02-19.籠城準備
「いったいどういうつもりよ!!
私に任せてくれるって約束だったでしょ!」
「すまぬ。だが仕方なかろう。
陛下が現れるのは想定外だったのだ。
あの状況では他に手も無かった筈だ」
ほんと、あの爺様余計な事してくれやがって。まさかあんな忠告をしてきた翌朝に騙し討ちされるとは思わなかった。やっぱ既にボケているんではなかろうか。結構なお年だしな。無理もない。ちくせう。
「だからって!!」
「パティに判断を求めなかったのは悪いと思っておる。
しかしあのタイミングだからこそ捩じ込めたのだ。
後一月、何事も無ければそれでこの話は終わるのだ。
一時騒がしくはなるだろうが、悪くない方法であろう?」
それ以降はディアナも勉学に集中出来るはずだ。
もう一月だけ辛抱してもらおう。デートもそこまで延期であろうな。また怒らせてしまうだろうか。そこは少し憂鬱だ。
「そんなの甘すぎよ!
せめて一週間にするとかもっとやりようあったでしょ!」
「それではあの陛下でも乗ってこんだろう。一月という期間だからこそ妥当だと判断したはずだ。むしろ、もっと短くても十分だと思ったなら陛下自らそう言ってきたのではないのか? あれは負けず嫌いなタイプだろう? 条件が温すぎればそう言ったはずだ。不服ならばあの場で口にしていただろう」
「そうだとしても不利すぎるわ! 準備も無しに一月も籠城だなんて無茶に決まってるじゃない!」
「そうでもないさ。
私は常に屋敷を魔力壁で覆っておこう。
魔力壁の弱点も、二重、三重に張ることで備えられる。
一月程度は造作もないはずだ」
「防御面だけの話じゃないわよ!
物資はどうするのよ! 私の学園はどうするのよ!
何も考えないであんな事決めないでよ!」
「問題ない。買い出しは今すぐ総出で済ませよう。開始までにはまだ多少の猶予はある筈だ。陛下が城へと戻ったのは挑戦者を募るためであろうしな」
「挑戦者?」
あら?
そこは気付いてなかったのか。
「陛下は自らの子供達をけしかけさせるだろう?
これはいわば、パティ対他の子供達という図式でもあるのだ。誰が妖精王の力を勝ち取るのかという勝負なのだ。公平に他の王族達へもチャンスをやろうという、私からの粋な計らいだ。陛下はそう受け取った筈なのだ」
「……無茶苦茶よ」
「安心しろ。学園にも通って貰って構わない。私がユーシャを介して守り抜こう。パティの学業に穴を開けてはお父上に申し訳が立たんからな」
「ねえ、エリク。
あなたもしかして気付いてないの?」
「何がだ?」
「陛下はもうあまり長くないのよ」
「は?」
え!? 何その新情報!?
めっちゃ元気だったじゃん!
パティも一言もそんなん言ってなかったじゃん!
「そのタイミングでこんな勝負を挑んだらどうなるかわかるわよね?」
「……勝者はそのまま次期国王に?」
「そう考えてもおかしくはないわ」
「いやまて、考えすぎだ。流石にそれは無かろう」
「陛下もそこまで極端じゃないわよ。平時なら」
「いやいや。それにしたってだ」
「けど何もおかしな話と言う程ではないでしょ?
何十人もいる王族達、そしてそれらに付き従う何百、何千という人達から、一月もの間ここ王都のど真ん中でお屋敷を守り抜くのよ? それだけの力を示したなら、次期国王として何の不安もありはしないでしょう? きっと第一王子優勢の流れもひっくり返るわよ?」
あれ? やらかした?
