02-26.出来るお姉ちゃん編②
「魔導。
私の仮説は正しかったのです」
どこからか取り出したメガネを掛けて歩き出したレティ。
なんかノッてきたらしい。
「魔力の根源。
エリクちゃんが言う魂。
そこに掛けられた呪い。
人間が魔力を操れない理由。
全てのピースは繋がりました。
名探偵お姉ちゃんの目は誤魔化せないのです!」
ピシッと宙を指すレティ。
キメッキメだ。
なんかやばい薬でもやっているんだろうか。私か。
「これは意図的に仕組まれたものです。
原初の存在の何れか。あるいはこの世界の神。
犯人はそんなところでしょう」
今度は電波みたいな事を言い出した。しかもだいぶフワッフワだし。流石の名探偵お姉ちゃんでもお手上げなようだ。普通に誤魔化せてた。お姉ちゃんの目はとんだ節穴だったようだ。
「私はエリクちゃんに染め上げられました。魂の奥底まで。
綺麗さっぱり呪いは押し流されちゃいました」
そう言えばこやつ知らんのだったな。私の正体。
結果から推測しているだけだから、それが万能回復薬の状態異常回復、或いは浄化作用である事までは流石に見抜けなかったようだ。
いやでも、十分近いところまで迫ってるんだけど。
自分の体調の事とか結びつけてその内勝手に気付きそうだ。
こやつなら。
「さて。話を戻しましょう
先ずはお爺ちゃんの目論見です」
よかった。ようやく本筋に戻ってくれるようだ。
「当然これは、魔導を広める事です。
お爺ちゃんも私と同程度の知識は有しています。
魔力壁が魔導によるものだと気付いた筈です。
そしてその特性も。実は元々知っていたのです。
というより仮説を立てていました。空想していたのです。
人の呪いが解かれ、魔導が一般的なものとなった世界を」
なるほど。
そうだな。必要な事だよな。
研究していたなら、当然その先の事も。
まあ、口ぶり的に元々魔導は専門でもないのだろうけど。
パティの助けになればとレティが爺様も巻き込んで研究を始めたっぽいし。
むしろ爺様は何故付き合っていたんだ?
これ元は完全にレティの私情だよね?
仕事ほっぽって結構な時間費やしたよね?
しかも滅茶苦茶入れ込んでるよね?
まさか乳に釣られたか?
「お爺ちゃんは魔導の研究許可を得たかったのです。陛下にその有用性を認めてもらいたかったのです。国ぐるみで追い求めたかったのです。エリクちゃんの起こした騒ぎは格好のデモンストレーション兼、都合の良い実験場となったのです」
めっちゃ真面目な理由だった。
普通に爺様本人も魔導の価値を認めていたのだ。
ごめん。爺様。誤解してたわ。
「魔力壁の弱点。それは魔力壁そのものが只の魔力にすぎないという事です。物質化しようがその特性は変わりません。これは仮説通りでした。私は魔力壁の魔力を使って魔術を唱えたのです。操れはせずとも問題ありません。只触れれば良いのですから。より純粋な魔力である魔力壁は優先的に魔術に吸われます。魔術も呪いなんて不純物混じりの魔力より、魔力壁の綺麗な魔力を好むのでしょう。誰だって美味しい物の方が好きですからね。当然です」
私達は実験を重ねて結果的にそれに気付いただけだ。
レティは仮説だけで既にその考えに辿り着いていたらしい。
「実はこれ、魔力ポーションと同じ原理なんです。
あれは単に高純度の魔力を持つ薬草を濃縮した液体です。
それを体内に取り込むことで術者の魔力を肩代わり出来るのです」
魔力ポーションなんぞ実際には見たことも無いぞ?
話では随分と消費期限も短いものらしいし、普段店売りもしていないからな。存在は知っていたが底辺冒険者の生活には縁がないのだ。しかもパティ達と付き合い始めてからは私の力で回復させられたし。
ああそっか。私がその魔力ポーション代わりなのか。
もしかしたらこれもやっている事は同じだったのかもしれない。
「補填された魔力が体内に残っている間は優先的に消費されます。魔力ポーションの魔力の方が不純物の少ない、より純粋なものですから。そうして術者本人の魔力は消費される事なく回復に専念出来るわけですね。つまり魔力ポーション自体に回復作用は無いという事です」
なるほどな。
そうやって確証を積み重ねてきたのか。
それに弄った目にも何か魔力の質に関するものが見えているのかもしれない。魂の呪いが見通せるのだ。そこから生み出されて人の体を巡っている魔力にも、同じように呪いが見えているのかもしれない。
レティは本当に優秀なのだな。
いや、レティだけでは無い。あの爺様も同じことを知っていたのだ。決して舐めるべき相手ではなかったのだ。
爺様は敢えて騒ぎを大きくする為に、バカスカと派手で音の大きな魔術ばかりぶつけていたのだろう。考えてみれば普通の魔術ではそう大きな騒音など出んのだ。魔力壁はある程度の防音効果もあるのだ。実際に爺様の魔術以外で外の様子が我々の私室まで届く事はなかったのだ。第二王子が派手な爆発を起こした時ですら、パティ達は何が起こっているのか気付けなかったくらいなのだから。
単に私を下すより、陛下の目を引いた上で改めて私を下した方が都合が良かったのだ。あの敗北宣言も私を油断させて何れ不意を突く為の布石だったのだろう。同時に、陛下に魔導の有用性を印象付ける為の策でもあったのだろう。敢えて欠点を伏せたのだ。自らの目論見のために。主君である陛下にすらも。しかもあろうことか、陛下の眼の前でそれを為したのだ。尋常な胆力ではあるまい。
つくづく厄介な奴に目を付けられたものだな。
