018 冒険者登録 その5
「キノ様、リル様、お待たせいたしました」
ソファに埋もれるように座ったキノと、その隣でキノにぴったりよ寄り添うように座ったリルの目の前に、鈍く銀色に輝くプレート2枚が乗ったトレイが置かれる。
対面にはオーウェルが座り、満面の笑顔でプレートを差し出す。
あの後、エィムズとリルは2時間ほど実践稽古を繰り返し(と言っても、リルに一方的に弄られるだけだったが……)、エヌもキノと心行くまで対談を行った(深淵の知識を語るキノについていけず、エヌは自分の未熟さを思い知る結果となったのだが……)
2人は身も心もぼろぼろになりながらも、短い時間の中で肉体的にも心理的にも格段のレベルアップが出来たようでホクホクしていたのが救いであろうか。
「後で宿屋へ案内しますね。
待ってる間訓練を続けますので、マスターからプレートを受け取ったら訓練場に戻ってきてください。
それまでに少しでも気づいた所を鍛え直していますので」
「エィムズと一緒に待ってますわ。
私も、魔道を基礎をやり直さなくてはなりませんので」
と言って分かれたが、2人はどれだけ訓練を続けるのだろうか。
オーウェルの持ってきたプレートは、縦5cm横10cm厚さ4mmほどで、表面には透かし彫りの要領で各種情報が載っていた。
☆キノ
種族 人間
性別 男性
職業 賢者
ランク S
☆フェン・リル
種族 獣人
性別 女性
職業 舞闘家
ランク S
プレートに記入されている内容はこれだけで、文字の横には恐ろしく精巧な似顔絵が彫られていた。
但し、キノのプレートだけ最後に注釈として、
※要注意NO.1 コードネーム"悪魔王"と似ていますが、別人です。
間違いの無い様気をつけてください。 ソルト支部長 オーウェル
と記入されていた。
「あの、これって……」
キノがプレートを指差して問いかけると、オーウェルは頷く。
「ええ、本来登録したてではAランクまでとなっているのですが、キノ様は特別待遇となっております。
アッシュ様からの紹介状もですが、その人間性、また実力からもSランクが相応しいと判断し、最初からSランクとさせていただきました。
……まぁ、エィムズとエヌから手も足もでなかったという報告があったので、すぐにランクアップすると思いますが」
キノが思っていたのとは違う答えが返ってきた。
「いえ、そちらではなく……あ、でもSランクなら勇者様のお役に?」
キノの呟きをオーウェルはニコニコとしながら聞いている。
リルも何か気になったようで質問する。
「何故私の職業が舞闘家なのですか?」
どうやらキノのプレートの前に自分のプレートの方が気になるようだ。
「私の職業はキノ様の守護者です!!」
しかも斜め上の方向で気にしているようだった。
だが、本人は死活問題らしく、オーウェルに詰め寄っている。
「いえ、その職業表記は戦闘スタイルによるものですから……」
汗をかきながらオーウェルは返答する。
「戦闘スタイルなど、見せた覚えはありませんが?」
剣呑とした目でリルはオーウェルを問い詰める。
「エィムズとエヌ、2人の情報から推測しました。
キノ様は恐ろしい威力と速度で練り上げた【熱線】という魔法と【回復魔法】を駆使したとか。威力・速度・攻撃と回復双方の魔法を使う事から魔導師ではなく賢者のカテゴリーに分類させていただきました。
リル様は徒手空拳で戦い、舞う様な体さばきだったと言う事で舞闘家のカテゴリーに分類させていただきました」
「舞うように……ですか?」
「ええ、エヌが言うには最上級のダンスとも取れる美しさだったと」
「そうですか……ならば仕方ありません」
いつもどおりの澄まし顔だが、嬉しいのか口元が弓なりとなり尻尾がぱたぱたと揺れている。
「へぇ、そうなんだ?」
「ええ、それにキノ様の場合はギルドカードで簡単にあの変態ゆ……いえ、悪魔王とは別人と判りますので」
オーウェルが肝心な部分へと触れる。
「それでその悪魔王って?」
"コンコンコン"
キノも気になっていたため、改めて問いかけるが扉がノックされ中断される。
「キノ様、お話途中申し訳ございません。少々失礼致します」
オーウェルもノックに気付き、扉を開けると先ほど受け付けを行ったシエルが立っていた。
「マスター、少々宜しいでしょうか?」
その顔は笑顔だが、張り付いたように不自然だ。
「どうした?」
釣られてオーウェルの表情も固くなる。
「それが……」
シエルはキノとリルの顔色を伺うと口ごもってしまった。
「キノ様、リル様、少々席を外させていただきます。
直ぐに戻るので少々お待ちを」
すぐに察したオーウェルはシエルを連れ、扉を閉めて出て行った。
残されたキノとリルは顔を見合わせる。
「何かあったのかな?」
「……では、無いでしょうか?」
そのまま暫く待って見るが戻ってくる様子は無い。
手持ち無沙汰になったキノはギルドカードを手にとって見る。
「キノ様、勝手に触っては……」
「大丈夫大丈夫」
キノはカードを手に、色々な角度から見たり指で弾いたりする。