「だが私はパティを要求したのだ。
パティを国王として縛ってしまえば、あの約束が果たされんだろう」
「違うわよ。そうじゃなくて。私達が勝ったら王はエリクよ。私じゃないわ。既に私達の派閥は第十八王女のものではなく、妖精王のものとなったのよ」
「いや、それこそおかしな話であろう。
何故そうなるのだ。意味がわからんぞ」
「あなたが口にしたんじゃない。仮にも王女である私を寄越せと。そして王族皆でかかってこいと。それをわざわざ妖精王と人王ってとこまで強調して伝えたんだもの。しかも王都の中心部の一角を陣取った上でよ? これが侵略者以外のなんだって言うのよ」
「前者はともかく、後者はそこまで言っておらんだろうが。
確かに陛下はそうするだろうとは思っていたが」
「なら同じことでしょ」
「いや、だがなぁ……」
「はぁ……どうすんのよこの状況……」
「すまぬ……」
「……とにかく動きましょう。
メアリと相談しなくちゃ」
「うむ……」
あかん。想定以上に大事になってる……。
平穏な生活を取り戻せる名案だと思っただけなのに……。
「承知居致しました。
問題ありません。既に備蓄は十分です」
流石メアリ。こんな状況も想定済みだったらしい。
第三王子しつこかったもんね。何かあるかもとは思っていたのだろう。
「屋敷の者には一月の間一切の外出を禁じましょう」
「私も学園は休むわ。
全員で守り抜きましょう」
「やむを得ません」
「ダメだ。学園には行くべきだ。これはパティの為だけではない。一つの策でもあるのだ。まさか挑戦者達も私の本体が堂々と出歩いているとは思うまい。それにパティが誘拐や襲撃を怖がって引き籠もっていれば、本当に私がパティに取って代わるしかなくなるであろう」
私の本体は当然薬瓶だ。挑戦者達の勝利条件はそれを手にする事だ。だが薬瓶は魔力を遮断された上でユーシャの胸の中だ。私がユーシャを魔力装で覆っておけばユーシャに触れられる者など存在せんのだ。パティもユーシャを介して守れるはずだ。
そしてパティが表に出続ける事で、その度胸を陛下も認めてくれるやもしれん。そうなれば、ただ私への景品とするのも惜しいと考えてくれるやもしれん。私とパティの立場があべこべとなってしまう問題も何れひっくり返せるかもしれんのだ。パティは元々気に入られている。そう分の悪い賭けでもないはずだ。
「……そうね。良いわ。その囮役、私達に任せなさい。
ふふ! 嬉しいわ! エリク! まさかあなたの方からそんな事を言い出してくれるなんて!」
「危険すぎます! お考え直しを!」
「いいえ。良いのよこれで。
なんならちょっと面白くなってきたわ。
そうよね。私が前に出れば良いのよね。
いっそ王を継がされてもすぐに辞めちゃえば良いのよ。
好き勝手やるには力を示すのが手っ取り早いわ」
「何を仰るのです!
そのような勝手な真似が許されますか!
あなたは仮にも王族の血を引く者でしょう!
王の責務をなんと心得るのですか!」
「王位を玩具にしているのは陛下の方じゃない。
大丈夫よ。一兄様に任せれば。私なんかより良い王様になってくれるわ。それこそ責務を果たすというものでしょう。不向きな者が玉座にしがみつくなんて、民にとっても悪夢でしかないわ」
「おい、落ち着け二人とも。話しが逸れておるぞ。
今はそんな事を議論している場合ではない。メアリは早急に従業員達への通達を済ませよ。備蓄も改めて見直すのだ。足りない物が無いか今一度な。敵はどんな手段でくるかわからんのだ。念には念を入れておけ」
「っ! 承知致しました。エリク様」
メアリは一瞬何かを言いかけたものの、どうにか飲み込んで私達の下を立ち去った。
「何故メアリはあのような事を言いだしたのだ?
王族の責務なんぞ、メアリが気にするような事なのか?」
「さあ? どうしてかしら? 私も知らないわ。
確かに言われてみると妙な態度だったわね」
「まあいいか。今は時間が惜しい。
我々も対策会議を始めよう。
というか、その前にお主らも仲直りせよ。
今は距離を作っている場合ではないのだ」
「全部エリクのせいでしょ。
人ごとみたいに言わないでよ」
「勿論私も協力するさ。
とにかくスノウと共に早く部屋に戻って来い」
「はいはい。すぐ戻るわよ」




