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社畜、異世界へ……?

深夜──社畜の聖域とも呼べるオフィスビル。

蛍光灯の灯りがまぶしく、残業中のキーボードを叩く音だけがフロアに響いていた。


「……くそ、これ、まだ終わらないのかよ」


課長補佐・秋山猛あきやま・たけるは、冷めたコンビニ弁当を前に呟いた。

自分でも驚くほど疲れた声だ。目の前のモニターには、終わりの見えない資料作成画面。彼は意識を集中しようと眉間にしわを寄せた──


──ガンッ。


背後から鈍い衝撃が走り、意識がいきなり遠のいた。


―――――


暗闇の中、冷たい石畳の感触。

腰を打った痛みで、猛はようやく目を開ける。


「……うそ、ここ、どこだ?」


胸まで伸びる黒いマントの縁をはだけ、目に入ったのは灰色の石壁と、天井から垂れた鉄製の燭台だった。オフィスの蛍光灯はどこにもない。

彼は咄嗟にスマホを取り出すが、画面は真っ暗。「圏外」の文字すらない。完全なる無音、無灯。息を吸うと、肌を這うような冷気が肺にしみていく。


「ま、まさか……異世界転生とか、冗談じゃねぇぞ!」


心臓が跳ねたまま、猛は立ち上がろうとする。だが、視界の隅に、古びた木製の扉と金属製の案内板がぼんやり光っているのに気づいた。

手を伸ばし、そっと案内板に触れると──


──魔王城企画部──


と、黒い文字が刻まれていた。


「き、企画部……魔王城の企画部? なにそれ、部署名?」


混乱と恐怖で頭がぐらりと揺れた。

まさか「魔王城」で「企画部」って、書類仕事ばかりやらされる部署なのか? 自分が社畜だからって悪い冗談だ。


──ズズズッ。


床の奥から、何かが這うような振動が伝わってくる。廊下を満たすのは、重々しく低い響きだけ。まるで、向こう側の世界全体が呼吸しているかのようだ。


「――誰か、いるのか!」


猛は声を張り上げる。だが、返事はない。

代わりに、扉の前に置かれた小さな机と、ひとつの封筒が目に留まった。宛名は彼の名前で、筆記体のメモがそっと添えられている。


「秋山猛 殿

まずは直属上司への「報告書」を提出せよ。

魔王城企画部 書記官」


「報告書を……提出せよ、か」


封筒を震える手で開けると、中には厚さ3センチほどのファイルが入っていた。表紙には大きくこう書かれている。


【週次進捗レポート】


「進捗レポート……週次? 要件定義? まさか俺、企画しろってのか?」


途方に暮れながらも、猛は深呼吸する。

どんなに理不尽でも、まずは目の前の仕事をこなすしかない――それが彼の社畜魂だった。


「よし……やるしかねぇ!」


そう決意すると、背後の扉がギギィと軋む音を立てて開き、柔らかい光が廊下に漏れ出した。そこに現れたのは、スーツ姿で書類を抱えた一人の男性。顔は真面目そのものだが、なぜか角飾りのついた肩当てを身につけている。


「課長補佐・秋山猛さんですね。書記官のガルスと申します。本日は歓迎ミーティングにお越しいただきありがとうございます」


「歓迎ミーティング……?」


猛は思わずバファリンを探すように頭をかかえたが、ガルスは書類を差し出しながらにこりと笑った。


「まずは、この進捗ファイルについて簡単にご説明を。ここが今週のKPI、こちらがダンジョン探索報告欄です」


──ダンジョン? 探索報告欄?

猛は絶望を覚えたが、同時に心のどこかで笑っていた。


「異世界行っても、やることは一緒かよ……!」


こうして、転生先でも変わらぬ“社畜ワーク”が幕を開けた。読者と猛は戸惑いながらも、一歩ずつ「魔王城企画部」の日常に足を踏み入れていく。


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