第8話
『君がケイタ? ボクはエリク! よろしくね』
『よろしくお願いします。えーと……まだここのことをよく知らないので、いろいろ教えてもらえたらうれしいです』
『もちろん! 何か困ったことがあったら何でも聞いてくれていいよ! ボクもいろいろ頼っちゃうかもしれないけど……』
『それは全然! オレにできることならなんでも!』
『へえ、なんでも、か。じゃあこれから末永く、オトモダチでいようね、ケイタ』
そんな挨拶を交わしたのは一週間前で、ケイタは、楽観的に神官の道を選んだことを後悔し始めていた。
「おい、ケイタ。何ぼさっとしてんの? はやく祈祷の準備終わらせてよ」
「それから南側の草むしりもやっといてー」
「来週の課題始めたいから資料集め頼むね」
頼まれる雑用雑用雑用!
友好的な第一印象とは裏腹に、エリクの態度は日増しに尊大になっていった。ほんの少しでも下手に出たら、気弱であったら、すぐにその隙間に入り込んで支配しようとするタイプの人間。
(確かにプレイ中も腹黒い一面あるなって思ったけど……思ったけどここまでとは……)
『すみません、私の未来視が外れてしまったようで……』
(飛田さんのせいじゃないよ……オレがちゃんと考えずに選んじゃったから……!)
月に一度、一週間程度の時間を使って、近隣の街や村の教会を訪れ祈祷や教会維持の手伝いをするのが校外学習の授業として行われている。二人一組になって行われるそれは、教師の目の届かぬ僻地でのことで、エリクと組まされたケイタは当然のようにエリクの分まで働いていた。
祭壇の清掃や備品の手入れ、供物庫の整理を終えたケイタはその足で教会南側へ向かう。日当たりのよい場所ではあるが、手入れが行き届かずケイタの膝下まで草が伸び放題になっていた。
一週間の校外学習、ちょうど折り返しの四日目になるが、草むしりもあと半分というところだ。ケイタが手袋を嵌め、腰を屈めると子供たちの声があちこちから上がった。
「ケイタお兄ちゃん! まだ草むしりするの? 駆けっこして遊ぼうよ~!」
「だめ! ケイタお兄ちゃんはわたしとおままごとするんだから!」
『ケイタお兄ちゃんさんは教会の内情を調べたりしなくていいのですかー?』
「えー! ケイタお兄ちゃん!」
「わたしと遊ぼうよ! ケイタお兄ちゃん!」
「ま、待って……! 草むしりが終わったらでいいかな?」
四、五人の子供たちにあっという間に囲まれてしまったケイタは、困った顔で草を指さした。最初にこの教会へ来た時に、早々に離脱して街へ遊びに行ってしまったエリクに代わり、さまざまな雑事を手伝うなか、子供たちと遊んだのがきっかけで仲良くなった。教会併設の孤児院で暮らす彼らとは、比較的歳の近い、けれど少しだけ大人のケイタはなぜだか子供たちから人気を集めた。
「じゃあケイタお兄ちゃんとはやく遊べるように僕たちも手伝う!」
「え、大丈夫だよ! みんなは遊んで、」
「みんなー! やろー!」
「おー!」
『ケイタお兄ちゃんさんがんばれ~』
子供たちが思い思いに草を抜き始めてしまった為、ケイタも作業に取り掛かる。引き抜かれて散らばった雑草を一か所に集め、荒れた土を踏んで固めていく。どっちが早くこの場所の草を全部抜けるかの勝負を始めたり、子供たちは仕事でも遊びに変えてしまう。
「前はここでみんなが遊んだりご飯食べたりしてたんだよ~」
「え、そうなの?」
マイペースに草を引き抜きながら、ヴェラという名の少女が呟いた。思わず大きな声が出てしまったのは仕方がない。この教会は礼拝に訪れる人も年々減っており、広い敷地は手入れが行き届かず朽ちている場所もあるほどだ。元の活気があった頃から、一気に萎れてしまったということになる。
「今の司祭様になってから急に教会に人が来なくなっちゃって……前の司祭様はとってもやさしくて、だからわたしたちもここでいっぱいお手伝いしてお菓子を貰ってたの!」
「確か今の司祭様は王都からやってきた方、だよね?」
「うん……ディセルさまはこわくて、わたしは苦手」
「わかる気がする……」
半年程前に新しく着任したディセルという司祭は、王都で高位神官をやっていたらしい、と聞く。能面を張り付けているかのごとく動かない表情が、何とも怖い。口調は冷静なだけで、エリクのように仕事を押し付けて来たり圧をかけてくることもない。が、雰囲気も顔も怖かった。
(あの調子でいられたら、お祈りもゆっくりできないよ)
『今もセアソン神のちかくに仕える神官がいるという話ですが、彼もおそらくはそうだったのでしょう。なぜこんなところに飛ばされてきたのでしょうか』
(う~~~ん……わかんないことだらけだ)
ケイタの通う神学校はどちらかと言えば田舎にある。王都からは程遠い場所だ。神学校にもレベルがあり、名門学校は当然王都にる。数百人と言う生徒の中から、政治の中枢や建国教会の上位神官が誕生する。本当はそういったところへ編入したほうが、『選定の儀』について知ることができそうなものだけれど。王都の賑わいを、ケイタは喧噪、としか受け取れず断念したのだった。
半分抜くのに三日かかった作業が、心強い助っ人たちのおかげでわずか数時間できれいに片付く。腰に手を当てて、ゆっくりと伸びをするとバキバキと骨が鳴って痛い。それでもまだまだかかると思っていた草むしりが片付いてホッとしたのも束の間。
このあとは少し休憩して、子供たちと遊んで、それからエリクの雑用をこなして――。
「みんなありがとう……! 疲れたでしょ? ちょっと休憩を……」
「それより! ケイタお兄ちゃんはやく遊ぼう~!」
「えええ、でもみんな腰とか痛くないの?」
「平気だよ~。はやく行こう!」
一つか二つ、歳でいえばそのくらいしか変わらないのに。ケイタの手を握る泥だらけの小さな熱が、頼もしい。ほど近い目線で無邪気に見つめてくる瞳も、はじけるような声でケイタを呼ぶのも、何もかも。誰もケイタを知らない世界に、今はこれだけの人がケイタの存在を必要としてくれているのだ。
ケイタはくたくただったが、手伝ってもらって何もお礼をできないよりはいい。手を引かれるまま、子供たちが全力で駆けていくのを必死になって追いかけた。