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020 北の砦へ その1

「……と言う訳で、エィムズさん、エヌさん。

 宿屋に案内してくれるって言ったのに行けなくってすみません」


 キノがエィムズ、エヌに勢い良く頭を下げる。


「お気遣いいただいたのに、申し訳ございませんでした」


 リルもキノに習い、こちらは慇懃に頭を下げる。


「いえ、気にしないで下さい。ギルドからの依頼は何よりも優先すべき事項です。

 それに人助けの為ですから、何よりも誇らしい事情ですよ」


 頭を下げる2人にエィムズは歯を見せて笑う。キラッと光る八重歯がイケメンスマイルを更に加速する。


「そうですわ。

 ギルド直々に依頼を持ち込まれるとは、それだけキノ様とリル様が信頼されている証ですの。

 ならば、胸を張って報告してくださいな。推薦した私達も鼻が高いですわ」


 エヌも柔らかい微笑を浮かべる。

 更に、エィムズはリルの手を取り、真剣な目で話しかける


「私は2人に会えてとても良かったと思えております。

 お陰で、自分の未熟さに気づく事ができましたから。」


 下心の欠片も無いエィムズの言葉に、リルも微笑みながらアドバイスを送る。


「いえ、凄く筋が良いと思いますよ。

 鍛錬の時間が殆ど無かったと言うのに、体の軸に見えたゆらぎがかなり安定しています。

 もう少し鍛錬を繰り返せば、直ぐに安定するのではないでしょうか?」


 事実エィムズはリルとの組み手を繰り返す事で己の反省点を見つけ、すでに克服しかけている。

 すぐにでもリルの足元ぐらいには追いつくかもしれない。

 エヌも同じようにキノの手をとり、真剣な目で話す。


「私も魔導の深淵に触れる事が出来た気がいたしますわ。

 時間があれば、更に深い所まで至れる気がしますの。」


 リルに習い、キノも何かを言おうとするが、そもそもサブに頼っていたので言葉が浮かばない。なのでサブが言っていた事を思い出してエヌへ伝える。


「いやぁ、そんなすごい事が出来たと思ってないんだけど、エヌさんが為になったのなら良かったよ。

 それに概要を聞いただけで理解出来るなんて、凄いみたいだよ? 基礎がおろそかだと、何を言われているのか全く判らないみたいだから」


 キノの言うとおり、魔導の深淵は概要どころか詳しく聞いても大抵の者は何を言っているのか把握する事などできないだろう。

 エヌの習熟の深さと魔導に対する真摯な研究。それがあるからこそ触れる事ができたのだ。

 この調子で行けば、人族最高の魔導師となるのも夢では無い。

 

「キノ君にリル殿は、すぐに発つのですか?」

「うん、怪我して大変な人が多いみたいだし急がないとね?」


 真剣な顔で答えるキノを見てエィムズとエヌは頷きあう。


「エヌ……」

「ええ、エィムズ」

「お2人なら、必ず彼女の力になれると思います」


 主語の無い言葉に、キノは困惑する。


「彼女……って?」

「ふふ、ナイショですの。ですけど、私も2人なら安心して彼女を託せますわ。

 今はまだ難しいでしょうが、彼女なら必ず復活すると思っておりますし」


 エヌはキノの唇に人差し指を当て、優しい笑顔で答える。

 

