02-23.転職面接
「レティ!」
「パティ!」
ガバっと抱き合う美女二人。
相変わらず警戒心の欠片もない。
反省したのではなかったのだろうか。
どうやら説教が足りなかったようだ。
この駄犬め。後でしっかり躾けてやらねば。
「遅くなりました! ごめんね! パティ!」
「良いの! 来てくれて嬉しいわ! レティ!」
二人のあまりの仲の良さにワナワナと震えだすユーシャ。
落ち着け。ダメだぞ、ユーシャ。
今は待てだ。大丈夫。お前は出来る子だ。
「おいパティ。
感動の再会はその辺にして紹介しておくれ。
これ以上はユーシャが保たんぞ」
「あっ! うん! そうよね! ごめんなさい!
ユーシャ! ディアナ! エリク! こちらはレティ!
私の大親友にしてお姉ちゃんよ!」
さっきは親友みたいな存在とかぼかしておったろうに。
そうやって徐々に話を盛っていく癖は感心せんぞ?
嫌われないよう、恐る恐るなのがバレバレだぞ?
しかもテンションが上がるとすぐにボロを出すし。
パティって案外小狡い性格しておるよな。そう言えば最初は私にも噛みついてきたし、実は人間不信の気があるのか?
頻繁に嘘をつくというか、妙な誤魔化し癖もあるし、本当は警戒心の強いタイプなのかもしれんな。ただその反動なのか、一度でも懐に入れた相手は一切の警戒心無しで近付いてしまうのだが。
良くないな。これは。何時か痛い目を見る事になる筈だ。むしろ散々痛い目にあってきたからこんな歪な性格になっているのかもしれんが。とにかく正してやる必要がありそうだ。先ずは言い聞かせてみるとしよう。
それにもっと普段から信頼や愛を囁いてやるべきなのだろうな。パティ自身がそう言っているように、きっとこの子は愛に飢えているのだ。抱きつき癖もそういう事なのだろう。やはり母君を早くに亡くしている事とも関係があるのだろうか。これは案外と深刻な問題なのかもしれない。もっとパティの事をよく見てみるとしよう。些細なサインも見逃さないように。
「私がユーシャ。それとパティの恋人」
ユーシャが初めて会う人に自分から話しかけた。
成長したなぁ……いや、今は怒り心頭なだけかもしらんが。
なんか牽制してるし。
「私はディアナです。レティお姉様。
私達はパティの婚約者でもあります。
お姉様とも親しくあれるようにと願っております」
「私がエリクだ。
以下同文」
「ちょっとエリク!」
「まぁ! 恋人!? 婚約者!?
しかも女の子! こんなにいっぱい!
水臭いです! パティ!
そういう話なら私も混ぜてほしいです!」
「ダメ!」
パティを掴んで抱き寄せるユーシャ。
パティを自分の胸に押し付けながら、レティに敵意の籠もった視線を向ける。
「落ち着けユーシャ。
すまんな、レティ殿。
この子は今少し神経質になっていてな。
悪いがその話は後にしてほしい」
「ええ。こちらこそごめんなさいです。
少し燥ぎ過ぎてしまいました」
テヘっと笑みを浮かべるレティ。
どうやら笑って流してくれるようだ。
心が広くて何よりだ。
「ふふ♪ パティったらとっても愛されていますね♪
お姉ちゃんは嬉しいです♪」
「えへへ~♪」
ユーシャに抱きしめられたまま、だらしない笑みを零すパティ。いっそもう暫くこのままにさせておこう。パティもユーシャもそれで少しは落ち着くだろう。
「さて。話をしようか。既にわかっているとは思うが、貴殿だからこそ我々は本陣にまで招き入れたのだ。故にこそ最初にこれだけは聞いておこう。貴殿は我々の敵か? 王位への執着はあるか? もしくは、パティ自身を欲する者か?」
「敵対するつもりはありません。
けれど、一つ認識が間違っていますね」
「と言うと?」
「パティはお姉ちゃんのものです。他の誰のものでもありません。恋人だろうがなんだろうが、お姉ちゃんからパティを奪う事は出来ないのです♪」
あうち……あかんやつだ。
これ本気で言ってるやつだ。
なんか直感的にそう伝わってくる。
あれか?
