02-21.時期尚早
「なんか揉めとるぞ。
第二王子と第一王子の仲間の一人が」
「女性の?」
「うむ。背の高いスラリとした女だ」
「その人はジェシー姉様よ!
やっぱり姉様も来てくれたのね!」
「姉? 王族なのか?」
「一兄様の娘よ!」
なるほど。ややこしい。
この場合は第何王女になるのだ?
いや、もう聞かないけど。なんか面倒だし。
「通すのは二人だけだぞ」
「十分よ。兄様達もそこは気遣ってくれるはずよ」
仕方ない。少し話をするだけだ。
警戒は解けんが、この嬉しそうなパティを見ては強く反対する事もできん。
「第一王子! そしてその娘よ!
お主らのみ立ち入る事を許可しよう!
同意するならばそのまま前進するがいい!」
二人は然程迷う事もなく敷地内へと足を踏み入れた。
それを見ていた第三王子の側近は慌てて兵士達を促すも、当然兵士達は魔力壁に阻まれた。
第二王子は爆発で服が消し飛んだのか上半身裸のまま、不満顔で腕を組んでそんな様子を眺めていた。
「!?」
いや違う! あれは第一王子を見ているんじゃない!
スノウのいる部屋でもない! 私達を見ているんだ!
まっすぐにこっちを見据えているだと!?
そんなはずはないのだ! この部屋は屋敷の奥だ!
何枚壁があると思っているのだ! 何なのだあいつは!?
「エリク? どうしたの?」
違う。きっと気の所為だ。
たまたまだ。そうに違いない。
「……いや。なんでもない。
それよりお前達も行くがいい。
第一王子とその娘は我々の呼びかけに応じたぞ」
「わかったわ。
ユーシャ借りてくわね」
「うむ。決して離れるでないぞ」
「ええ。わかってる。
油断はしないわ」
ならば良いがな。パティは心を開いた相手には無防備だからな。先程もだいぶ舞い上がっていたし。
やはり少し不安だ。決してパティを信頼していないわけではないのだがな。
「大丈夫! 私ずっと一緒にいるから!」
ユーシャもユーシャで何やら燃えておるな。
やはり昨晩のあれが原因だろうな……。
空回りせんと良いのだが……。
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「一兄様!!」
律儀に玄関前で待っていた第一王子達の下へ辿り着くなり、パティが飛び出しかけたのをユーシャの手で引き止める。案の定、いきなり抱きつこうとしたようだ。何が油断はしないだ。まったく。
「おお。パティ。
良かった。元気そうでなによりだよ」
この白髪混じりのおじさんがパティの兄上か。
近くで見るとだいぶ老けて見えるな。五十前後といったところか。なんなら陛下より老けてない? そんなわけないが。実際はもっと若いのだろう。きっとたぶん。
元がグレーっぽい髪色な上にそれが大量の白髪交じりになっているせいで、実際の年齢より見た目から受ける印象の方が老けて見えるのだろう。白髪染めとかしたら印象変わるかもしれん。顔はもともとハンサムだったのだと見て取れる。今もそう悪いものではないが、だいぶシワが多いようだ。きっと心労の多い立場なのだろう。それはなんとなくわかる。あの陛下の下で王太子なんてやっていればそうもなろう。
「ありがとう! 兄様!
ジェシー姉様も! 来てくれて嬉しいわ!」
「パトリシア。私はあなたの真意を確かめに来たのよ」
「え? もしかして私が王位を狙ってるとでも?
そんなわけないじゃない! これは陛下の悪ノリよ!
いえ、実際に仕掛けちゃったのこちらの方なんだけど!
でも違うの! 私はそんなつもり無いの!
お願い! 信じて! ジェシー姉様!」
ユーシャの手を振り払って姉君の下へと駆け寄ろうとするパティ。当然私はパティの手を掴んで引き止める。
「離してよ! エリク!」
バカ者め。あっさり冷静さを欠きおって。
私の名を出すのは無しだと決めておっただろうに。
「悪いが私はまだ信用しておらん。パティの慕う兄君と姉君だということは理解しておる。だが今の私達は彼らの地位を脅かす立場だ。そのつもりは無いにせよ、事実としてそうなってしまっている。先ずはその認識を持つのだ。パティよ」
「妖精王陛下は理解されているようですね」
ジェシーが丁寧な態度に切り替えて、私の入ったユーシャに話しかけてきた。
「うむ。とは言えこちらとしても争う気はない。
対話での解決を望むが如何か?」
「異論はありません」
「よろしい。ならば案内しよう。付いてこい」
屋敷の入口に近い応接室に移動する。
王太子殿下をお連れするには少々無作法な流れだが、今ばかりは仕方あるまい。本当は屋敷の前で立ち話で済ませたかったくらいだ。最初から立場を明確にしてくれた姉君の態度に免じて少しは信用してやるとしよう。
「改めて。私は妖精王だ。
我々の目的はパティの自由を獲得する事だ。
断じて王位を目指しているわけではない」
「何故パティを?」
「人間にわかりやすく言うならば、私の伴侶とするためだ。
私はパティを愛している。パティを欲している。
人の王に持ちかけたのはそういう賭けだ」
「……パティ。本当なの?」
「ええ。本当よ。姉様。
私もエリクを愛しているの。一緒になりたいの。
だから王位を継ぐのは困るの」
「……驚いたな。まさかそのような真相だったとは」
「ごめんね、兄様。
兄様の邪魔をするつもりはなかったの」
「いいや。気にする事はない。
むしろ私としては、」
「殿下。それ以上はいけません」
「ああ。うむ。そうだったな。ジェシー」
「ジェセニアと。今は妖精王陛下の御前です」
細かいな姉君。
「気にするな。
口調も砕けたもので構わん」
「あらそう?」
切り替え早いな姉君。
「ごめんね、パティ。
本当は最初から信じてるのよ?
