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第4話

『フェル……! フェル……!』


 神の矢を背に受けて倒れ込んだ友を抱きしめる男のスチル――画面が暗くなり、エンディングロールが流れ出すと、後藤啓太は寝転がった腹の上にスマホを置いて滝のような涙を拭った。

 スマホゲーム『四季巡りの国で君と』は、三つ上の姉からのすすめで始めたゲームだ。四つの国から好きなものを選び、その国でミッションを遂行する。

 啓太が最初に選んだセアソン神の治める風の国は、神と人とが親しい関係にある。プレイヤーは国王の一人娘であるメイリア・セアソンとなり、神託を授ける指輪と共にさまざまな困難を乗り越えてパートナーを見つけるというものだ。

 啓太自身は恋愛をしないが、恋愛を見るのは好きだったし、恋する二人の、揺れ動く感情を考えるのは好きだった。誰かが誰かを好きになるという気持ちを理解したかったし、できなくても知ろうとし続けたかった。だからこそ――。


(なんでジャンとフェルティフィーの独自エンドだけ死んじゃうんだよ……! 死ぬなよ!!)


 エンディングが辛すぎて見ていられないのは、これで二回目だ。四人の攻略対象キャラクターにはそれぞれ三つのエンディングが用意されている。ハッピーエンド、バッドエンド、独自エンド。キャラクターの性格によって、三番目のエンディングは様々だ。

 フェルティフィーの独自エンドは、フェルティフィーが姫との婚姻を蹴り、ジャンと逃げ出そうとする、というものだ。そこに神罰として光の矢が放たれ、フェルが倒れ込む、というものだ。


(結局ジャンのエンディングもフェルが死んで終わりって……そんなぁ……)


 ジャンの独自エンドはフェルティフィー同様、選ばれたジャンを連れ出そうとしたフェルティフィーの背に矢が刺さってしまう。崩れ落ちる身体を抱きしめて天を仰ぐジャンの、絶望した顔。

 オープニング画面に戻ったスマホを再び持ち上げて、顔の前に翳す。先程のスチルを光の鏡(スチルの一覧表)から呼び出して、ジャンとフェルティフィーのスチルを交互に眺めてみる。


(マークスやエリクの独自エンドは明るいものなのに、なんで二人だけ……? そういえば……)


 ジャンやフェルティフィーの他にも、マークスという平民出身の男やエリクという神官も攻略対象キャラクターだ。啓太がこのゲームを始めたきっかけとなったのは、エリクのキャラクターデザインがあまりに良かったからだ。きゅるんとした弟ポジションキャラだが、子供の頃に親に捨てられて孤児院で育った生い立ちであり、野心家の一面が強い。姫との婚姻によって王族となり、自らの意思で政を動かすことを夢見ているが――姫と過ごすうちに、己の考えを改め、ハッピーエンド後には同じような境遇の子供たちを支援するために行動するエリクに、啓太はすっかり彼を好きになった。

 けれど実際にプレイヤーとして接しているうちに、すぐにジャンとフェルティフィーのことも好きになった。彼らは姫に(つまりは啓太に)興味が薄く、サブエピソードでの仲良し過去回想なども啓太好みだったからだ。

 光の鏡を再度見直してみる。ジャンのハッピーエンドでは姫との婚姻ルートに入り、結婚式のシーンで終わる。改めてスチルを眺めて、啓太は疑問を抱く。気のせいかもしれないし、どちらかといえば思い込みは激しいほうだけれど。


(……ちょっと寂しそうな顔してるよね、ジャン)


 フェルティフィーのハッピーエンドでは、二人が心から結ばれてキスをするスチルで終わっている。お互いに目を閉じて、唇を合わせる姿は美しいのに、啓太の心は震えない。今しがた迎えたフェルティフィーの独自エンドのほうが、胸に迫るものがあるのは何故だろう。啓太はどちらかと言えば、ハッピーエンドが好きなのに。


『……けて……』

「……え?」


 不意に聞こえた声に、思わず反応する。スチルをタップすると、その場面でのやり取りがセリフで再生されるのだが、今のは――?


『たす……けて……!』


 止まっているはずのスチルが、矢を受けて息苦しそうなフェルティフィーの唇が、動いている。それどころか啓太は今、フェルティフィーと目があっていた。フェルティフィーを抱きしめていたジャンも、こちらを見て驚いていた。


「なんで……? 何が起きて、うわっ!」

『助けてくれ!』


 ジャンの声が、啓太の頭の中へ直接流れ込んでくる。耳で聞く音とは違う声に、思わずスマホを取り落とす。

 スローモーションのように、使い慣れた長方形の板が顔面に向かって落ちてくる。衝撃に備えて目を閉じて、数秒間耐える。けれどいつまで経ってもぶつかる気配がない。

 啓太はおそるおそる瞼を開いたけれど、すぐに後悔した。目の前に、落下してくるスマホはない、それはいいけれど。次の瞬間、全身がどこかに向かって落ちていた。ものすごいスピードで!


「なになになになになになに!」


 何も見えない、真っ暗闇のなかをただひたすら降下している。何かに捕まろうと手足をばたつかせてみる、しかし何にもぶつからないことが殊更恐怖を煽った。ジェットコースターが急降下していくときの身体の浮遊感があまりに長すぎて、自分の身に起きていることが分からなくて、啓太は泣き出した。

 さっきまで、自分のベッドに寝転んで。呑気にスマホゲームして、エンディングに号泣して、そんな普通の日曜日を過ごしていたはずなのに。


「おえええ………え、ええええええ??」


 どれくらいの時間、落ちていたのだろうか。ふ、と身体が楽になり、ようやく終わったと思いきや。今度は何かに腕を掴まれて、引っ張り上げられて、くねくねと左右に揺さぶられている。光源のない暗闇では、目が慣れても何も見えてはこない。上下や左右がわからない上に、自由に身体を動かすこともできない。乗り物酔いはしない啓太だが、さすがに気分が悪くなってきた。


(あれ、効くのかな……やるしかない)


 幼少期より不思議な夢ばかり見る啓太に、父が教えてくれた呪文。中学生まではカッコいい、なんて思っていたけれど、卒業するころには気恥ずかしさを覚えてしまいあまり使いたくなくなった呪文。今はそんなことを言っている場合でもない。わけのわからない状況から脱するためには、どうしても叫ぶ必要があるのだ。

 両腕を胸の前で組み、伸び切った膝に力を入れて丸くなる。目を閉じて、息を止めて。ぎゅっと全身に力を込めたら、一息で。


「夢よ覚めよ我は往く者!」


 声が出たのかも、啓太には分からなかった。けれど次の瞬間、閉じた瞼に刺さるほどの光源が目の前に現れて――これで夢が覚めた、と目を見開いた啓太は、さらなる混乱と出会うのだった。

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