくわ」
そのまま分隊長は少女に連れられ、仮眠室と書かれた部屋へと歩いて行く。その足取りは重く、疲労の深さがうかがい知れる。
そんな中、緊急の伝令が走りこんできた。
「伝令!! でんれ~~~い!!
高速で移動する物体が砦に向かって接近中!! 動ける者は総員、武装して砦門前に集結せよ!!
非戦闘員、また動けないものは砦門の射線上から離れよ!!」
その言葉に分隊長は悲壮な表情で振り返る。
「休んでいる暇はありません!! ……行きますよ!!」
その目には決意の炎が灯っていた。
対して少女は諦めに似た気持ちで分隊長の体を支え、砦前門へと移動した。
「伝令!! でんれ~~~い!!
高速で移動する物体が砦に向かって接近中!! 動ける者は総員、武装して砦門前に集結せよ!!
非戦闘員、また動けないものは砦門の射線上から離れよ!!」
年若い兵士が砦内を大声を上げて走り回る。
「くそ!! 先日の攻撃で砦を粉砕しただけでは飽き足らなかったか」
隊長と思わしき、豪奢な装備に身を包んだ兵士が我先に砦前に到着する。
「キュイ隊長!! 第一分隊、総勢20名中負傷者を除く14名到着しました!!」
「よし、第一分隊はそのまま武装して待機!!」
「はっ!!」
14人は7人ずつに別れると、砦門の横に並ぶ。
高速で移動してくるモノが攻撃であれば、門を守って負傷者を増やすより、威力をそのまま抜けさせれば良い。
問題は魔族であった場合、門から入った瞬間飛びかかれるように待機した方がよいのだ。
「第二分隊、20名中負傷者を除く12名到着しました」
「よし、第二分隊は砦上へ移動し、襲撃に備えよ!!」
「はっ!!」
「第三分隊、20名中……5名到着しました」
「うむ、第三分隊は第一分隊と合同で魔族だった場合の対処に回れ!!」
「はっ!!」
続々と各部隊が砦門に終結する中、少女に肩を貸してもらいながら、アーレイ分隊長がキュイ隊長の前に立った。
「第四分隊、負傷者の移動完了しました。砦門の射線上は無人です!!」
「良し!! 分隊長はそのままここで待機!!」
「はっ!!」
流石に熟練の兵士達であろうか。警告を発してから3分と立たずに整列が完了する。
アーレイ分隊長もキュイ隊長の横に並び立ち、肩を借りていた少女へ命じる。
「貴方は負傷者の方を。私は残ります」
「はっ!!」
少女は返事をすると、来た道を掛け戻ってゆく。
「物見からの報告は!!」
「はっ、物体の移動速度から、1分とたたずに着弾するとの報告です!! 質量も大きく、すぐに目視できる範囲に入ります!!」
隊長の問いに、先ほど大声で走り回っていた兵士が答える。
「そうか……非戦闘員を砦から逃がす事すら無理そうだな……
出来れば攻撃だけで済むといいが……
お前も限界まで治癒術を使ったのではないか? 顔が真っ青だ」
キュイは呟きと共にアーレイ分隊長の頬に手を回す。
「キュイ隊長……」
アーレイは熱っぽい目でキュイを見つめる。
「俺が連れて来たばかりに……すまないな……アーレイ」
「貴方と一緒なら……本望です」
2人は誰にも見えないよう、ギュっと手を繋ぐ。
この2人は恋人同士で、キュイがこの砦へ赴任する際、権限を使って引き抜いてきた……という過去がある。リア充……恐るべし。
「目標!! 目視範囲に入りました!!
移動する物体は人型を取っております!! 魔族本体の可能性大っ!!」
兵士が金切り声を上げる。
「遠方からの攻撃で気が済んだと思っていたが……本人が来てしまったか……最早これまで……」
「キュイ……まだ諦めないで下さい。私の命にかけても、貴方だけは……」
がっくりと地面に膝を突くキュイの肩にアーレイが手を置く。
「アーレイ……」
置かれた手にキュイは手を沿え、2人は見つめあう……
「隊長!! ご指示を!! 兵士達がまとまりません!!」
2人の雰囲気を報告兵がぶち壊す。報告兵のこめかみに青筋が立っているのは気のせいだろう。
実際にそこかしこから悲鳴や絶望の声が上がっている。隊長であるキュイでさえこの有様なのだ、兵士達が混乱しても仕方がない。
「皆のもの良く聞け!!」
キュイが良く通る声で怒鳴ると、兵士達の混乱が一時収まり、視線がキュイへ集まる。
キュイはアーレイをじっと見つめ……命令を下す。
「第四部隊長!!」
「はい!!」
「非戦闘員だけでも連れて逃げよ!!」
「ですが!!」
「これは命令だ!!
第一~三部隊は少しでも逃げる時間稼ぎをするんだ、よいな!!」
「「「はっ!!」」」
非戦闘員だけでも逃がす。その気概だけが最後の綱だった。
アーレイの縋る視線をキュイは無視して「行けっ!!」と命令を下す。
「来ます!!」
伝令兵が悲鳴にも似た声を上げる。
全員が悲壮な決意の元、迎え撃つ為の静寂が訪れる……
「すいませ~~~ん!!」
だが……轟音が鳴り響くでもなく、魔法がいきなり放たれるでもなく、聞こえてきたのは暢気そうな少年の声。シンと静まり返った中、兵達の中をなんとも言えない空気が通り抜けた。
―時間は前後して、キノとリル―
2人が軽く走って約1時間。
「この辺かな? サブ、詳細な方角は判る?」
《進路を北西へ4度修正してください。そのまま5分ほどで目的地になります》
「キノ様、きちんとついて来ておりますか?
