四
テイク2。
スピカは残りわずかな信仰ポイントの数値を睨みつけた。
(全部使っちゃダメ。少しずつ。慎重に。でも——パン屋さんを守らなきゃ)
リザードマンが大剣を構え、地面を蹴った。
「い、今です!」
スピカは信仰ポイントを絞り出し、奇跡を発動した。
戦場に——音楽が流れた。
軽快なメロディ。明るく、弾むような、朝の匂いがするオープニングソング。スピカがかつて平和な時代に、自分の信者たちに向けて歌った持ち歌だった。
♪ ぱりっとふわっと焼き上がり 今日もいい日になりますように ♪
「な、なんだこの曲……!」
「これは、オープニング曲!? ばかな、戦闘中に、オープニング曲が流れてきただと!?」
青年が困惑する。だが——身体が軽い。力が湧いてくる。BGMの演出効果によるものなのか、謎の能力補正が全身にかかっている。
リザードマンの斬撃をかわした。一撃目。二撃目。三撃目。音楽が鳴っている限り、身体が勝手に動く。
「い、いける……!?」
四撃目の大振りを紙一重でかわし、がら空きになったリザードマンの胴に、青年は渾身の一撃を叩き込んだ。
ずどん、と鈍い音。リザードマンがよろめき、膝をつく。
「やった!」
青年は、自分の中に目覚めた謎の力に当惑していた。
「なんだ……この、力は……!」
——と、その瞬間。
音楽のボリュームが、すぅっと下がった。
そして——リザードマンの身体が、黄色い光に包まれた。
傷が塞がっていく。力が戻っていく。リザードマンは目を瞬き、自分の身体を見下ろし——ゆっくりと立ち上がった。
「……なっ!」
青年が凍りついた。
立ち上がったリザードマンが、再び大剣を構える。
完全回復。
「ちょ——嘘だろ!?」
神界。
ズーPの目が、ゆっくりとスピカに向いた。
スピカは——両手を胸の前で組んで、目をそらしていた。
「おい」
「……」
「スピカ」
「……はい」
「お前、敵を回復させたな」
「……」
「お前の信者が貯めた信仰ポイントを使って、お前の信者が倒した敵を、お前が回復させた。そういうことだな」
沈黙。
スピカの目に、じわりと涙が溜まった。
「だ、だぁってぇ……!」
「だって、じゃない」
「かわいそうだもん!」
スピカは両目から涙をぼろぼろこぼしながら叫んだ。
「だって、あの子——リザードマンさん、あの子だって怖かったんだもん! 斬られて、痛くて、怖くて——あの子にもきっと帰る場所があるんです!
あの子だって誰かに祈ってるかもしれないのに! だから——だから——」
スピカは鼻をずびずび鳴らしながら、それでも目だけは逸らさなかった。
「かわいそうだったんだもん……!」
ズーPは天井を仰いだ。
長い、長い沈黙。
それから——ため息をひとつ。
「……もう一回だ」
スマホを取り出し、電話をかける。コール音。一回で出た。
『——もしもし。嘘っすよね?』
アウネラの声には、すでに諦めが滲んでいた。
「すまん、もう一回だけ頼む」
『一回だけって言ったの、さっきの一回だけって言ったの、誰っすか!? ズーさんっすよね!? 十五分前のズーさんっすよね!?』
「頼む」
『頼む、じゃないっすよ! こっちはモンスターブロジア三本開けてんすよ!? いくら私のあだ名が『神界のChatGPT』だからって同じペースで女神に仕事させて許されると思ってるんすか!? サマ=アルトムンに言いつけてやる!——』
「ゴディバ送る」
沈黙。キーボードの音が止まった。
『……何粒っすか』
「ひと箱」
『…………トリュフ入りっすか』
「入りだ」
長い沈黙。エナジードリンクの缶を握り潰す音。
『——最後っすからね。本っっ当に最後っすからね!!』
水晶モニターが、またぶれた。
キュルキュルキュルキュル。
あのコミカルな巻き戻し音。リザードマンが立ち上がるのが逆再生され、黄色い光が身体に吸い込まれ、斬撃が巻き戻り、二人がまた対峙する——
テイク3。
最後のやり直し。




