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第5話

「おじさん?」

「初対面の人間に向かっておじさん、は失礼だと思いますが」

「ええっと……すみません……?」

「いいえ、中年男性の自覚はありますので謝られても余計に傷つきます」

「は、はあ……?」


 急降下、急浮上、着席の後、おじさん。

 たいていの悪い夢は、今の呪文で目が覚める。そこには見慣れた部屋の天井があるし、背中にはベッドのかたい感触があるはずだった。

 けれど啓太の目の前にいるのは、父親ほどの年齢の男性だ。丸い眼鏡に撫でつけた黒髪には、ところどころ白髪が混じっている。グレーのスーツに、青いネクタイが目を引くその人は、手元のタブレットを操作しながら言葉を続けた。


「後藤啓太さん、十六歳でお間違いないですか?」

「え、あ、はい」

(わたくし)、異世界ハケン株式会社総務部の飛田と申します。後藤啓太さんの担当として()()()()サポート致します」

「ありがとうございます……?」


 啓太はよくあるパイプ椅子に座って、おじさん、もとい飛田と名乗った男と対面している。手元のタブレットを操作している飛田に注意しつつ、啓太は辺りを覗った。

 長細い筒のようなものから飛び出してたどり着いたこの場所は――ただひたすら真っ白だった。天井も壁も床も、まるでないのではないかと錯覚を起こしてしまいそうなくらいの白。

 その中に体育祭の来賓者席のような白くて大きなテント、その下にいくつも並べられた長机。不透明のパーテーションで区切られて、他に人がいる気配はない。


「普段はもう少し人がいるのですが……今はお昼休みの臨時受付ですので、私と後藤啓太さん以外の人はいません」

「そう、なんですか……?」

「仕方がありませんよ。こちらに来るタイミングは、誰にも選べませんので」


 心の声が聞こえてしまったのだろうか。啓太の質問にタブレットから目を離さず、飛田は淡々とした様子で答えている。もしかして、もしかすると。自分は異世界転生してしまったのではないか、そんな馬鹿な考えが啓太の頭の中にぽんと浮かぶ。啓太は姉ほど異世界転生モノには興味がないので、いくつか読んだ小説や漫画程度の知識しかない。現実世界で生きる普通の人間が、事故に遭うとか、病気で亡くなってしまうとか、そういう人生の大きなタイミングで違う世界へと飛ばされる――フィクションで描かれるように、突然違う世界に飛ばされてしまったわけではなさそうだけれど、可能性としては高い。いや、可能性としては高いってなんだ?!

 馬鹿な考えを打ち消すように頭を左右に振った啓太に、飛田は手元で操作していたタブレットを向ける。


「まずは簡単に説明を。ここは現実世界と他世界の狭間、異世界への入口です」

「狭間? 異世界?」

「詳しいことはあとで説明しますが、後藤啓太さんと『四季巡りの国で君と』のジャンさん及びフェルティフィーさんとのマッチングを弊社特許システムが感知し、さまざまなシミュレーションの結果、後藤啓太さんを『四季巡りの国で君と』の世界にハケンすることが決まった次第です」

「情報量が多すぎて何が何やら……?」

「みなさんそうですよ。気に病む必要はありません」


 タブレットには履歴書のようなものが表示されており、そこには啓太の今までの人生が記載されている。生まれてから幼稚園、小学校、中学校、それから高校入学。家族構成から好きな食べ物、得意なスポーツまであらゆることが本人の同意なく詳らかにされている。


「こちらの情報に間違いや漏れはありませんか?」

「た、多分大丈夫です……というかこれどこから……?」

「こちらに転送されているときに長い滑り台のような物の中を移動したと思うのですが、まあ、あれがスキャナのようなものになっています。ここに到着するころにはデータの書き出しは終わっています。昔はお一人お一人聞き取りながらの作成でしたので骨が折れましたが、今はいい時代になりましたね」


 飛田は画面上にある『登録情報に相違なし』のボタンをタップする。すると見慣れた画面――シキキミのオープニングが流れ始めた。


「さて、このあと向かっていただくのはポータブル機よりスマホゲームとして移植された『四季巡りの国で君と』の、セアソン神の治める風の国です。攻略対象キャラクター、ジャンとフェルティフィーの恋を成就させるのが最大ミッションです。実際のイベント開始時期の十年前に着地し、二人の人生に介入してください」


 そんなわけがないと思う気持ちと、そうだったら面白そうという気持ちがあったけれど。実際、想像通りの異世界(の狭間)に来てしまった以上、どんな顔で、どんな対応をすればいいのかさっぱりわからない。


