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第3話

 台所の片付けを終えて寝室を覗き込むと、丸くなって眠っているフェルの姿があった。食事を終えたのが昼過ぎで、それからフェルも湯を浴びた。先に寝室へ行っていると言い残した男は、誘惑に負けて倒れ込み、一足先に夢の世界へ行ってしまったようだ。

 体力が余っていたから、と強がっていたけれど、ひと月も遠征していたのだからギリギリの状態だったのだろう。

 ジャンの部屋を清掃し、わざわざ辺鄙な場所まで迎えに来てくれた。さらに料理まで振舞って、底なしの体力を備えているフェルも堪えたはずだ。安心して眠れる場所がジャンの傍であると示すような寝顔に、ほんの少しだけ安堵を覚える。

 濃い金色を溶かした髪が寝具の上に散らばっている。起こさぬように注意して、その一筋を掬った。初めて顔を合わせた日を、よく覚えている。ジャンの手を引いていきなり走り出して、棘だらけの生垣に突っ込んで互いに怪我をしたこと。二人して、驚いて、初対面なのに大声で笑いあったこと。それまでの人生が曇りならば、あの日を境にジャンの空にも太陽が昇るのだと知った。


 父に勘当され家を出た時も、国境沿いに研究所を作った時も、今のこの家を見つけた時も――いつもフェルは傍らにいて、強く手を握ってくれた。ジャンを信じて、ジャンの行く道を応援してくれた。帰る場所を失ったジャンに、居場所をくれた。


(おれはともかくとして……フェルは『選定の儀』まで残る可能性が高い。もし、神託がフェルに下ったら、……おれは素直によろこべるだろうか)


 王直轄の騎士団へ入団し、王に仕える。それが過去のジャンに課された使命だった。そのために必要な教育は、専属の家庭教師より受けなければならなかった。剣術や馬術よりも、さまざまな分野の知識を得ることは、当時のジャンにとって数少ない楽しみだった。

 その時の記憶によれば――世界創生の兄弟神四柱によって空と大地と海が創造された。そののち、一つの地続きであった大地は分割され、三方を海に囲まれた土地を治めることになったセアソン神は、自らを信仰し仕える神官の一族より最初の妻を娶った。以降、セアソン神の治める土地はそのまま神の名前がつき、神の名を冠した子孫たちが政を行ってきたという。

 建国の神の末裔である現王、エヌア・セアソン。その一人娘であるメイリア姫は来年十六となり、成人を迎える。国を挙げての、夫探しが始まるのだ。


 セアソン神はその姿を海中深く隠したというが、この国に住む者の大半は建国の神を信仰している。もちろんジャンもその一人だ。けれど今は、神の目から逃れたいと思う。その加護を捨ててでも、ジャンと、恋人であるフェルを見逃してほしいと願ってしまう。仮に夫に選ばれなかったとしても、『選定の儀』によって姫に謁見したものは、元の俗世には帰れない。神の息がかかったとされ、死ぬまで王族のような扱いを受けることになる。実質、王宮に監禁されるようなものだ。

 そうなれば二度と、こんな生活は送れなくなる。ただ恋人と過ごす、平凡な日々が、なくなってしまう。


 午後の光を遮るように、窓に布を引く。ジャンは傍らの恋人に寄り添うように横になった。フェルの静かな寝息に、呼吸をあわせて瞼を閉じてみる。また、あの夢を見るだろうか。選定の儀に選ばれた四人の男のなかから、フェルが選ばれてしまう、あの夢を。ジャンの手を取り逃げようとしたフェルの背に、神託に背いた罪で放たれた矢が刺さる、あの夢を。力の抜けていくフェルの身体を抱きしめることしかできない、無力なあの夢を――。

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