もしや恋人云々はごっこ遊びだとでも思っているくちか?
だから気軽に自分も混ぜろとか言い出したのか?
まさかパティが小さな子供にでも見えているのか?
「違う! パティは私の!
私だけのもの!」
待て、ユーシャ。
パティはみんなのものだ。
私のものでもあるのだ。
独り占めはいかんぞ。
「安心してください♪
パティが恋人を作るのを止めるつもりはありません♪」
ダメだ。なんかまるで相手にしていない感じだ。
こやつ先程ああ言ったくせに、ユーシャがパティを自分のものと言い張っても、それはそれで気にしていないようだ。そう口にするのはあなたの自由ですよと、そんな感じで本当に歯牙にも掛けていない気がする。なんだったら微笑ましそうですらあるし。
「とにかくその件は後だ。
話はわかった。レティ殿はパティの姉として振る舞うと。
それを何より優先するという認識で相違無いな?」
「イエスです♪
エリクちゃんは良い子ですね♪」
徐ろに私を抱き寄せて、自らの胸に押し付けるレティ。
パティの抱きつき癖はこやつの影響なのかもしれない。
それにしても柔いな。そしてスベスベだ。露出した肌が頬に触れて得も言われぬ感覚に……。
「「エリク!!」」
何で私の時だけ咎めるような声音なの?
もしかしてダラシない顔してた?
「離せ。話を進めるぞ」
レティの腕から抜け出してソファへと皆を誘う。
全員が席に着いたところで、改めて話を切り出した。
「それで? 何のために乗り込んで来たのだ?
先も言った通りパティの助けとなる為だけで良いのか?」
「はい♪
その認識で相違ありません♪」
「具体的になにか妙案でもあるのか?」
わざわざ単身乗り込んできたくらいだ。
手ぶらでって事は無いだろう。
「パティが心細いと思い、居ても立っても居られず♪」
無策で突っ込んできたと?
「安心してください♪ 四六時中側で見守りますから♪
その為にお仕事も辞めてきました♪」
おい。
「またなの? ダメよ、レティ。
何時もサロモン様に頭下げるの私なのよ?」
あの爺様の部下なの!?
それでパティは面識あったの!?
と言うかまたって何!?
パティに何かある度に仕事辞めて駆けつけてるの!?
「良いんです!
もうあのスケベお爺ちゃんの相手は嫌です!
このままパティに養ってもらいます!」
おい。姉がそれで良いんか。
守るんじゃなかったのか。
なんなんだこいつ。ボロを出すには早すぎないか?
実はパティの事は口実にすぎないのか?
単に元々仕事辞めたかっただけではないのか?
一周回ってちょっと面白いな。
いや、だからって住み着かれるのは困るのだけど。
「良かったなミカゲ。後輩が出来たぞ」
「ちょっとエリク。
ダメよレティまで奴隷にするなんて」
「別にそこまでは言っとらん。
ただ防衛面でこやつに振る仕事なんぞ無いのだ」
まさか学校にまで付き添うわけでもあるまいし。
教師役として潜り込ませるか? そんなの即興でいけるか?
現実的ではあるまい。つまりただのニートが出来上がっただけなのだ。そんなのを受け入れている余裕は無いのだ。
「こっちは只でさえ一ヶ月もの間籠城せねばならん。
食い扶持が増えれば負担も増える。当然の話だ。
遊ばせておく余裕なんぞ無いのだぞ」
居座ると言うならせめて何かしら仕事でもさせねば示しが付かんだろう。
「ねえエリク、忘れてるの? レティもこの国の姫よ?
別にふんぞり返ってたって誰も文句言わないわよ?」
ああ、そっか。うん。素で忘れてた。
なんか仕事辞めた発言が衝撃的すぎて。
まあ、それはともかく。
「時と場合を考えろ。姫だからと、一大事の妹の下へと転がり込んでタダ飯食らいになるのは、レティ殿もかえって居心地が悪かろう。私は気を遣っているだけだ。パティの側付き的な仕事でもさせておくのが妥当だろう」
「要らないわよ。私そんなの。
メアリで間に合ってるし」
うん。私も要らない。
私は加えてスノウとミカゲもいるし。
今のスノウは身動き取れないけど。
それでも十分足りてるし。
「夜間の人手が足りていないじゃない。
そっちで上手く使ってあげてよ」
ねえ、なんでちょっと遠ざけようとしてるの?
