表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ほら吹き地蔵 第八夜 通小町

【お断わり】今回も三題噺ではありません。


ボクのうちの裏庭に、かなりいいかげんなお地蔵さんが引っ越して来ました。

でもまあ、とりあえず、ありがたや、ありがたや。


**********


【1】


毎日毎日、雨の日も風の日も、地蔵堂にやって来る男がいた。


ブクブクと太った年齢不詳の男。

目付きがおかしい。

服装は、この陽気続きに冬用のパーカー。下半身は膝の抜けたスウェットパンツ。

変色したスニーカーのかかとを踏んづけて歩いている。靴下も履かずに。

寝ぐせ頭にフケが浮き、もちろんヒゲも剃ってない。

そもそも風呂に入ってないのは3メートル先からでも分かる。

人間の体の、どこから発生したのか見当もつかない異臭。

セカセカと小刻みに歩いていたかと思うと、いきなり左右にフウワリ、フウワリと揺れる。

いつも、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。

地蔵堂の前で柏手を打って、30分も「祓いたまえ、清めたまえ」と唱えている。ずっと直立不動で。

最後に、いつも千円札を賽銭箱に放り込んで帰って行く。


【2】


オレは男を尾行した。

土地勘はあるようだ。

川べりとか、線路沿いとか、人目につかない道ばかり選んで、フウラリ、フウラリと歩いて行く。

やがて小ぎれいなアパートの一室に消えて行った。


オレはドア横のインターホンを押した。

カチャリとカメラの作動音がして、男の声がした。


「どなたですか?」


「地蔵堂の古狐です。少しお話ししませんか。」


「どうぞ」と、ドアが開いた。

ちょっと暗示にかけただけだ。地蔵堂の使いっ走りでも、このくらいの事はできる。


廊下にはネットスーパーの食品段ボールが山積み。

「これじゃ、恐らく室内も」と思っていたら、意外や、ゴミ屋敷「ではなかった」。

椅子を勧められた。

この状態で、男二人が差し向かいで話をするスペースがあるのだからリッパなものだ。

缶コーヒーの接待まであった。


オレの方から口を開いた。


「奥さんのこと、この度はご愁傷さまです。」


「ありがとうございます。」


「お淋しいですか?」


「ええ、もちろん。毎日、泣き暮していますよ。」


お地蔵さまが遠隔操作で男の心を開いたので、言葉なめらかに男はしゃべり続ける。


「妻はね。最高の女でしたよ。

カワセミっているでしょ? 青いきれいな小鳥。

妻の髪はカワセミの羽根みたいに軽くてフワフワして、そしてツヤがありました。

ウグイスが鳴くような声で話し、笑えば体全体が天国の光に包まれるようでした。

妻が欲しいと言えば何でも買ってやったし、世界一周のクルージング旅行までしましたよ。」


「わざわざ勤め先を辞めてまで?」


オレは、わざと話の腰を折った。

案の定、男の顔にチラリと陰が出た。


「私はね、男に生まれてきて良かったと思ってますよ。最後の最後まで妻に奉仕する事ができたんですから。

誤解しないでください。私は女には興味ありません。興味があるのは妻だけです。

私は妻が最高の人生を自己演出するための道具であり、モノだったんです。それを誇りに思っています。」


「そんなあなたを、奥さんは裏切り続けた。

外出を認めれば必ず朝帰り。それも、男の臭いをプンプンさせて。

毎日毎日、気も狂わんばかりだったんじゃありませんか?」


男が言葉に詰まった。やがて体が震えだし、両目から涙があふれた。


「あんた。何を言いたい? お地蔵さんの使いは、オレに嫌味を言いに来たのか?」


さて、ここから先がオレの仕事だ。


「お地蔵さまは、あなたが抱えている問題を、これ以上は見過ごせないと言っています。

私は問題解決のお手伝いをしに来たんですよ。」


男の顔に反抗と抵抗の色が浮かんだ。


「アンタに何が分かる。最後の5年間、私は妻を独占したんだ。

長くて苦痛に満ちたガン治療の間、私に連絡を入れて来た浮気相手は、ただの一人もいなかったよ。」


「その通り。あなたは奥さんを愛していた。

確かに、普通の男には到底できない事をやり遂げましたよ。

あなたは『99回目までは妻のウソを赦す』と決めていた。

そして100回目で、あなたの憤りは到頭、爆発してしまった。」


「そんな事はない・・・。」


男は床に腰を落とし、迷子になった子どもみたいに泣きじゃくっていた。


「じゃあ、これは何です? こういう事は、もう止めましょうよ。」


オレはベランダに出て、プランターを抱えて戻ってきた。

そのままプランターを引っ繰り返し、プランターの中の物を土砂ごと室内にぶちまけた。

泥だらけの頭蓋骨が転がり出た。

ものすごい臭気が充満した。

頭蓋骨の眼窩を、固い草の根が貫通していた。


「あなたは土葬の許可を取るため、わざわざ、この地に移住までした。

そこまではいい。

でも、これはやり過ぎです。犯罪ですよ、これ。」


男は涙声で話し続けた。お地蔵さんが男の沈黙を許さなかったからだ。


「オレを裁く権利が誰にある?

妻を愛した事が罪なのか?

そもそも、出会ってすぐ、妻に恋した事が罪だとでも言うのか?

最後の最後まで妻を守ろうとしたのを、執着心とか言って否定する積もりなのか?」


「誤解しないで下さい。お地蔵さんは裁判官じゃない。

そもそも仏法には白も黒もない。良いも悪いもないんですよ。

でも、人間の法は、そうは行かない。

人間が決めた法を、人間が無視しちゃならんのです。少なくとも、生きている間はね。」


「結局、オレを警察に突き出そうとしてるじゃないか。」


「人間の法は罪と罰のバランスで、できています。

ちゃんと罰を受けなかったら、あなたの罪もアイマイモコとしたままです。

これから死ぬまで、毎日、地蔵堂に千円お布施し続ける積もりですか?」


男は下を向いてつぶやいた。

「ごめんなさい・・・。」


オレはしゃがみ込み、男の顔をまっすぐ見ながら、できるだけ優しく言った。


「私はずっと、あなたと一緒にいるつもりですよ。

さあ、警察に行きましょう、小野さん。いや、小野少将。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