リルも気になっていたようで、同じように手を伸ばすとカードを眺める。
「これは……何の金属で出来ているのでしょうか?」
《この輝き、魔力に対する反応を見るにミスリルで作られています》
「へぇ……これがミスリルか、始めてみた」
「ミスリルでですか……凄いですね。私も見たのは初めてです」
「ミスリルのカードはSクラス以上にしか使われていないんだよ。
A以下は鉄製のカードなんだ。S以上は特別性って奴だね」
リルとキノの会話に後ろから答えが返ってくる。
その声にリルは目を見開くと間断なく周囲を見渡す。
「誰ですかっ!? ……私が気配を感じる事ができなかったとは……」
「そんな怖い顔しなくて良いよ。とって食うわけじゃないんだから♪」
その声に敵意は無い。……が、その姿は何所にも見えない。
「え……っと」
「姿を現しなさい!!」
キノは困った顔をするが、リルは警戒を表に出し威嚇する。
「そんなに警戒されるとちょっと出にくいなぁ~」
「キノ様には指一本触れさせません!!」
今すぐにも飛びかかろうと、爪を伸ばしたリルの手をキノが引く。
「リル、こっち」
自分達が座っているソファの向い側を指差すと、何も無いソファの上から声が聞こえる。
「うそ、マジ!? 見破られるとは思ってなかったなぁ……
ばれちゃしょうがない……今姿を現すよ。
おっと!! いきなり襲い掛かったりしないでくれよ?」
ソファの上がぼんやりと歪んだと思うと、人影が少しづつ浮き上がってきた。
数秒で何も無かったはずのソファには、楽しそうな顔でキノ達を見つめる女性の姿が現れた。
褐色の肌にまっ赤な髪。燃え盛る炎のように目の色も赤だ。スラリとした体躯はしなやかなようで無駄な肉が一切見られない。
女性の即頭部にはヤギのような角が両側についていて、背中にはこうもりのような翼。
……それは人間の天敵にして捕食者、魔族だ。
「やぁ、参ったね。なんで判ったの?」
彼女が言うように敵意は全く感じられず、まるで十年来の友人に語るような口調で話しかけてきた。
「空いてる窓からこっそり入って来るのが丸見えだったよ? リルには見えなかった?」
「申し訳ございません……全然見えませんでした」
キノの答えに女性の目が細くすぼめられる。
「へぇ、見えてたのかい……目が良いねぇ。
流石Sランクと言う所か、混じり物と獣にしては油断出来ないね♪」
口調は相変わらず愉快そうだが、言葉の節々に警戒がにじみ出て来た。
「それで貴方は、どのような用件でいらっしゃったのですか?」
リルは敏感に警戒を察し、いつでも動けるよう重心を軽く移動した。
女性から発せられる危険な匂いに、野性の本能が警鐘を鳴らし続けているのだ。
「気になる事があってね。
確認に来たんだけど、面白い気配を感じたからこっちにも顔を出してみたんだ。
どうも下では新しいSランクが誕生したと騒いでいるじゃないか? 厄介の種にならないか見に来たんだけど、混じり物と獣が人に混じってSランクになっていたとは驚いたあね。
まぁ、ちょっとした偵察って所かな?
うん、でも面白いねぇ~。人と混じって生きていくモノがまだいたんだ?
……くふふっ、同じ魔に属する者として忠告しておくよ。
数日の後、ここは間違いなく戦場になる。君達程度じゃ、どうしようもない戦場にね?
だから、さっさと逃げた方がいいよ?
自分の命が惜しくないなら見届ける価値はあるかもしれないけどさっ。」
それだけ言うと女性の足元からゆっくりと体が透けてゆく。
「じゃぁね♪
キノ君にリルちゃん」
「あ、ちょっと!?」
「私の名はニース。
今日は急いでいるから忠告だけしておくけど、次あったら代金に血を吸わせてね? 大丈夫、死ぬほど吸ったりしないからっ」
「ではなく、聞きたい事がっ!!」
リルが声をかけるが返事はない。
「キノ様っ!! 彼女っ、ニースさんは?」
キノは開けっ放しの窓を指差す。
「そこの窓から飛んでいったよ。
多分、遠すぎて声も届かないんじゃないかな?」
「そうですか……
あの男性、何者だったのでしょうか?」
リルが遠い目をして窓枠へ手をかける。
「あ、戻ってきた」
「えっ!?」
慌ててリルが窓枠から手を離し、物陰に隠れると物凄い突風が吹き込んでくる。
「言っておくけど!! 私は女だからねっ!!」
「あ……はい」
先ほどと違い一瞬で姿を現すと、呆気にとられたリルへ叫ぶように訂正を促す。
事前に言っていたように、"無駄な肉"が一切見られない体。そう言えば判って貰えるだろうか。
「なら良し。次間違えたら……本っ気で殺すからね?」
最後にわりと本気っぽい声で伝えると、同じように一瞬で姿を消す。
「えっ……あっ……ちょっとっ!!」
リルが戸惑ったように声をあげるが、今度こそ返事はない。
「もう行っちゃったよ」
「聞きたい事があったのですが……
どこまで地獄耳だったのでしょうか?あの方は……」
結局聞きたい事を聞く事のできなかったリルはため息をつく事しかできなかった。