大好きなお姉ちゃんでしょ?
「さっきから何の話をしているのですか?
お姉ちゃんはパティを守る為に来たのですよ?
それ以外のお仕事はしませんよ?」
ねえ、やっぱりこの人仕事嫌いなだけじゃない?
「エリク。やっぱり良いわ。やっちゃって」
パティが耳元で囁いた。
「おい。バカを言うな。
流石に姫を奴隷にしたら私が打ち首になるだろうが」
「違うわよ。そういう意味じゃないわ。
【眷属化】しちゃいましょうよ」
「結局同じ話だろうが」
「大丈夫よ。陛下もレティには注目してないわ。
どうせ気付かれないわよ」
「そういう問題ではあるまい。そもそも人体実験がまだだ。
今はまだ二人以外では蜘蛛を数匹従えているにすぎん。
スノウの時のように記憶を失ったらどうするのだ」
「う~ん。たぶんそうはならないと思うのよね。私だってそれなりに魔力を流してもらってるし、ディアナなんてもっとだし、当然ユーシャはそれ以上だわ。けれど誰も前兆すら現れないのだもの。きっとスノウの時はあの人形が悪さしただけなのよ。だから大丈夫。良いから試してみて。レティなら何かあっても自分でどうにか出来るから」
なんだその信頼は?
ふわっふわじゃないか。
「というか、どさくさ紛れで家族に加えようとしとらんか?
そんな方向性で良いのか? 手段は選ぶべきでは?」
「なら恋人に加えて良いの?
ユーシャを説得してくれる?」
「それは極端すぎるだろうが。
ユーシャの説得は自分でしろ」
「何だかんだエリクも興味あるんでしょ? レティに」
「無いぞ。お前の慕う姉君だから無碍にせんだけだ」
「嘘ばっかり。さっきだって自分から言い出したじゃない」
「違うと言っておろう。
そもそもあれはただの冗談だ」
「そうは聞こえなかった。
素直になりなさい。エリク。
レティの事欲しいんでしょ?
たわわが魅力的なんでしょ?」
「おい。いくら何でも無理やりすぎるぞ。
本当に手段は選べ。下らん転嫁までしおって」
「手段なんてどうでも良いわ。
大好きな姉様に側に居て欲しいなんて普通の事でしょ。
そんな些細なお願いを叶えてくれないの?」
「それなら自分で抱えればよかろう。
何故私の側に置こうとしておるのだ。
話しがチグハグではないか」
「距離感って大切よね」
「おい」
「違うのよ。疎ましく思ってるわけじゃないの。
ただちょっと、愛が重すぎるのも受け止めるのが難しいって言うかね? あはは~♪ 困ったものよね~♪」
「おい。本音を言え」
「良い感じの緩衝材になって下さい」
「ぶっちゃけ過ぎだろうが……」
「本音言えって言ったのはエリクじゃない!」
「だからってお前……いや。よく話してくれた。
私は嬉しいぞ。パティがそこまで打ち明けてくれて」
お前は秘密主義というか、誤魔化し癖があるからな。
うんうん。そこまで打ち明けてくれるとは恋人冥利につきるな。うん。
はぁ……。
「ねえ、何時まで二人はヒソヒソ話してるつもり?
お姉様の前で感じ悪いわよ?」
あかん。ディアナに叱られてしまった。
「レティよ。私の指揮下に入れ。
さすればパティの側に居る事を認めよう」
「嫌です♪」
こんにゃろ。
「なら帰れ。足手まといは要らん」
「嫌です♪」
おい。
「今は余裕が無いのだ。
例えパティの慕う姉君とて、歓待している暇はない」
「お気になさらず♪」
「ねえ、エリク。
やっぱり必要だと思うの」
眷属化がか?
無理やり言う事聞かせるのか?
流石に極端すぎんか?
