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019 冒険者登録 その6

「何者……だったのでしょうか?」


 緊張もそのままにリルが呟く。


《ニースと言う魔族については【知識の実】の中に含まれる"世界の知識(アーカイブ)"はありませんでした。

 特徴から、ピーシア・N・クレーシア。魔王四天王の1人、西方鬼クダンの副将と称される魔族に酷似しております。

 100年単位で存在する力ある魔族しか"世界の知識"には登録されませんので、年若い魔族の可能性もありますが》


 知識を司る【知識の実】といえど、一個人の特定までは出来ないようだ。


「へぇ? その人とは違うの?」

《断定が出来ないと言うだけで、同一人物の可能性は高いと思われます》

「そうですか……ですが、勇者様の情報は不確定なのに、魔王関連はある程度判るのですね?」

《"世界の知識"では、異邦人である"勇者"に関しての情報を得る事ができません。

 魔王とその周囲は、長命さから知識の中に残るのです》

「そうでしたか。変な事を言ってしまい、失礼しました。

 お答え頂きありがとうございます」

《いえ、どのような事でもお聞きください。検索できる範囲ですがお答え致します》

「ありがとうございます。

 では、キノ様の好み……いえ、なんでもありません」


 リルが丁寧にサブ(キノ)へ頭を下げる。

 どうしたらいいか迷ったキノは、とりあえず頭をぽりぽりと掻く。


「そう言えば勇者様って何所に行けば会えるんだろう?」

《その件についての質問ですが、一口に勇者と言っても》

「キノ様!! リル様!! 大変お待たせいたしまして申し訳ございません!!」


 キノの疑問へサブが勇者について返答しようとする。……が、勢い良く扉が開かれ、オーウェルが大汗を流しながら現れた。後ろにはシエルと数人の職員が立っており、荷車が並んでいる。

 荷車には様々な食料や医薬品を始め、大量の荷物が載せられている。


「待ってないから大丈夫だよ」


 キノはまったく気にしていないが、サブの言おうとしていた事が聞けずじまいだったことには気付いていない。


「ありがとうございます。

 まずは緊急性の高い報告があり、そちらに掛かりきりとなっておりました事をお詫びさせてください」


 大量の汗をハンカチで拭きつつ、オーウェルはキノの顔をちらちらと見ている。

 よく見るとオーウェルもシエルもロウのように青白い顔をしていた。


「あ、はい。」

「構いません。」


 キノとリルはその表情に気付くと、真剣な表情になる。


「実は……北にある、砦の一つが襲撃を受けました。

 砦に控えていた兵士より"何の前兆もなく魔法による攻撃を受けた。被害は無視できない大きさであり、冒険者ギルドにも応援をお願いしたい。"という打診があった程です。

 更に街の方では高位の魔族を確認したと言う情報も少数ですが上がっております。


 この2つの情報から……当ギルドでは魔族の侵略があると予測致しました」


 オーウェルは一旦言葉を区切ると、額に手を当ててかぶりを振る。


「何の為にと思われるかもしれませんが、理由などありません。魔族にとっての侵略は、暇つぶし程度の戯れです。幸いな事に魔王クラスの侵略は史実に残っている限りでは無いのですが……

