015 冒険者登録 その2
殺られる前に殺れ。
誰が言っただろうか、その言葉。
その文化はこの世界にも根付いている。
「死ねぇぇぇぇぇぇ、この変態がぁぁぁぁ!!」
「仲間のカタキぃぃぃぃぃ!!」
「平和の為ぇぇぇぇぇ!!」
「くたばれやぁぁ!!」
冒険者達は剣や斧を片手に襲い掛かる。
中には女性冒険者もいて、
「いやぁぁぁぁ!!」
「貞操の……危機……」
「私には心に決めた人が……」
などと青い顔になって、へたり込んだり、逃げ出そうとしている者も居る。
「え? 何?」
状況を把握全く把握できていないキノに剣が斧が襲い掛かろうとした時、店内に咆哮が響く。
「ガルルルルルウゥオオォォ!!」
リルが咄嗟に放ったスキル【咆哮】だ。
気の弱いものは失神し、ある程度の実力を持つ者でも、体が痺れて動けなくなった。
「リル、いきなりの咆哮は耳が痛いよ……」
もちろんキノには、ちょっと大きな声程度の認識。
「申し訳ございません。緊急時と思い、つい……」
(さすがキノ様。いきなりの咆哮でも、痺れ一つしないとは。)
高い音を立てて地面には剣や斧、弓などの武器が落ちる。
「くっ……何をした!!」
「かっ……体が痺れて……クソッ」
襲い掛かってきた冒険者達は咆哮の効果により、次々と痺れから武器を取り落としていった。
そんな中、店内に拍手の音が響く。
「凄いお手並みだね。
まさか、咆哮一つで全員をおとなしくさせるとは」
「そうですね。高位の獣人……しかも相当な実力の持ち主とお見受けいたしますわ」
痺れて動けない冒険者の内1人が拍手をする2人組みを見て声高々に叫ぶ。
「あれはエィムズとエヌ……SSクラスがこの場にいるとは!!
変態勇者め……これで終わりだ!!」
その言葉を皮切りに、冒険者達は口汚い罵声を吐いていく。
「貴様等……キノ様に何たる暴言を……」
キノは今一つ把握していないようだが、周囲の暴言へリルは怒りをあらわにする。
リルが周囲の冒険者達へ今にも襲いかかろうとした直前。
「君達、少し黙っているといいよ?」
冒険者達を制したのは、立ち上がった男性-エィムズであった。
静かながら殺気のこもった声を冒険者仲間へと向ける。
「……うっ……」
殺気に当てられた冒険者達は何も言えず、ただ口を閉ざす。
「そうそう、それに彼は別人ですわ」
そして、もう一方の女性-エヌの言葉に全員が目を丸くする。
エヌは優雅な動きでつかつかととシエルのそばまで歩いてゆき、先ほどの咆哮の余波で気絶していたシエルを優しく揺り起こす。
「シエル、起きなさい」
「…………」
「シエル!! おきなさい!!」
「……ZZzzzzzzz」
起きないどころかいびきをかき始めたシエルへエヌの鉄拳が落ちる。
「お・き・な・さ・い!!」
……鉄拳の一つぐらいは優しいはずだ。
「う……うぅ……ん。いた……い……
いったぁぁぁぁぁ!!」
シエルは目を覚ますと、痛みに大声で叫ぶ。
「うるさい。」
軽くだが、再度エヌの鉄拳が決まる。
一瞬ぽかんとしたシエルだが、今度は自分の衣服の乱れを調べ始めた。
「はっ!? そうだっ、貞操がっ!!
……ほっ、何かされた跡は無い……あれ、エヌさん!?
良かったぁ、エヌさんがあの変態を退治してくださったのですね。痛いのは変態勇者が?」
その言葉にエヌはため息を付く。
「ねぇ、シエル。勇者の定義は覚えているかしら?」
「え……あっ、はい。
異世界から召喚され、聖なる武具に認められた者……ですよね?」
「そう……
……で、異世界人の特徴は?」
「はい、全ての者が黒目黒髪で、この世界の人間には無い、特徴的なスキルを兼ね備える。です!!」
シエルの口調はだんだんと得意げになり、聞かれてもいない事を話し始める。
「その性格の悪さは、闇の精霊が愛想を尽かす程。凶暴で、人が嫌がることを好んでする。
女と見れば襲い掛かり、彼と関って不幸になった人は山ほどの数。
コリアンダー皇国は、彼の賠償金だけで国庫が傾いていると聞いています!!
