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014 冒険者登録 その1

「本当にありがとうございました」


 キノとリルは頭を下げる。昨日と今日、丁寧かつ誠実な対応を受け続けた事により、兵士に対する恐怖心は拭えたようだ。


「いえ、こちらこそ知恵を授けて頂いたと言うのに、こんな汚い所に一晩足止めをして申し訳ございませんでした」


 すでにアッシュの丁寧な対応にも慣れた2人である。


「こっちが騒ぎを起こしたんですし、仕方ないですよ。

 それに食事まで用意して貰って……

 あっ……あの食事、凄く美味しかったです!!」


 あの後目が覚め、芹香の用意したご飯を食べた2人だったが、冷えても美味しい料理に舌鼓を打っていた。


「それは良かったです。

 このあたりでとても有名な宿屋の料理なんですよ。

 良かったら滞在中、泊まれるように声を掛けておきましょうか?」


 アッシュとしても、身分を隠してはいるが高貴な方が知らない所にいるより、信頼でき贔屓にしている宿屋に泊まってくれたほうが安心という意図もある。


「いいんですか?」

「もちろんです!!」


 だが、アッシュは知らない。

 芹香と店長にとってキノが聖者と認識され、色々と裏からの根回しが始まっている事に。


「あと、これは冒険者ギルドへの紹介状です。

 特別待遇は良くないのですが、お2人は立場が立場ですから……

 ギルドマスターにこの封書をお渡しいただければ、スムーズに事が運ぶと思いますよ」


 さらにアッシュは懐から封書を取り出し、リルへ渡す。


「ありがとうございます」

「何かあったらいつでもうちに来てください。

 我等一同、キノ様の為なら喜んで動かせていただきます」


 頭を下げるアッシュへリルは満足げに頷き、キノはどうしたものかと頭を掻く。


 なごやかな空気の中、唐突に詰所の入り口が大きな音を立てて開く。


「何事!!」


 アッシュが叫び、腰の剣に手を伸ばす。

 キノとリルも警戒の色を宿し、入り口へ視線を向けるとそこには……


「やばかったっス!!

 あやうく遅刻する所だったっスよ~」


 アイルが寝癖ぼさぼさの頭で駆け込んできただけだった。


 アッシュの鉄拳がアイルの頭上に落ちる。


「って~……隊長痛いっスよ。

 奥さんと喧嘩でもしたんスか?」


 さらにもう一発、鉄拳が落ちる。


「……お前はもうしゃべるな」

「ったいッスよ、隊長。

 そうゴスゴス殴んないで欲しいっすよ!!」


 アイルは涙目で訴える。


「アイル、お前……早番だったよな?」

「えっ……そうだったんスか?」


 アッシュからの質問に答えるアイルは明らかに目が泳いでいる。


「嘘つくんなら、ばれねぇ様に付け。

 1時間遅れて遅刻もヘッタクレもねぇ!!


 はぁ……てめぇのこった、何か理由があったんじゃねぇのか?」


 理由を聞きつつもアッシュがさらにげん骨を落とす。


「って~……申し訳ないっス。

 門前にコリアンダー皇国の使者って人が来たから対応してきたんスよ」


 その言葉にキノとリル、ついでにアッシュが凍りつく。


「えっ……それって……」

「キノ様……もしかして?」


 2人の言動に、アッシュは先ほどの自分の言葉を思い出す。


「アイル、その使者は何てだ?」

「何でも王家から2人組みの男女を探していると沙汰があったそうです。

 念のため、このレモングラス公国でも探して欲しい。

 尚、2人には絶対にかすり傷一つおわせないよう細心の注意を払ってほしい。との事ッス」


 アイルの報告を聞くと、アッシュは神妙に頷く。


「そうか……お前は何て答えた?」

「はい。

 判ったっス。隊長に言っとくから帰って良いっスよ。と言っておきました」

「そうか……

 普段なら"使者に何て言い方しやがる"と殴りつける所だが、今回ばかりは助かった」

「隊長、何か心当たりあるんスか?」


 アッシュとは違い、現状を全く把握していないアイルへため息が漏れた。


「っか野郎。

 昨日言ったの忘れたのか?」


 その言葉にアイルは何かを考えるように額に手を当てる。


「う~ん……なんかすっげー美人に会った気がするんスけど……

 昨日の記憶が曖昧なんスよねぇ」


 おそらく前夜のアレが原因だろう。


「はぁ……忘れたなら良い。

 んで、使者はどうしたんだ?」

「何日か世話になるからって領主館に向かってったっスよ」

「そうか、判った」


 アッシュはそれだけ聞くとキノとリルの方へ向く。


「と言う訳で、顔を合わせないうちにギルドへ登録しに行ったほうが宜しいでしょう。

 キノ様とリル様もあまり会いたくは無いでしょう?」


 その言葉にキノとリルは驚く。

 ユエル姫とのやり取りを話した記憶は無かったはずだが、何故知っているんだろう? と。


「なんでそれを?」


 キノの驚きにアッシュはほがらかに笑う。


「人より長く生きている分、気が回るだけです。

 さぁ、長く無駄話している暇は無いです」


 キノ、リルへ言った後、今度はアイルの方へ振り向き、指示を出す。


「おい、アイル。

 このお二方を冒険者ギルドと宿屋に案内してやんな。

 ……無駄だとは思うが言っておく、絶対に失礼のないようにな!!」

「判ったっス!!