 ですがっ!! はいそうですかと黙って蹂躙される訳には行きません。

 キノ様!! リル様!! どうかSクラス冒険者として、すぐに砦の救援をお願いできないでしょうか?」


 オーウェルは勢い良く頭を下げる。シエルや職員達も一緒だ。


「えっと……オーウェルさん、頭を上げてください」


 キノは頭を上げるように言うが、オーウェルは頭を下げたまま続ける。


「いえ、事は一刻を争います!! キノ様に承諾していただけるまで頭を上げるつもりはありません」


 オーウェルは更に頭を下げる。角度的には120度ぐらい。ホテルの従業員ですら真っ青な角度だ。

 オーウェルの意思は固く。キノは困ったようにリルを見る。


「私はキノ様にどこまでも付いて行くだけです。キノ様の思うままに進んでください」


 リルはにっこりと答える。キノは神妙に頷くと、ゆっくりと口を開く。


「それは……」


 オーウェルは乾いた喉に無理矢理唾を流し込み復唱する。


「……それは?」

「勇者様のお役に立てる事……かな?」


 キノにとって、一番はやはり"勇者様の為に"である。その問いに対し、オーウェルの答えは決まっていた。


「はい。勇者様は慈悲深いお方。

 人を助ける為ならば自分の身をも厭わない方です。

 ならば、多くの人を助ける事は、勇者様にとっても喜ぶべき事かと思います」


 オーウェルの目は真剣にキノを見据える。嘘・偽りを持ち、利益の為にキノに助けを請おうとしている訳ではない。

 自信ある裏づけの上で放った言葉であり、何かを決意した男の目だ。


《オーウェル氏の言う通りかと。勇者様への恩返しにもなりますので、無碍に断る必要は無いかと思われます》


 サブもオーウェルの言葉を肯定する。


「……うん、判った。すぐ応援に行くよ!!」


 キノは力強く頷くと、扉の外へと駆け出す。


「キノ様お待ちください!! まだ場所を聞いておりません」

 が、リルに襟首を掴まれて止められた。


「……ゲフッ」

「きゃっ!?」


 急に首を絞められたキノはそのまま後ろに倒れ、床に頭を打ちつける。


「……(ん~~~~~!!)」


 そのまま痛みに呻いて床の上を転がり続ける。

 

「あ……えっと……キノ様、すみません大丈夫ですか?」


 犯人であるリルも戸惑い、おろおろとキノを心配げに見つめる事しかできない。


「…………治れっ!!」


 ある程度もんどりうった後、キノは自分で自分に回復魔法を使用する。


「リル……襟首は酷いよ……」


 涙目でリルを非難するように見る。


「申し訳ございません……

 ですが、あのままだとキノ様は目的地も判らずに飛び出していってしまいそうでしたので……」

《マスター、リルの言うとおりです。話を聞かずに飛び出すのはどうかと思います》

「ぐぅ……すみません……」


 リルとサブ、2人に言われ、すごすごと元の場所へ戻る。

 その目の前に1枚の地図が差し出された。オーウェルとシエルは多少緊張が解けた様で顔にはやわらかい笑みが戻っている。


「お請け頂きありがとうございます。

 それでは、砦の場所と必要な物資をお渡しいたします」


 オーウェルは先ほどのやり取りを見て改めてキノの魅力に舌を巻いた。

(あのような一芝居を打ってまで我等にゆとりを持つ大切さを伝えようとするとは……やはり恐ろしいお方だ)

 シエルや職員達と頷き合うと荷車の内一台を部屋の中に入れる。


「まず砦の位置ですが、この町を出た後、北へ真っ直ぐに85kmほど。砂漠の中にぽつんと立った砦が見えます」


 オーウェルは地図の上端を指差す。

 かなり大雑把な地図で、レモングラス公国の周辺までしか載っていない。

 位置的にはキノ達が来た方角と判断できるが……

 測量技術の発達していないこの世界では、自国の周辺までの地図でもかなり上質な部類に入る……入るが……大雑把すぎて距離感や位置関係が上手く取れない。

 地図を見慣れていない人間には、琵琶湖に戦車を沈め、鼻をほじりながら「ん~、このあたり?」と指差すレベルだ。

 そもそも地図を見た経験のないキノは、オーウェルの話を無視してサブへ問いかける。


《サブ、位置は判る?》

《問題有りません。ですが、先導はリルが取って下さい》


 "世界の知識"を持つサブには、全ての地図がインプットされている。

 まさに生きたナビとも言えるだろう。

 残念ながらサブを持つキノにしか恩恵はないが、その恩恵は計り知れない。……ただし、方向音痴でなければ。

 失礼……話は逸れたが、オーウェルの説明は続いている。


「ここが攻撃を受けた砦となります。

 その場で魔族の侵攻に備える為、キノ様とリル様には何日か滞在して頂く予定となっております。

 その間、砦の修繕と負傷者の救護も並行して行って頂ければと思っておりますが、お頼みしてよろしいでしょうか?」


 オーウェルは言いづらそうにしているが、キノの答えは決まっている。

 勇者様に喜んで貰う事であれば、どんな事でもするつもりでいるのだ。


「もちろん!!」

「……ありがとうございます。

 それでは、こちらの物資をお持ちになってください。後は直接砦に向かうだけとなりますので。」


 その一言に安心したオーウェルとシエルは、荷車に山と詰まれた食料品や医薬品、果ては衣類や毛布等をキノの"ポケット"へ入れて行って貰うのだった。

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