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雪の足音

作者: 浅色

今からお話します物語。

それはごく普通の日常に起こった一ページに過ぎません。

物語の主演を勤めますのは、白川ユカリという少女にございます。

彼女がとある猫と出会い、開かれたページ。

現実か、はたまた幻か。

どうぞご鑑賞いただけましたら幸いに存じます。

それでは、お楽しみ下さいませ。

 今日はクリスマスです。

 真っ赤お鼻のサンタさんも、ティッシュ配りを頑張っています。

 でも、あれ?

 歌に出てくる『真っ赤なお鼻』はトナカイさんじゃなかったっけ?

 まぁいいのです。

 そう、今日はクリスマス。

 その不思議な一日は、今日の朝から始まりました。


***


「うぅ。さむーい」


 もう冬真っ盛り。

 朝にお布団から出るのは、至難の業です。


「出るぞぉ、出るぞぉー、よしっ」


 1秒経ち、2秒経ち。

 やっぱり出られません。

(コンコン)

 窓ガラスを叩く音がしたのですが、動けません。

 1秒経ち、2秒経ち。

 なんとなく、首だけ毛布から出しました。

 カーテンで閉められた部屋は少し薄暗かったものの、隙間から差し込んだ光がめいっぱい朝を告げてます。

(コンコン)

 また音がしました。

 どうしても気になってしまって、毛布を引きずりながらも窓まで到着。

 レースのカーテンが爽快な音を立てて開きます。


「うわぁ」


 一瞬、言葉を失ってしまいました。

 外は一面の銀世界。

 昨日までは雪も降ってなかったのですが、どおりで寒いわけです。

 昨日と比べても、どっちが寒いってわからないですけどね。


「まっしろだー」


 しばらくそのままで外を眺めていました。

 突然冷たい隙間風が吹いて、私の体温を奪っていきます。


「うぅ、寒いぃ」


 パジャマ一枚ではさすがに寒いですね。

 それでも、この銀色の世界に飛び込んでみたくて、急いで着替えます。

 あ、ご挨拶が遅れました。

 私「白川 ユカリ」と申します。

 お仕事でこの星にやってきました。

 私のお仕事ですか?

 森で採ってきた植物とかでお薬を作っています。


 タンスの奥にしまっておいたコートを引っ張り出してみました。

 何ヶ月ぶりかのお久しぶりです。

 真っ白でファーがついただけのシンプルなコートなんですけど、とっても気に入ってます。

 久しぶりに会った親戚さんみたいに、何だかくすぐったい気持ちです。

 防虫剤の匂いがして、なんとなくおばあちゃんを思い出すのはなぜでしょう。

 そして今年流行の毛糸の帽子。

 先週切ったばかりのショートヘアーを暖めてくれます。

 さぁ、お出かけです。


「うわぁ・・・・・」


 窓から見下ろしてた世界が、玄関を開けると目の前の世界に変わっていました。

 また違った銀世界が広がっています。


「そういえば・・・」


 窓を叩いてたのは誰だったのでしょう?

(ちゅんちゅん)

 窓辺にすずめさんが一匹。

 あのコが、まっさらな朝を教えてくれたのでしょうか?