「いいや。必要はない。
追い出せば済む話だ」
「無理よ。レティは」
試しに魔力壁でレティの体を囲ってみた。
「それはもう見ました♪」
魔力壁はあっさりと崩壊した。
どうやらレティは弱点を見抜いたらしい。
「これは聞いていないぞ。
上司より遥かに有能ではないか」
「優秀ではあるのよ。天才と言ってもいいわ。
けどやる気が無いのよ。致命的に」
それで陛下も興味を持たんのか。
「ならやはりパティの側に置いておけばいいではないか」
緩衝材云々はともかく、役割としては護衛も十分務められるかもしれん。学園の送り迎えくらいしかあるまいが。
「それだとユーシャと拗れるわよ。絶対」
それはそう。
確かに距離感は大切だ。恋人と過ごす妹に堂々と割り込む姉は疎んじられよう。どれだけ互いに愛していようとも、こればかりは如何ともしがたいのだ。
なんだこれ。どこが味方なんだ?
厄介な存在を自ら招き入れただけではないか。
パティめ。
こうなる事をわかっていて黙っておったな?
まったく。本当にいい性格しておるわ。
歪みだけじゃなく素で性格悪いのもあるんじゃなかろうか。
いや、愛しの恋人を悪く言いたくはないけれど。
仕方ない。なら眷属化するか。上手くいくかはわからんがどうか悪く思わんでくれ。私にも制御出来ない存在に周囲を彷徨かれるのは困るのだ。もしレティがパティを独り占めするために私の本体を持って陛下の下へ向かおうなんて発想に至ったら、私では止められないかもしれんのだ。危険な芽は早めに摘んでおかねばな。
「レティ、汝に我が力を授けよう。
さすれば汝はより妹の力となれるだろう」
「結構です♪」
「まあそう言うでない。先ずは話を最後まで聞いてみよ。
我が力は凄いのだ。偉大なのだ。レティ自身が働かずとも勝手に仕事がこなされるようになるのだ。まさにお主の為にあるような力なのだ。しかも今なら三食昼寝付きを約束しよう! さあどうだ! ここはそんな快適な職場なのだぞ! 引き受けてみてはくれないか?」
「お願い。レティ。受け入れて。
そうしたらずっと一緒にいられるから。
もう前の仕事に戻れなんて言わないから」
「……お試しなら」
チョロいな。まさかこんな雑な口車に乗ってくるとは。いや、パティの口添えのお陰か。
もう二度と働きたくないのかと思ったけど、案外負い目もあるのだろうか。パティが何度も頭を下げて続けてきた仕事を放りだした事には流石に思う所もあったのかもしれない。
よく考えると普通に酷い姉だなこやつ。
本当にこんなの迎え入れて良いのか?
いや。考えるまい。どの道今更だ。
「うむ。結構。先ずは一日職場体験だ。早速必要な儀式を済ませよう。これから私が魔力を流す。最初は少しばかりくすぐったいが、抵抗せずに受け入れるがよい」
「待って! エリク!
何勝手な事してるの!」
あかん。先にユーシャの説得が必要だった。
ちょっと私も焦りすぎたか。
と言うか気付くの遅いな。
ユーシャはもうちょい頑張れ。
「エリク。ユーシャは任せて」
ユーシャの手を引いてその場を離れるパティ。
ディアナは咎めるような視線で私とパティを見比べたものの、結局口を開く事は無かった。
この子はこの子でこう言う時は空気を読みすぎるな。
普段は我儘お嬢様なのに。別にもう少し不満を言っても良いのだぞ? 言われても止められんが。今更。
さてさて。上手くいくだろうか。
結局未だ【眷属化】の詳細条件は判明していない。
これからやるのはある意味初めての人体実験だ。
スノウの場合は半分魔物みたいな状態だったしな。
純粋な人間に対して意図的に大量かつ急激に魔力を流すのはこれが初めてだ。出来るだけ速やかに。だが様子を見ながら慎重に進めよう。記憶が失われても困るからな。異常が少しでも出た時点で止めねばな。パティも認める優秀な魔術師であるレティならば自分でも異変はわかるだろう。致命的な問題に至る前に止められる事を祈るばかりだ。
本当にこれで良いのかなぁ……。