常に所在がしれず国内は戦々恐々としていて、我がレモングラス公国の勇者様とは正反対の人間ですね!!」
目をキラキラさせながら言うシエルに、エヌは大きくため息を吐く。
「そう……
なら、彼をもう一度よくごらんなさい」
エヌはシエルの顔を両手で挟むと、そのまま窓口にいるキノの方へ向ける。
キノはどうしようか困ったが、とりあえず笑顔で手を振る。
「ひっ……」
シエルがまた悲鳴をあげようとするが、エヌが首根っこを掴む。
「シエル!! 良く見るのです。
髪の色は? 目の色は?
あなたの【精霊の目】なら見えるんじゃないですか?
精霊が彼の側にいるのを!!」
エヌの声にシエルは目をこすり、今度はしっかりとキノを見つめる。
「あ……あれ?
髪の毛も……目も青い……
それに何で?
何で、全ての精霊に愛されてるのっ!?
そんなのあり得ないっ!!
多い人でも3種類が精一杯なのにっ!?」
「言う事はそれだけですの?」
エヌはそのままシエルの顔を回し、店内の様子を見せる。
「え……あっ……何!?
何で皆気絶していたり、立ったまま麻痺してるの!?」
あまりの察しの悪さに、エヌは呆れる。
「何でって……貴女が叫んだからでしょうに……」
「……あっ!!」
「思い出しましたの?」
シエルは真っ赤になり、小さい体を更にちじこまらせると、蚊の鳴く様な声で「はい」と返事をした。
エヌは景気良くシエルの背中を叩き、ギルド内に甲高い音が響く。
「恥ずかしがるのは後でも出来ますっ!!
彼が変態勇者じゃないと今なら理解できるのではなくて?
まずは彼に謝って、他の冒険者へきちんと説明するのです!!」
「は……はいっ!!」
エヌに諭され、それからの行動は早かった。
「キノさん!! リルさん!!
ほんっと~にごめんなさいでした!!」
シエルは急いでキノ達の目の前まで来ると目一杯頭を下げる。
「えっと……はい」
よく判っていないけど、とりあえず返事をするキノと、
「人違いと判れば良いのです」
キノの事を悪く言ったのでないなら。と簡単に許すリルであった。
シエルは冒険者にも謝り倒したが、元々好かれる性質が幸いしたのだろう。皆笑って許していた。
そして残ったものは……
「これ、どうしようか?」
「警備兵だしなぁ……」
「見なかった事にして埋める?」
「いいね、そうしようか」
絶賛、冒険者達の手で無かったことにされそうなアイルの処遇である。
アイルの立場として、目の前で乱闘が起こった以上、当事者全てを捕まえなければならない。
冒険者達は、別名何でも屋として町に貢献しているが、中にはただの荒くれ者同然もいる。
警備兵はしっかりとギルドに手綱を付けたい。
そう思っている所に、こんな騒ぎとなれば警備兵の立場がギルドの一段上になる。
そうなった時、一番動きづらくなるのは冒険者達なのだ。
「ん……う……」
そのアイルが今、起きようとしてた。
「おい!! 起きそうだぞ!!」
「馬鹿っ!! 声がでかい!!」
「クソッ、誰でも良い!! 何とかしろ!!」
「お前が何とかしろよ!!」
「いや、お前こそ!!」
「いえいえ、私ごときには……先輩っ!! どうぞ」
「いやいや、後輩に譲れぬようでは先輩の名折れ……」
「「ふっふっふっふっふ」」
どこかで見た事のあるようなやり取りが延々と続くと思われたが、1人の女性が名乗りでる。
「大丈夫、私が何とかしますわ」
名乗り出たのは、またもやエヌだった。
「う……ん……俺は今……?」
アイルは目を覚ますと、現状を把握しようと周りを見渡す。
「アイル、お久しぶり」
だが、目の前に立つエヌを見ると、アイルは石の様に固まった。
「ア……アネ……さん」
「ねぇアイル。
今、何を見たか覚えているかしら?」
蠱惑的な笑みを称え、右手でアイルの頬を撫でる。
「ははははははは……ハイ!!
シエルがキノ様を変態勇者と言って乱闘に……」
全て覚えているようだ。
エヌは後ろを向くと、小さく「チッ」と舌打ちする。
「そう、変な夢を見たのね」
蠱惑的な笑みに戻り、アイルに詰め寄る。
「ゆゆゆゆゆゆゆ……夢っスか!?」
「そう、夢」
「ででででででで……ですがっス!!」
「あら? 覚えてないの?」
「ななななななな……何がでしょうか!!」
「貴女、シエルへデートの誘いをして1回だけならってOKを貰ったのよ?