まったく。食えない爺様だ。手の内を知るレティが味方についてくれたのは幸いだった。爺様ならその状況すら想定通りのなのかもしれんが。なんならレティを唆したのは爺様本人なのかもしれんが……。
あかん。切りが無い……。
既に二手も三手も先を行かれてるのだ……。
せめて最悪の状況に誘導されないようにだけは気を付けねば……。
「普通は他人の魔力を使って魔術を唱えるなんて事は出来ません。それも呪いの作用によるものです。人間の体から魔力を取り出すには魔術の詠唱やパティの魔導杖のような仕組みが必要です。そしてその対象は通常術者本人だけなのです」
うむ。それはわかっておる。
「ですがエリクちゃんの魔力に限っては話しが違います。
エリクちゃんの魔力は呪いを含まない純粋なものです」
結果は先程話した通りか。
魔術はより純粋な魔力を求めて私の魔力を使うのだろう。
「今は魔力壁を複数枚展開して対策しているようですね。
なるほど。良い手です。魔力として消費されるのは手前の一枚目だけ。二枚目の魔力壁で魔術を反射して返り討ちと。一撃必殺カウンターってやつですね♪」
そこまで見抜くか。
レティが敵でなくて良かった。本当に。
「と言うよりエグい方法ですよね。当然術者は魔力壁に触れる必要があるのですから。初見殺しも良いところです。至近距離で莫大な魔力を使って生み出された魔術の反射を食らうのです。そんな事をすればあの二番目のお兄ちゃんだって無事では済まないでしょう」
仕方あるまい。種さえ割れれば対策は容易なのだ。
ならば初撃で少しでも大きな損害を与えるしかあるまい。
「この複層魔力壁の対策は簡単です。
最初から壁の反対に魔術を放てば良いだけです。
適当に上か後ろに風でも吹かせてしまいましょう。
あの兵士さん達も纏めて吹き飛ばせて一石二鳥ですね♪」
先程レティがやったようにな。
レティの場合は魔力壁の上部に弱い風を吹かせておったが。
「その対策の対策はサンドイッチってところでしょうか?」
「ああ。その通りだ。仕掛けてきた術者を個別に複層魔力壁の箱で囲うのだ。当然魔術には射程があるからな。しかも術の始点はある程度術者に近くなければならん。一枚目は術者本人を。二枚目は射程外ギリギリを囲うのだ。さすればそう大きな範囲にはならん。背後にも上にも流せなければ、箱の中で乱反射される魔術の餌食だ。例え威力の低い風の魔術でも無事では済むまい」
「ふふ♪ エリクちゃんはおっかないですね♪」
怖いのはレティの方だ。
私達の手の内をあっさり見破りおって。
「ですが、それも対処は簡単です。
外から順に消費していけば良いだけです。
人海戦術で解決ですね♪」
私が次の術者を囲い直してもイタチごっこだ。
こちらは私一人だからな。魔力壁を増やすにも限りがある。いずれは限界を向かえるだろう。
「まあ実際には最初からそこまで想定出来る人達ばかりとは限りません。例え気付かれても初撃のカウンターでいっぱい吹き飛ばされて魔術を使える人は全滅するかもしれません。そこまで都合良くはいかずとも、脅威に感じて身を引くかもしれません。慌てて弱点を補わずとも、それなりに持ち堪える事は出来るでしょう」
そうだな。私達もそう判断している。
だからリスクを抱えつつも魔力壁を展開し続けている。
単にそれ以外の手が無いだけとも言えるが。
「とは言え、そうノンビリもしていられません。
お爺ちゃんがまた何か仕掛けてくるかもですし」
勘弁してくれ……。
「そこで最初の話に戻るわけですね。
先ずはエリクちゃんの浮気グセをどうにかしましょう」
そういう意味だったのか……。
「エリクちゃんは誰でも彼でも受け入れすぎなのでは?
きっと心が広すぎるのです。優しすぎるのです。ですから壁を作って下さい。魔力は魂、つまりは心から生み出されるものです。きっとエリクちゃんが拒絶しさえすれば、他者に利用されない魔力が練れるはずです」
ATフィー◯ドかな?
「それは流石に飛躍しすぎなのではないか?」
先程までの話しには筋が通っていたのに、いきなり空想に踏み込んだ気がするぞ? そこにもなにか証拠があるのか?
「飛躍結構♪ 浪漫結構♪
新技術とは、九十九%の想像力と一%の努力で生み出されるものなのです♪」
おい。逆だろそれ。
どこの発明家の言葉パクってきおった。
と言うかこっちにもあるの? その言葉。
なんかそもそもの意味も微妙に違うけど。
でもなんかレティはそれであってそうな気も……いや?
そうでもないか? こやつ努力も普通に出来るのでは?
努力を努力と思わないタイプなだけではないか?
あそこまで突き詰められるなら、ただ想像する事だって十分努力と言えるのだ。流石のレティだって一朝一夕で魔導の理解を深めたわけではあるまい。そもそもパティの為なら本当に何でも出来るのだろう。もう今更そこは疑わんぞ。
「大丈夫です♪ 安心して下さい♪
お姉ちゃんが手取り足取り教えてあげます♪
これでもお姉ちゃん、心の壁には自信があるんです♪」
いや、それはそれでどうなんだ?
というか本当か? 実は心の闇が深いのか?
なんかレティの事が増々わからなくなってきたぞ?
「パティ。早速試してみましょう♪
結局は論より証拠です♪」
身も蓋もない。
想像力の凄さを散々見せつけてきたくせに。
まあでもそうだよね。レティも魔導使えるんだし。
今はとにかく一手でも多く積み重ねるのが肝要だ。
知識も重要だが、新しい術を得るには結局試してみるより他はない。
先ずはパティとレティに色々試してもらおう。