けど私も立場があるから」
「ううん。全部私が悪いの。
ありがとう。ジェシー姉様」
なんかいきなり和み始めたな。
「それで? 二人はどこまでいってるの?」
「よしなさい。ジェシー」
「は~い」
軽いな姉君。
「パティ。私達と一緒に来なさい。
パティの願いは私と父様が叶えてあげる」
そうきたか……。
「そんな方法で彼の王は認めるのかね?」
「あなたが失望されるだけよ。
大勢に影響は無いわ」
無かったことにするわけか。
私を地盤固めに利用するでもなく。
いや、例え私が陛下に失望されようとも、依然として単なる力としては優秀だ。私が第一王子に付く事はプラスになるはずだ。武力一点特化の第二王子すら退けたのだ。結果的にあれも良いデモンストレーションとなったことだろう。
「ダメよ! そんなの!」
「少しは落ち着け。
らしくないぞ、パティ」
「だってエリクが!」
「落ち着け。そもそも私は飲まんぞこんな話し」
「何故?
お互い損の無い話のはずでしょ?
それともやっぱり王位を狙うつもりなの?」
「幾つか問題がある。
まず第一に貴殿らが約束を果たすとは限らない。
この国内での我らの命運を託すには信頼が足りていない」
「あなたはパティの伴侶でしょ?
パティが信頼する私達を信じられないと?
それってパティの事も信じてないって話よね?」
「パティもまだまだ幼いのだ。
時には導いてやる事も必要だ」
「そう。貴方はそう考えるわけね。
それで? 他の問題ってなにかしら?」
「私はパティのものだ。例え一時的であっても他者のものとなるつもりはない」
あかん。こんな言い方したらまたユーシャが怒るかも。
まあでも仕方ない。ユーシャ達の事まで今ここで明かすわけにはいかぬのだ。
「それにパティ自身も力を失ってしまう。
自ら勝負を降りたパティをあの王は捨て置かんだろう。
パティにはそれだけの価値があるのだ」
どこぞに嫁がされるやもしれん。そうでなくとも何かしら行動を縛られるやもしれん。今パティがある程度自由に動けているのは、パティの立場が陛下や公爵閣下によって保証されているからだ。ある意味庇護下にあるとも言える。第一王子に下った後も同様の自由が保証されるとは限らないのだ。
そしてなにより、パティとディアナの婚姻も認められんだろう。
それら全てを第一王子らが上手く取り計らってくれるのだとしても、今度はこの者らへの恩義で縛られるやもしれん。今後助けを求められれば断ることも出来なくなるだろう。これが単なる人間同士の助け合いならともかく、私は人では無いのだ。私の力の有効的な活用方法なんぞ、平和的なものとは限らんだろう。
つまりは、どうあっても私達は国の中枢に仕えるべきではないのだ。
そもそもこの者達も何だかんだと言いつつ私の力が欲しいのだろう。互いにメリットのある取引だからこそ、こうして大事になってから乗り込んできたのだろう。少なくとも私視点ではそうとしか思えない。本当にパティの保護だけが目的ならもっと早く来ていたはずだ。今回の争奪戦が始まる前だって手を打てた筈なのだ。けれど彼らは静観を決め込んだ。それが何よりの証拠となるはずだ。単に第三王子程度がパティをどうこうする事は出来ないと信じていただけの可能性もあるけれど。
「そう。よく考えているのね。
パティとも随分と話し合ったみたい」
姉上が嬉しそうに話したのはそこまでだった。
表情を引き締めて、厳しい声音で言葉を続けた。
「妖精王陛下。
ならば我々も全力で貴方を奪い取らせて頂きます」
「待ってよ! 姉様!」
「切り替えなさい。パトリシア。
既に我々は敵対派閥となったのです。
今日のところは大人しく引き下がりますが、次に会った時は容赦しません」
「待ってよ! 姉様! そんな結論を急がなくても! 先ずは話し合いって! さっきエリクもそう言ったじゃない! まだ互いに自分達の考えを伝えただけよ! 話し合いはこれからよ! ここから擦り合わせていきましょう!」
「時間の無駄であろう。互いの方針は明確だ。
こちらも現状で全てを話すわけにはいかんのだ。
今の時点でこれ以上話し合える事などあるまいよ」
「同意します。
妖精王陛下が聡明なお方で何よりです」
「なんでそうなるのよ……」
「大丈夫だ。パティ。これはたった一月の辛抱だ。
それさえ過ぎれば思い悩む必要など無くなるのだ」
「いいえ。そこまで待たせはしませんよ」
「挑戦は何時でも受けて立とう」
「なんで……どうして……」
我々は互いの信頼を得なければならんのだ。
これは姉君達の勝利条件が少しだけ緩和されたという事でもある。
私の本体を抑えるだけでなく、私を信頼させれば姉君達の勝利だ。
パティ諸共庇護下に加わっても良いと思わせられれば文句なしだ。
そして陛下の不興を買わずにそれを為すには、ある程度は私達も自力でやり過ごす必要がある。
その上で互いの力を認め合うようなドラマが必要だ。場合によってはそれが茶番でも構わない。
まあつまりはそういう事なのだ。
だから心配するな。パティ。
後でちゃんと説明してやるさ。




