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016 冒険者登録 その3

「ううう……大変お待たせしましたぁ……キノさんにリルさんですね? 本日のご用件は冒険者への登録ですか? 何かご依頼ですか?」


 元の喧騒に戻った冒険者ギルドでは、改めてシエルがキノとリルへ案内を行う。

 エィムズとエヌは、「後で宿屋に案内して差し上げますわ」と言って一旦別れた。


「えぇと……その……大丈夫?」


 全く悪くないのだが、自分にも原因があると思い、キノは気遣わしげにシエルへ声をかける。


「ううう……ありがとうございますぅ~」


 両目から滝のように涙を流しながら書類をめくるシエルを見て、キノはリルへ視線で助けてコールを出す。

 頼られたっ!! と思ったリルは張り切り、アッシュから預かった封筒を懐から取り出しシエルへと渡す。


「こちら、門番長のアッシュ様から預かって来ました!!」

「ううう……アッシュさんですか……アッシュさん……アッシュさん……」


 泣きながらも封筒を受け取ったシエルは、中からもう一角の封筒と手紙を一枚取り出す。


「ええと……えっ!? 第1守備隊長のアッシュ様!?」


 手紙を読み進めるうち、シエルの涙は引っ込み顔色はどんどん悪くなってゆく。


「わ……わ……わ……私っ……なんて事をっ!?」


 震えながらも、もう一通の封筒を胸に抱いて立ち上がる。


「キノ様っ!! リル様っ!! 今すぐにマスターを呼んできますっ!! 少々お待ちをっ!!」


 ダッシュで2階への階段を駆け上がり、

「ッキャァァァァァァァァァ!!」

 再度の悲鳴が2階から聞こえて来た。


「マスター!! マスター大丈夫ですかっ!!」

「ギルドマスターに何かあったのかっ?」


 階上からシエルとエィムズの声が聞こえる。

 いつの間に階段を駆け上がっていたのか、元の場所に戻っていたはずのエィムズとエヌの姿はその場になかった。



 5分後 



 更に落ち込んだ顔のシエルと、その後ろに人の良さそうな顔をした50代のおっちゃんがエィムズに肩を貸してもらいながら降りてきた。

 最後にニヤニヤと笑いながらエヌが降りてくる。


「いやはや、大変申し訳ありません。

 この子は仕事は一生懸命なのですが……少々そそっかしい所があると申しますか……

 抜けている所が多々ございまして……」


 降りてきたおっちゃんは額に汗をかきかき、ハンカチでぬぐいながらまくし立てる。


「申し訳ございません、挨拶が遅れました。

 私、このソルト支部のマスターを勤めております、オーウェル・C(クロム)・ハーツと申します。

 その……なんと申しますか……大変申し訳ないことをしてしまいました。どうぞお許しください!!」


 シエルの頭を掴んで、一緒に頭を下げさせる。


「聞いてみれば、このシエルがよりにもよって貴方様を変態勇者と間違えてしまうとは……本当に申し訳ございません!!

 ほら、シエル!! お前もしっかり謝るんだ!!」

「ううう、ごべんな゛ざぁい゛……」


 シエルの涙はすでに滝のようにとめどなく流れ続けている。

 さっきの件といい、今回の件といい……さすがにかわいそうに思ってきたキノは、シエルを慰める。


「僕は平気だから気にしないで?

 それよりも、ほら、涙を拭いた方が良いよ?」


 服のポケットからシルクのハンカチを取り出し、シエルへそっと手渡す。

 ちなみにこのハンカチ、ユエル姫がキノに渡した指輪を包んでいたものだ。


「ばいぃ……あ゛り゛がどう゛ござびま゛ずぅ~!!」


 シエルはそう言って、涙をハンカチでぬぐう。

 キノもシエルも気付いていなかったが、その隣ではマスターが驚愕の表情を浮かべていた。


(アッシュ殿の手紙に、可能性が高いと書いてあったが……これは間違いない!! このハンカチはコリアンダー皇国の、皇位継承者しか使う事のできないハンカチ!!

 邪悪な心を持つものでは、触れるだけで火傷を負うと言われる神聖なハンカチ。あの腐れ外道では、間違っても手にする事ができない代物……

 しかし……どう見てもあの腐れ外道と瓜二つ……シエルが間違うのも無理はないか……はっ!? ま……まさかっ!?)