それがあまりにも嬉しかったのか、いきなり失神して……皆心配したのよ?」
もちろん嘘八百である。
後ろではシエルが盛大に首を振っている。
「マジっすか!?」
だが、アイルはその言葉を信じ、シエルのほうへ詰め寄る。
「ししししししし……シエル!!
本当に良いっスか!?」
アイルの後ろでは、エヌが微笑みつつ立っている。
……エヌさん、目が笑ってないっスよ。あ、移った。
「……はい……」
シエルは頷くしかなかった。
「……はい、お休みの……あう日で良ければ……」
そんな事情を知る由もないアイルは宝くじが当たったかのように喜ぶ。
「やった!! やったっス!!
神は俺を見捨てて無かったっス~!!
神様ありがとうっ、キノ様ありがとうっス~!!」
「いや、僕は何にもしてないけど……」
「いいえっ!!
キノ様を送ってきたからこそ、シエルがOKしてくれたっス!!」
アイルの考えはあながち間違いでもない。
「シエルっ!! 休みの日教えて欲しいっス!!」
目を血走らせてシエルへ詰め寄る。
「う゛……ええと……(ちらっ)……はい……。
この日と……この日……この日とこの日なら……」
シエルは助けを求めてエヌを見たが、にっこりと笑う(目は笑ってない)エヌを見て、観念したように休みの日を教えていく。
「判ったっス!!
今すぐ隊長に掛け合って休みを取ってくるっス!!」
「いえ……そんな無理をしないでも……」
「無理なんかじゃないっス!!
シエルの為だったら、隊長だって敵に回して見せます!!」
「いや……それは回さない方がいいんじゃないかと……」
と言いつつ、頬が紅くまんざらでもなさそうなシエルであった。
アイルはキノへ向き直ると、凄い勢いで詰め寄ってくる。
「そう言う事で急な予定が入ったっス!!
申し訳ないっスけど、『冒険者の宿 儲け亭』へは誰かに聞いて行って欲しいっス!!
俺の一生が掛かってるっス!!
見逃して欲しいっス!!
駄目だったらリル様を嫁に欲しいっス!!」
その剣幕にキノとリルは、ただ頷くしかなかった。
「うん……でもリルは駄目だよ?」
「はいっ!! 私はキノ様のモノです♪」
さり気なくキノへアピールすることを忘れないリルであった。
「恩に着るっス!!
それじゃ、シエル、すぐに行ってくるっス!!」
歯をキラーンと輝かせると、光の速さで去っていった。
「エヌさぁぁぁぁん……」
情けない顔でシエルが抗議の声を上げる。
「原因は貴女なのよ?
諦めて一回ぐらいデートに応えてあげなさいな。
あいつ、ああ見えてかなりの奥手だから貞操の心配は要りませんわ。
大丈夫、保障して差し上げますわよ。
それに、貴女も満更ではなさそうですしね」
シエルの機敏についても見抜いていたようだ。流石です。
先ほど被害にあった冒険者達はにまにまと2人のやり取りを見ている。
好かれているとは言っても、妹のような存在としてなのだろう。
冒険者達はほほえましく先ほどのやり取りを見ていた。
「ううう……大失敗ですぅ……」
シエルは机に突っ伏すと、しくしくと泣き出してしまった。
因みに……
シエルの言った事は、概ね間違ってはいない。
今回はキノもサブもリルも変態勇者が誰か判って居なかったので、シエルが間違いとなっていたが……本来であれば、大変な騒動になっていただろう。
だが、結果としてキノが変態勇者の体と"同化"したと言っても別人である事が証明されたし、アイルはデートの約束が取れて幸せ。と良い事尽くめではあったのだが。
「私、幸せじゃありません!!」
余談だが、このデートが元で、シエルとアイルは結婚まで進む仲となるのであるが、また別の話である。
一気にお気に入り登録や評価が増えてあわあわ状態です。こんな感じ→Σ( ̄。 ̄ノ)ノ
でも沢山の方に読んでいただけてすっごく嬉しいですっ!!皆様ありがとうございますっ!!
キノちゃんのどたばた道中、どうぞ、たのしんでいってくださいっ!!