「大丈夫。その時が来れば判りますわ」


 エィムズはエヌの手をとると、キノ・リルから少し離れる。


「それって、教えては……くれないんだよね?」


 キノの問いに2人は微笑むだけで答える。


「キノ君とリル殿には散々驚かされたんです。最後ぐらい、私達にも驚かさせてください」

「そういう訳ですの。

 それと……これから出発する2人に、祝詞を掛けさせて頂いてもよろしいかしら?」


 祝詞とは特に何かあるものではなく、旅立ちに対するはなむけの言葉のようなものだ。

 ただし、現在では略式化されたものであり、本格的に祝詞を紡ぐのはかなり珍しい事だ。


「うん、お願い」

「よろしくお願いします」


 よく判っては居ないが、キノもリルは断る理由も無いので素直に受け取る事にした。

 エィムズとエヌは微笑み合うと、交互に祝詞を唱え始める。


「我、剣に生きる者、エィムズ・Pプライド・サウス」

「我、杖に生きる者、エーネリエンティス・Eエンヴィー・ノウス」

「今、ここに祝福を請う」

「今、ここに歓喜を請う」

「旅人の名は、キノ。我が生涯の友なり」

「旅人の名は、リル。我が生涯の友なり」

「2人の行く先に聖と魔の祝福があらん事を」

「よき旅路とならん事を」

「「今、ここに祈らん」」


 2人は祝詞を終えると、ニッコリと微笑む。


「行ってらっしゃい。

 砂漠の旅は大変だと思うけど、2人なら大丈夫。砦の兵士達にもきっと喜ばれるよ」


 エィムズの言葉にキノは笑顔で答える。


「うん、行ってきます。

 帰ってきたら宿屋の案内、お願いするね」

「ああ」


 キノは元気に訓練場の扉から出ようとする。


「祝詞、ありがとうございました。

 お2人も訓練、頑張ってくださいね」


 リルも深くお辞儀をして、キノと共に扉から出て行った。

 その後ろ姿を見送り、エィムズとエヌは顔を見合わせる。


「本当に……良い方達でしたね」

「ええ、本当に……

 もう少し、会えるのが早かったらと残念でなりませんわ」

「そうだね。もう少し早く会いたかったと私も思うよ」

「もう少し早く魔導についてお教え頂ければ時間があったのですが……」

「魔族か……行けそうかい?」

「どの規模かによりますね。四天王クラスでしたら自信はありませんわ。

 ですが、キノ様からお教え頂いた魔導の深淵……短い間ですが、モノにすればあるいは……

 貴方こそ前に立つ事ができますの?」

「リル殿に鍛えて貰ったからね。

 アドバイスも色々貰った。あとは時間ギリギリまで鍛えるだけだ……」


2人は重い表情で頷きあう。

軽い沈黙が訪れた後、エヌがポツリと呟く。


「……2人は大丈夫かしら?」

「既に破壊された砦だ。見向きもしないだろう。

 2人が瓦礫の除去や傷病者の看護をして……戻って来るのは全てが終った後かな?」

「なら、安心ですわね。

 例え彼等でも、聖なる武器の加護無くして魔族には……」

「そうだね。

 彼女さえ居てくれれば或いはだったけど……」

「そうですわね。

 ですけれど、彼女は戦えない体……

 いつか呪詛を跳ね返せると信じては居ますが……今は時間が足りません」

「そうだね、彼女は強いからね。

 たとえ僕たちが居なくなったとしても大丈夫さ」

「ですが、あの子は優しい子です。きっと悲しみますわよ?

 多分この状況を知ったら力を失っていても……立ち上がるのではなくて?」

「そうだね。だからこそ絶対に彼女に知らせてはならない。

 生き延びさえすればキノ君達が居る。なんとかジェイに協力を要請し、未来につなげよう」

「それが一番ですわ。

 今の彼女にジェイの言葉は何よりも重い言葉になりますから」


2人は頷き合うと訓練場を後にし、宿屋へと向かって行った。




「本当に申し訳ございません。転移魔法を使える者がいれば良かったのですが……

 それに、移動用のらくだも連れて行かなくてよろしいので?」


 冒険者ギルドの裏手では、シエルがキノとリルの見送りをしていた。

 オーウェルを始め、職員の人々は片付けなければならない案件があるという事で仕事に戻っている。

 一介の冒険者をギルド員が見送るなど、普通はありえない事だし、何故裏手なのかという疑問も出ると思う。

 だが、全てはオーウェルの指示で、シエルは事情を全て知っている。事情を知らないのはキノとリルのみだ。


「うん、食料は一杯貰ったからね。更にらくだも貰ったら悪いよ」

「ええ。新鮮な方が美味しいですけれど、足手纏いですから」


 決定的な何かがズレている返事を2人は返す。


「大丈夫です。マスターから経費って言われてますから!!」


 シエルは大まかにオーウェルから(勘違いした)事情を聞いているので、"王族だけに難しい言い回しだけど、遠慮してるんだな。"と思っている。


「らくだ肉……かぁ」

「キノ様、涎が出てます」


 だから、目の前でキノがらくだを見て涎を垂らしていても気付かない。


「べええええ~!? べえっえっえっえ~。(直訳:この目は食う気っス!?そこのポニー姉ちゃん助けてっ)」


 らくだはその涎の意味を知って嘶くが、シエルはらくだの隣に行き鬣を撫でるとキノへアピールする。


「ほら、キノ様。この子もキノ様に乗って頂きたくて、アピールしてますよ」

「べえっ!? べええ、べえええええ~~~~!!(直訳:ちょっ!? やめてっ、食われたくないっスよ!!)」


 らくだにとっては生死がかかっている。必死に逃げようとするが、万力で押さえつけられたように動かない。 


「ほら、大人しくなさい。

 キノ様とリル様にお前のカッコ良い所見てもらうんだから」


 らくだの言葉を聞き取る事のできないシエルは、らくだがキノへアピールしようと暴れていると思い怪我をしないよう頑張って押さえつける。

 手綱と背中しか押さえていない為、一見力を入れているようには見えないが……水面下では力を振り絞っているのだろう。


「べええええええ~~~、べえええ~~~!!(直訳:ちょっとポニー姉ちゃん力緩めるっス、おかあさーん!!)」

「ほら、興奮するのはわかるけど、落ち着きなさい」


 シエルに押さえつけられ、逃げられない事を悟ったらくだはだんだんと大人しくなっていった。


「ほらキノ様、この子なんてどうですか!!」

「べえっ、えっえっえ~。(直訳:もうっ……だめ……ぽ)」


 すでに命を諦めたらくだは涙を流しながら頭を垂れる。


「う~ん、そこまで言われるなら。」


 キノもらくだ肉が相当気になるのか、目が爛々としてきた。


「ですがキノ様、らくだなんて足手纏いですよ? 急がなくてはならないのでは?」


 らくだの声が聞こえているのか、聞こえていないのか判らないが、リルから助け舟が出る。


「あ、そうだった。急がないとだね。

 シエルさん、らくだは良いや。ありがとう。

 ……えっと、目的地は……」


 キノは気がついたように言うと、すぐに意識を切り替える。


「べええええ~~~~!! べええ~~~~ええええ~~!!。(直訳:狼の姉さん助かったっス!! このお礼は必ずするっス~~~)」

「そうですかぁ、この子も残念がっていますよ?

 あらっ? でも……急ぎなのにらくだが足手纏い?」


 シエルが頭を傾げると、その答えはすぐに目の前に訪れた。


「よし、あっちだな。いっくぞー!!」


 キノは視線を砂漠の奥にむけると、直ぐに駆け出した。

 その速度は恐るべき速度で、一瞬にしてキノの姿が遠くに見える。

 ……ただし西方向の。


「キノ様っ!! そっちじゃありません、あっちですー!!」


 そして、同じように恐るべき速度でキノを追って行ったリルを見てシエルの目は点になる。


「人って……あんなに早く走れるんだ……」

「べえええええ~(直訳:姉さん、いってらっしゃ~い。)」

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