 アッシュの書いた手紙の内容と目の前の光景が合わさり、マスターの中では一つの物語が生まれ始めていた。


 それは……


(コリアンダー皇国では、第一王子の誕生に沸き立っていた。

 そこに何所からとも無く現れる、ボロを着た魔法使い。


その魔法使いは予言する。

「近い将来、王子と瓜二つの悪魔が現れ、王子の身を脅かすだろう」と。


 それを聞いた国王は、断腸の思いで王子を隠し、育てる事にする。

 だが、ある日、どうしても外を見たくなった王子が、屋敷から抜け出し、外を歩いていると目の前に現れる凶暴なモンスター!! 教育を受けていても、実践を知らなかった王子はすくんでしまう。


 迫るモンスター!! 戸惑う王子!!

 そこに颯爽と現れる槍の勇者様!!

 その強大な力でモンスターを一撃の下に切り捨てる。)

「ありがとう、お名前は?」

「名乗るほどの者ではございません」

「せめて、お礼だけでもっ!!」

「私は人々を助ける者……人は私を勇者と呼びます。勇者とは、見返り無しに人を助ける者を指し示す言葉。

 気にしては行けません……」

「勇者様……ステキ……」


「なんて言うやり取りが!! 熱い!! 熱すぎますぞ!!

 そしてその姿に感動……いや!! 王位を捨ててまで追って来たのです!!

 きっと王子は勇者様に一目ぼれを!!

 国も地位も……何もかも殴り捨て、ただ一途に勇者様のお側に居たいという純愛ストーリー!!


 良いっ!! これは良いっ!!

 うおぉぉぉぉぉぉぉ!!



 ……ん? なんだシエル?」


 ポンッと肩を叩かれ、我に戻ったオーウェルにシエルが一言。


「あの……マスター、妄想が駄々漏れです」

「…………っなんとぉぉぉ!?」


 声にならない悲鳴を上げると、そのまま床にゆっくりと倒れ落ちる。真っ赤になった顔を両手で覆いながらも確認は忘れない。


「ちなみにどこから?」

「「ありがとう、お名前は?」からです」

「ふぅおおおおおぉぉぉぉ!!」


 さらに顔を真っ赤にし、ごろごろと転がる。


「キノ様とリル様は?」

「ポカーンと見てらっしゃいますが?」

「聞こえていたかな?」

「なんとも……」

「そうか……(ゴクリ)」


 オーウェルはゆっくりと立ち上がると、キノとリルの方へ歩み寄った。

 そんな中、キノとリルはいきなり何を口に出していたんだろう? と先ほどの会話について悩んでいた。


「あの……キノ様、リル様、聞こえて……おりましたか?」


 この問いに、なんと答えたものかと悩むキノとリル。


《マスター、この場合は聞こえなかった振りをするのがオーウェル氏の為になります》

《判った、ありがとうサブ》


 まさに天の助けであった。どちらのとは言わないが。


「いえ、聞いてませんでしたけど? ね? リル」

「はい、ぼそぼそと言っていたので、聞き取りづらかったです」


 その言葉を聞いてほっと胸をなでおろすオーウェル。そして誤魔化す様に、早口で次の説明を行ってゆく。


「いや!! このオーウェル、大変感動いたしました。キノ様、最早私から言う事は何もありますまい。

 本来、ギルドへの登録は色々と犯罪歴や出生等様々な情報を調べ、プレートに書き込み保管する必要があります」


 その言葉にキノとリルは固まる。キノは元の体が何所の誰か判らないし、本体はただのはぐれスライムだ。

 リルも元聖獣であり、獣人としての身元など全く無い。万が一【神の雫】で人化した存在と公に成れば何があるか判らない。

 だが、そんな事情を知らないオーウェルは、自分勝手に作り出した妄想の別の理由に当てはめる。

 そして、固まる二人を見て妄想は真実だったと確信する。


「ですが!! キノ様とリル様にそのような事は一切行いません。また、他のギルドでも調べるような事を一切しないよう通達しましょう!!

 このオーウェル、お2人のためなら出来うる限りの助力を約束しましょう。何なりとこのオーウェルめにお任せください!!」


 なぜ、オーウェルがこんな事を言い出したのか、まったく判らないキノとリルであったが、

「あ……はい、よろしくお願いします」

 助かることに変わりないので、その申し出を二つ返事で受けるのだった。



 誰だって、50過ぎのおっちゃんに大号泣されながら手を掴まれたら、反射的に頷くしかできないと思います。

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