方向音痴なのですから、変な方向に向かわないでくださいね」
サブの言葉に北東へ90℃曲がろうとしていたキノへリルの叱責が飛ぶ。
現在、リルがキノの30Mぐらい前を常に走り、キノがそれに追従する形を取っている。
「あら? キノ様、この辺見たことが有る気もするのですが……」
周りは一面の砂地だが、リルはそれでも首を傾げて言う。
「え~? 砂しかないし、リルの気のせいじゃない?」
《いえ、ソルトへの道中に走った箇所の直ぐ近くです。流石に感性が鋭いですね》
キノは否定するが、サブはリルの感性の鋭さに驚く。
「気のせいだったのは僕の方でした……」
キノは走りながらも器用に落ち込んだそぶりをする。
「いえ、私こそ差し出がましい真似をいたしまして申し訳ございません」
キノを傷付けてしまったとリルも反省する。
なので、よくよく見れば先日キノが作り出したオアシスが遠くに見える事に全く気付くことなく通り過ぎていく。
「いやいや、僕が悪いだけだから、リルが反省する必要なんて無いよ」
「いえ、それでもキノ様を守護する者として、体だけでなく心もお守りしなければと思いまして」
2人は互いを思いやりながら、それでも前速力で砂漠を駆け抜ける。
余談ではあるが、キノとリルだからこそ1時間程度でたどり着いているが、ごく普通の旅人であれば2・3日歩かなくてはならない距離ではある。
「あれかな? 砂の中にぽつんと立っている砦」
「そのようです。砦壁が一部破壊されていますね。
あれが攻撃の痕でしょうか」
2人の目の前には、遠くからでもその形が確認できるほど大きな砦が立っていた。
だが、砦の一部には破壊された痕が生々しく残っており、その攻撃がいかに巨大なものだったか予想する事が出来る。
「頑張って直さないとね」
「傷病者も治癒しないとですね」
「でも、凄い破壊跡だね~。魔族ってそんなに強いの?」
「そうですね、あの威力の攻撃をする事はできるとは……魔族とは恐ろしい力を持っているのですね」
「と言う事は、もし襲撃してきたら僕達程度じゃ……叶わないね?」
「そうですね……サブ様に判断を仰ぎつつ防衛に徹しなければならないと思います」
「頑張ろう!! 頼んだよサブ!!」
《畏まりました。
魔族の戯れであれば、1度の攻撃で満足し襲撃はないと思われます。ですが万が一の際は全力を持って当たらせていただきます。それに先日のあの魔族の話し振りでは……
それよりも、もうすぐ砦に着きます。速度を落としてください》
「うん、ありがとう」
話をしながら走っていると、すでに砦門が視界に入っていた。
「凄いね、砦門の上にも兵士さんが詰めているよ」
「本当ですね。常に警戒を怠らないのでしょうか?
武装してますので、不用意に近づかない方が良さそうですね」
リルが足を止めると、キノも習って足を止める。
砦門の上では兵士が弓をつがえ、有効射程内に入ってくるのを待ち構えているようだ。
「そういえば、僕達が行く連絡って……?」
「オーウェル様は伝書鳩を飛ばしたと言っておりましたが……」
《伝書鳩程度では、2人の速度に負けると思います。
事前に声をかけてから近づかれた方がよいと思われます》
ぴりぴりした雰囲気を察した3人? は軽く打ち合わせをする。
「じゃ、僕が声をかけるね」
「はい、よろしくお願いします」
代表として、キノが声をかける事になったようだ。
「それじゃ、大きな声で……すぅ~~~~~
すいませ~~~~ん!!
冒険者ギルドから応援に来たものです~~~!!
中に入れて貰って良いですか~~~~!!」
声が届いたのかどうか、数分立って『もう一度声を掛けてみる?』となった所で返事が来た。
「私はこの砦を任されているキュイという者だ!!
すまないが、冒険者ギルドからという証明は無いだろうか? まだギルドからの連絡が入っていないのでね」
サブが指摘したとおり、伝書鳩はとっくの昔に追い抜いていたようだ。
「オーウェルさんから預かった手紙があるけど、これで良いかな?」
「すまない。今確認に行くので、待ってくれたまえ」
「は~~い!!」
そして更に待つ事数分。砦門の横にある通用口かららくだに乗った1人の兵士が文字通り飛んできた。
「お待たせして申し訳ありません。
あの襲撃の後だった為、殺気だってしまい申し訳ありません」
「いえいえ、それでこれを見てもらえば良いのかな?」
キノは"ポケット"から一通の封書を取り出すと、兵士へ手渡した。
「これは確かにギルドの封書……」
兵士は丹念に封書を調べてから、キノへ問いかける。
「中を拝見させて貰っても?」
「うん」
確認を取って中の手紙を見る。
……兵士が手紙を読み終わるまで数分。
「こっ……これはっ!!
大変申し訳ございませんでした、キノ様!! それにリル様ですね。
すぐに砦の中へお入りください!!」
それまでの疑惑を持ちながら……という態度が一変し、まるで王侯貴族を相手するように接する。
「うん、それじゃ入らせてもらうね」
「私も失礼いたします」
2人は今までの誰もがそういった態度を取ってきていたので、豹変ぶりはあまり気にしないで兵士の後を付いて行く。
「少々お待ちください」
兵士は2人を中に入ったところで待たせ、中で待っていたキュイ隊長へごにょごにょと耳打ちをする。
その報告を聞いたキュイは慌てて砦門前いる兵士へブロックサインを送った。
内容は「冒険者と言う肩書きの隣国の王子が来た。最大限の礼を持って接しろ。本人は気さくな方だが、間違いのないように」というモノだ。
これまた勘違いが続いたまま、砦の中に案内されていくキノとリルだった。