 コンコン、っと開けた窓をくちばしで叩く仕草が可愛らしくて。

 知らない間に顔がにやけちゃってました。

 そういえば、起こしてくれたあのコにご挨拶がまだでした。


「おはよう!」


 びっくりさせてしまったのでしょうか。

 ばたばたと飛んでいってしまいました。

 せっかくなのでこの銀世界を探険してみることにしました。

 いつもの道路に雪が積もって、真っ白な絨毯のようです。

 一歩一歩が、さくっ、さくっ、さくっと、素敵な音色が聞こえます。


「わぁ。私の足跡で道が出来てる」


 真新しい雪の絨毯には、私だけの足跡が残っていきます。



「どこまで続くのかな。いつまでも続くといいなぁ、私だけの足跡」


 呟いてみて、なんだかちょっと嬉しくなりました。

 さくっ、さくっ、さくっと、相変わらずの足音。


「さっくさっくさーく、さっくさっくさーく、さっくさっくさーく」


 絨毯に足跡を付けるのに夢中になって、気がついたらいつの間にか、湖のところに着いていました。

 いつもは柔らかい水たまりが、今日はキリッとした表情ですね。


「ガラスみたい」


 湖の表面が凍っています。

 水辺に座って、そっと氷に手を伸ばしてみました。


「つめたっ」


 当たり前といったら当たり前なのですが、生きている実感というのでしょうか。

 ひんやりとした感触に身震いです。

 その時、目の前に白い何かが映りました。


「あ……」


 白くて、小さくて、空から舞い落ちるもの。

 太陽系の第三惑星では、自然の『雪』が振るんですよね。

 雪につられて周りを見渡すと、その綺麗な景色に言葉が出ませんでした。

 凛と張った氷の湖面、深々と降る雪の景色の向こう側に見える木々の姿。

 それらが幾重にもかさなって、風景画のようにとても素敵に見えたんです。

 見とれていた私の鼓膜に、音が響きました。


(ちゃりん)


「……鈴?」


 この湖には私しかいないはずです。

 でも、確かに鈴の音が聞こえました。

(ちゃりん)

 やはり確かに聞こえました。

 右の林の方でしょうか、音がした方にむかいます。

 木々の群れを抜けると、ちょっとした木の広間に出ました。


「あれ、ここは……?」


 なんだか不思議な感じがします。

 さっきまで雪が降っていたのに、ここだけ降っていないのです。

 もう雪は止んだのかな?


「にゃーん」

「にゃーんって、……猫、さん?」


 広場の真ん中、ちょうど日溜まりの真ん中に、その猫さんはいました。

 白い毛並みに、綺麗なガラスのように青い瞳。

 とてもキレイで、ただそれだけの気持ちでしばらく見とれてしまいました。


「猫さん、どこから来たの?お名前は?」


 近寄って頭を撫でても、逃げるどころか甘えてきました。


「にゃーん」


 ひとしきり甘えたあと、ひょいっと腕をすり抜けて歩いていく猫さん。

 ちょっと歩いたところで立ち止まって首だけ振り返る猫さん。


「にゃーん」

「……ついてこいってこと?」

「にゃーん」


 尻尾を一度縦に振り、お返事してくれました。

 猫さんの後をついていくことにしました。

 意外と歩くのが早いので、少し駆け足です。

 広間を抜け、林の洞窟が続きます。

 木が避けてるような、そんな錯覚さえ覚えます。

 やがて出口が見えてきました。

 光に溢れるそこを通り抜けると……。


「あれ?えっと、さっきまで……」


 まるで景色が変わってしまいました。

 どう見ても、ここは春の公園。

 緑の芝生がたくさん生えて、ぽかぽか陽気が暖かくて。

 遠くにサッカーをしている子供達も見えます。

 さっきまで私が居た景色は、木枯らしに身震いしてしまうような冬真っ只中だったはずです。


「猫さん?」

「にゃーん」


 マイペースに後ろ足で頭をかいています。

 のん気に緩やかな返事をしてくれました。


「ここって……あっ」


 どこ?と尋ねようとした時、猫さんは走り出していきました。

 私も見失わないよう、必死で追いかけます。

 すると、また違う場所に出たようです。


「海?」


 私の右側には海、左側には砂浜。

 ざぁっという穏やかな波音。

 緩やかな風もとても心地良くて。

 私は猫さんと、時間の旅をしているのでしょうか。

 海辺の砂浜にぽつぽつと可愛らしい足跡を残しながら、優雅に歩いていく猫さん。

 私もそれにならって、二つずつ足跡を残していきます。

 しばらく行くと、次第に景色が変わっていきます。

 石造りのレンガのお家、高層ビルの喧噪の中、萱葺き屋根の静かな廃墟。

 変わりゆくその不思議な光景を見ながら、猫さんの後をついていきます。

 今度は長い長い竹林の洞窟。

 その長い道をずーっと歩いていくと、突然まぶしい光が現れたのです。

 そのまぶしい光に目をつぶり、ようやく目が開けられるようになったらまた景色が変わってました。

 ここはどこなのでしょうか。

 おしゃれな形の椅子とテーブル。テーブルの中心にはパラソルが付いてて、手入れの行き届いた花壇も見えます。

 どこかのカフェのベランダ、のようです。

 あたりを見渡しても、猫さんが見当たりません。

 どこへ行ったのでしょうか?

