第7話
ジャンとフェルティフィーの幼馴染として『四季巡りの国で君と』の世界へやってきた最初の一年は、何もかもが手探りだった。本来は存在しないキャラクターであるケイタが、シキキミの世界へと入ってきたせいで大きく何かが変わってしまうのではないか、と心配したのも束の間。
まずはこちらの世界での立ち位置を決めたほうがよい、と飛田からの助言があった。確かにふらふらとしているばかりでは、この世界のことを知ることはできない。ジャンとフェルティフィーと別れた後、今後のことをすぐに考え始めた。
口に出したことが、設定として記録されてしまうのは困りものだ。最初に二人と出会ったとき、ケイタは幼馴染として、また遊び仲間として二人と接すると宣言した。そのお陰なのか――疑われることなく、二人の幼少期に関われるようになった。
設定として適用されたあと、矛盾した行動を繰り返してしまうと、世界が歪んで二人のハッピーエンドが遠のくらしいことは飛田から聞いた。三人で幼馴染、という設定が矛盾することは今後ないだろうから、ひとまず安心だ。
けれど問題なのは――ジャンやフェルティフィーへの接し方だ。ケイタが知っている二人は、二十歳になってからだ。それまでの経歴は簡単な説明書き程度の知識しかない。しかしあと五年も経てば、ジャンが勘当されてしまう。家から放り出された十五歳の彼を救うのは、フェルティフィーだ。
(ジャンが勘当されずに家に残れるとしたら……きっと騎士としての道を選ばないといけないから、それは……駄目だよなあ)
『そうですね。勘当されてもされなくても、お二人は神託によって選ばれてしまうでしょうから』
(ってことは神託が下されないように教会をどうにか……)
『どうにか、とは?』
(うーん……それはわかんない……でも姫はもう生まれてるわけだし、選定の儀は絶対やることになるんだよね)
全寮制の神学校に編入したケイタは、小さいけれど一人部屋で暮らせることになった。実際、一人部屋一人部屋一人部屋お願いします、という思いが声に出てしまったからなのか。設定に影響してしまった気がしないでもないが、できるだけ悪用はしたくない。己の言動に注意しようと改めて心に決め、机の上に突っ伏した。
(二人が選ばれないようにするには、エリクかマークスのルートに入らなきゃだけど、マークスってどこで会えるんだろ)
二人の幼馴染として生きることは決めたが、後ろ盾もなにもないケイタはその場の思いつきで――神官になることを決意した。ケイタには騎士としての才能など有りはしないし、何事かの学問を突き詰めたいという願望もない。働くにしても、もとは高校一年生の子供だ。そのうえこちらの世界の、いわゆる普通に暮らしている人たちの生活のことを何も知らないケイタでは、働くことは難しい。ならば、シキキミを始めるきっかけとなったエリクの傍で神官をしてみてはどうかと飛田に提案されたのだ。
物語に織り込まれているエリクならば『選定の儀』に選ばれることは決まっている。神官として儀式の内容を調査しつつ、エリクの傍で経験を積むのは悪くない。そう思っているけれど。
(神学校の生徒は見習い神官扱いになるわけで……外せたりできないのかなあ、選定の儀から、二人だけを……)
『あと数年で高位神官に登り詰めることができれば、あるいは選定の儀に細工することも可能でしょう』
(無理だよぉ……)
一度はこう考えた。ケイタの言葉がそのまま設定として適用されるなら、そもそも『選定の儀』が行われないようにすればいいのでは、と。けれど飛田が見せてくれた未来視(『ハケン員を守るために担当だけが使える能力のことです。選択肢分岐後の未来を少しだけみることができますが、必ずしもそうなるとは限りませんので注意が必要です』)では、セアソン神が興した国である以上、神の末裔の婚姻相手は必ず神託の指輪が選ぶことになっている。神を否定した時点で、物語が始まらなくなってしまったのだ。
(だいたい……選定の儀に選ばれたくらいで、どうしてふつうの生活に戻れなくなっちゃうんだろ)
『そこに、何か神の末裔の秘密があるのかもしれませんね』
(え! 今のって重要なヒントじゃない?)
『さあ? どうでしょうか、私はあくまでサポート役です。物語の真実を見つけるのは、ハケン員のケイタさん、あなたの役目です』
姿は見えないけれど、飛田が笑った気配がする。何度もプレイしたゲームとはいえ、いざその世界に降り立ってみると分からないことばかりだ。周りの人間はケイタを知らないし、ケイタもメインキャラクター以外の人間のことはよくわからない。そんな中で唯一、ケイタが気兼ねなく話せるのは今は飛田だけだ。
(最初は胡散臭いおじさんだと思ってたけど……やっぱりいるのと、いないのとじゃ全然違うもんね……)
『そう仰っていただけてサポート担当冥利に尽きます。さあ、もう寝ましょう。明日は朝が早いですからね』
(……うん。おやすみなさい、飛田さん)
ケイタは顔をあげて息を長く吐き出した。今できることをやるしかないのだ。明日は編入後、初めてエリクと顔を合わせる。壁にかけた白いローブにオレンジ色の帯、金色の額当て。経典やノートの類もすべて鞄にしまってある。ほんの少し前は、高校生活を始めるために似たような準備をしたものだけれど。今は別の世界で、別の道へ進もうとしているのが、なんだかおかしかった。
ケイタはすぐさまベッドに潜り込み、ブランケットを頭まで被って目を閉じた。どこの世界にいても、入学式前日は緊張するものだから。