 って、美人!! ……あれ? お嬢さんどっかで会った事ないっスか? 初めて会った気がしないんスけど……」


 昨日と同じ流れになろうとしたが、すぐにアッシュからのげん骨が飛ぶ。


「ナンパしてる暇はねぇ。さっさと行きなっ!!」

「はっ……はいっ!! 申し訳ないっス!!

 では、えっと……」

「キノです。よろしくね」

「リルと申します。よろしくお願いします」

「判ったっス。

 キノ様にリル様ッスね。

 急いで案内するので、付いてきて欲しいっス。

 隊長、宿屋はいつものところでいいんスね?」

「ああ、話は通しておく、連れてくだけで良い」

「判ったっス!!

 ……ところで美人さん、今度お茶でも」


 尚もリルを口説こうとするアイルへげん骨ではなく、剣の鞘が飛んできた。


「い・い・か・ら、早く行け!!」


 さすがに我慢も限界なのか、切れ味の良さそうな剣を上段に構えながらアッシュはアイルを睨みつけた。


「はいっス!!」


 アイルは切られちゃなるまいと、急いで入り口前に行き2人に手を振る。


「こっちっス~」


 アッシュはため息をついて剣を鞘に戻しながらキノとリルへ頭をさげる。


「多少変な所はありますが、間違いなくこの国でトップクラスの兵士です。ご安心ください。

 それに、お2人のことは絶対に口外しません。どうぞお気をつけて」

「「ありがとうございました」」


キノとリルはそんなアッシュへ深々とお辞儀をすると、アイルの方へと掛けていく。



「へぇ、お2人は今まで森の中で暮らしてたんスか。

 それじゃ、何もかもが珍しいんでしょうね。……っとここっス」


 道中、今までの経緯を軽く話してると、目的地に付いたようだ。

 目の前には小ぶりだが、人で賑わっている建物があった。

 看板には『冒険者ギルド ソルト支部』と書かれている。

 アイルは中に入っていくと、一番奥のカウンターへ話しかける。


「やぁ、シエル」

「こんにちは、アイル。

 とうとう首になって冒険者登録に来た?」


 中にいた受付は女性で、アイルと見知りなのか、気安く会話を交わす。

 年齢は18歳ぐらいだろうか。気の強そうな切れ長でとび色の瞳に、ヘーゼル色のポニーテール。

 10人中6人が美人と答えるような容姿だ。

 質素なジャケットと膝までのスカートでいかにも受付といった服装で佇んで居る。


「そうそう……あまりにも遅刻が多すぎて……って違うっス!!」

「じゃ、いつもみたいにデートのお誘い?」

「せめて1回で良いっス!!

 1回で良いっスから、デートして欲しいっス!!」

「う~ん、どうしよっかなぁ~」

「……アイルさん」


 ナンパなのか世間話なのか、雑談に入っているアイルとそれを適当にあしらうシエルに呆れ、リルが声をかける。


「あっ!?……いや、今日はあの2人の付き添いっスよ。

 隊長がくれぐれも粗相の無いようにって言ってきた人達っス」


 シエルはアイルに促され、リルを見てキノを見た。

 何か気になったのだろうか? 目をこすりもう一度キノを見る。

 さらには机の下から何か紙の束を取り出してからもう一度キノを見る。


 更にもう一度キノをじっくりと見てきたので、キノは笑って手を振った。……途端。


「っっきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ギルド内部に響き渡るような大声で悲鳴を上げた。


「えっ!? 何スか!?」


 いきなり上げた悲鳴にアイルはおろおろするばかり。

 周りに居た冒険者達はシエルの悲鳴を受け、鋭い視線で抜刀したり杖を構え、キノ達を包囲するようにジリジリト近づいてきた。

 その中の1人、優男風の冒険者がシエルに声をかける。


「シエルっ、どうした?」

「あっ……あれっ……へっ……変態勇者がっ!!」


 その言葉に、周囲がざわりと揺れる。

 近づいていた何人かが後ろへ下がり、杖を構えていたものはすぐに詠唱を開始する。

 ちなみに下がったのは全て女性冒険者のみである。


 変態勇者、それはキノの体である『四季 希』の冒険者ギルドでの通り名だ。


 冒険者ギルドでは彼の似顔絵と風貌。そして彼の起こした数々の事件が綴られたファイルがあり、1拠点につき1冊は置いてある。

 そして彼女はそのファイルをしっかり読んでいる真面目な職員の1人だった。


「コリアンダー皇国のみならず、このレモングラス公国まで毒牙にかけに来たのかっ!!」

「私の妹が散々お世話になったって聞いているわよ……よくもまぁ顔を出せたわね」

「とうとうコリアンダー皇国から追放されたって訳か。

 だが……やらせねぇ」


 冒険者達にも、彼の悪評"のみ"は伝わっていた。

 PTを組んだら身包みはがされて捨てられただの……

 喧嘩を吹っかけられた末、パンツまで持っていかれただの……

「その剣いいな。くれ」と言って、迷宮産の準聖剣クラスの武器を取り上げられただの……

 とにかく、彼に手を貸すのは聖剣の国、コリアンダー皇国の王家のみ。


 その彼が今ここに居る。

 その事実に、冒険者達は気が気でなかった。


 何かきっかけがあればすぐにでも冒険者達はキノへ襲い掛かる。

 そんな空気を察し、アイルは息を呑んだ。

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