「え、な、なんで……?」

「先程の説明通り、弊社システムでのマッチングが行われたからです」

「もしかしてほんとにシキキミの世界に、俺が……?」

「理解が早くて助かります。現実世界で転生モノを流行させるという本部決定を見たときはどうなることかと思いましたが……説得の時間が短くなって楽ですね。業務効率化、素晴らしい」


 飛田の指がタブレットの開始ボタンをタップすると、ゲームが始まるわけではなく。現れたのはダサい書体、虹色のグラデーションに縁取られたスライドだった。


『〜異世界ハケン株式会社〜 ゲーム世界の不条理からキャラクターの運命を助けよう! あなたの力が必要です!』 


『大好きなキャラクターが物語の都合上、途中退場してしまう、ヒロインと結ばれない、意地悪されるなど、悲しい気持ちや、悔しい気持ちになったことはありませんか? ゲーム世界の秩序と均衡のために犠牲になったキャラクターの人生を取り戻す、その手助けが出来るのが異世界ハケン株式会社の考案した多次元介入装置。安心安全、リスクなしでゲーム世界へ入り込めます』


『ゲーム内キャラクターの願望と、プレイヤー様のマッチングは弊社にお任せください。双方にとって最適な出会いで、人生の充実を果たしましょう!』


『※なお、特定条件下において、プレイヤー様がお戻りになれない場合もございます。ご了承ください』


 商品説明にあるまじき表現が多々あることくらい、高校生の啓太でもわかる。絶対に怪しくて、絶対にやってはいけないやつだ。飛田という男の貼り付いた笑顔も相まって、先程までの浮かれた気持ちはどこへやら。啓太は今すぐにでもこの場から離れて、家に帰りたかった。


「そういうわけですので、登録手続きが済み次第転送装置で向かって頂きたいのですが、」

「そ、それってキャンセルとか、できたりは……?」

「と、言いますと?」

「望んでここに来たわけじゃないし、シキキミ世界に行けるのはちょっと楽しそうだけど、でも、絶対帰れなくなりそうだし……」


 念のため、わずかに椅子を後ろに引いていつでも走り出せるように準備する。運動神経は悪くないし、飛田くらいなら引き離して逃げられるだろう。どこに行けば帰れるのか、それさえわかればの話だけれど。

 飛田は啓太の挙動には一切触れずに、ただ冷静に画面をタップする。そこにはジャンとフェルティフィーが手をつないで、草原のなかを歩いている、見たことのないイラストだ。お互いに微笑み合って、幸せそうな様子の二人に、啓太は引き寄せられるようにタブレットを注視する。


「初めての方は皆さんそうおっしゃいます。不安もあるでしょうから当然です。弊社の多次元介入装置は国の認証も受けておりますし、()()()()()()()()は開始当初から一度も起きておりませんのでご安心ください」

「で、でも……」

「プレイヤー様がお戻りになられない条件下、というのはゲーム世界の一部になってしまい秩序と均衡に飲まれてしまった場合になります。ほとんどの方は自我を失わずにミッションをクリアし、現実世界に戻って来られますのでご心配には及びません」


 ますます怪しい。でももし――啓太の介入によって、このスチルのように二人が幸せになれるなら。死ぬことでしか一緒にいられない運命を変えられるなら。


「ほんとのほんとに二人が結ばれるルートがあるんですよね?」

「もちろん。後藤啓太さんの頑張り次第で、こちらのお二方に幸せな未来は訪れます」


 飛田はスライドを終了し、登録手続きの画面へと切り替える。長い長い利用規約を指でなぞりながら、最後に自筆のサインを求める画面を啓太に差し出した。


「最初に申し上げたとおり、私は最後まで後藤啓太さんの異世界介入ライフをサポート致します。どうぞ楽しんでください」

「ううぅっ……」


 唸り声と共に、署名欄に指で後藤啓太と記す。あんな幸せそうな二人の未来があるなら、それが作れるなら、やるしかない。啓太は半ばヤケクソになっていた。飛田はにっこり笑って、啓太はつられて引き攣った笑顔を見せようとした。促されるままに同意ボタンをタップする、ところまではよかった。しかし画面に触れた指が離れない。え、と顔を上げて飛田を見る。


「ああ、説明不足でした。このタブレット自体が転送装置になっていて、また長い滑り台を落ちていくことになりま――」

 飛田の声は最後まで聞こえなかった。画面に触れた指がめり込んで、それから手首、肘、次々に画面の中へ引っ張られていく。画面よりも大きな身体がどうやって入るのか、そんなことを考える余裕もないまま、啓太の視界は暗転した。

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