 それより、ここはどこなのでしょうか。


「あの、すみません」


 そう言ったのですが、相手の方には聞こえなかったらしくて本を読んだまま。

 もういちど尋ねてみました。


「あの、すみません」


 聞こえないはずは無いのですが。

 すると突然、その男性が立ち上がって私のほうに身を乗り出してきました。


「きゃっ」


 ぶつかると思って目を閉じたのですが、特になんともありませんでした。

 かわりに目の前の男性は居なくなってました。

 後ろの方で楽しそうな声が聞こえます。


「ごめん!寝坊しちゃった」

「いや、僕も今来たところだよ」


 振り返ると先ほどの男性が、赤い髪の綺麗な女性と話をしていました。

 どこかで見たような人だと思いながら、ぼーっとその二人を眺めてました。

 すると、突然視界の脇に人が現れたのです。

 またぶつかると思って目を閉じるのですが、これもなんともなくて。

 先ほどまで、あの男性が座っていた椅子に、別の男性が座っていました。

 何か変だなと思って、なんとなくその男性に手を伸ばしてみると、その手が男の人の身体をすり抜けてしまったのでした。

 これにはさすがに驚いて自分の手をじーっと見つめていたのですが、なぜだか先ほどの二人の男女が気になって振り返ります。

 二人はちょうど何処かへ出かけるようでした。

 猫さんも何処かへ行ってしまい、なんとなくその二人が気になったのでついていくことにしました。

 しばらく二人の後をつけていたはずなのですが、突然周囲に霧が出てきました。

 さっき猫さんの後をつけていた時と同じ感覚がして、目を凝らしてあたりを見渡しました。


 海辺に打ち寄せる穏やかな波の音。

 のんびりとした風が頬を撫でます。

 その心地よさに抱かれながら、波と砂浜の境界線を歩いていきます。

 しばらくすると、突然風に吹かれた気がして振り返りました。


「・・・・え?」


 ふと周りを見渡すと、今までとまったく空気の違う場所に来ました。

 ピンと張った、それでいて揺るぎない感じ。

 水晶の、洞窟のような、そんな場所。

 こぼした絵の具が勝手に混ざり合っていくみたいに、角度を少し変えてみるだけで全然違うふうに見えたのでした。

 不思議に思いながらも、ずんずん先を行く猫さんの後をついていくと、また違う場所に出ました。

 また風が通りすぎた気がして、後ろを振り返ってみましたが、何もなくて。


「あれ?」


 再び違う景色が現れてて、びっくりして目が点になった気分です。

 緑の、何処までも草原が広がっていました。


「ここは…」


 初めて来たはずなのにどうしてでしょう?

 懐かしい感じがしました。


「にゃ〜ん」


 猫さんが呼んだので、そちらのほうを見やります。

 景色に見いっているうちに、どうやらずいぶんと距離があいてしまったようです。

 駆け足で猫さんの近くまで急ぎました。

 絵の具を散りばめたキャンパスのようなトンネルを抜け、光が溢れる場所へと向かいます。

 光の先を抜けた場所。

 そこは雪がしんしんと降っていて、森の中でそこだけが、円形に木々が避けている広場。


「あれ、ここは」


 どうやら元の場所に戻ってきたようです。

 銀色の毛並みがこちらを振り向き、首をちょこんと傾げました。

 猫さんがにっこり笑ったようでした。

 そのまま尻尾を一降りして、森の奥に消えていきました。

 夢を見ていたのでしょうか。

 それとも、この不思議な出会いはクリスマスの奇跡だったのでしょうか。

 私だけの秘密にしておこうと思います。

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