02-18.想定外
「う~~~あ~~~~う~~~~」
ユーシャはベットに入るなり、私のお腹に顔面を押し付けて呻き声を上げ始めた。
「本当にどうしたと言うのだ」
「やっちゃったぁ……」
ああ。さっきのはつい我慢できずになのか。
良かった。本気で言っているのかと心配したぞ。
今更全部ひっくり返すつもりなのかと思ってしまった。
「まあそんなこともあるさ。
私も悪かった。折角こうしてまた側に居られるようになったのに寂しがらせてしまったな。良いぞ。今晩は好きなだけ甘えるがよい。私も大概の事は許してやろう」
「う~~~」
唸りながら私を抱きしめる腕に力を込めたユーシャ。
可哀想に。人の言葉を失ってしまったようだ。
「ふふ。こうして自然に抱き合えるのは嬉しい事だな。
パティとジュリちゃんへの感謝を忘れんようにせねばな」
「うぐっ……」
「当然ディアナにもだ。ユーシャとパティに追いつきたいと必死に頑張ってくれたのだ。こんなに早くまた一緒に暮らせるようになったのはディアナの頑張りのお陰だぞ。まあユーシャはそんな事言われずともよくわかってくれておるだろうがな」
「ぐっ……ぅ……」
ふふ。少し虐めすぎたかな?
「大丈夫だ。二人なら必ず許してくれる。
明日一緒に謝ろう。な、ユーシャ」
「うぅ……ぅ……」
呻き続けるユーシャを抱きしめて、ゆっくりと頭を撫で続ける。
「お前は不器用だなぁ。
どうしても我慢できなくなってしまうんだよなぁ。
仕方ないのだ。経験が少なすぎるのだから。
これは私のせいだ。私が教えてやらなかったからだ。
大丈夫だよ。ユーシャ。二人は待っていてくれるさ。
ユーシャが大人になるのをな。だから安心なさい。
今日はもう眠ってしまいなさい。おやすみ。ユーシャ」
「うぐぅ……ぅ……」
そのまま抱きしめ続けていると、ユーシャはいつの間にか寝息を立て始めていた。
結局殆ど話は出来なかった。
まあでも、きっと大丈夫だ。本人が反省しているのだから。
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「……」
「「……」」
あかん。何だこの空気……。
おかしいな。開口一番に謝って終わると思ったのだが。
既に身支度も終えて朝食の席に着いていると言うのに、未だ一言も交わしておらんのだ。
「ごほん。あ~。ユーシャよ。
ほれ、何か言いたい事があったのではないのか?」
「っ!!」
あかん。一瞬真っ赤になって慌てたものの、すぐに下を向いて落ち込んでしまった。
ディアナがそんなユーシャに手を伸ばしかけるも、パティがそっとディアナを引き止めた。
「食事を続けましょう」
パティはそう言って再び口を閉ざしてしまった。
別に怒っているわけでもなさそうだが、パティもパティでなんだか妙な態度だ。ディアナはいつも通りっぽい。ちょっと安心。
「パティ、今日の予定だがな」
「私が応対するわ。
エリクはユーシャの側に居てあげて」
「!?」
キョドるな。
さっさと謝ってしまえばよかろうに。
まったく。仕方のない子だ。
「私はユーシャと共にディアナの側にいよう。念の為守りに徹する事にする。代わりにスノウをパティに付ける。当然中身は私だ。基本的に話すのはパティに任せるが、万が一の時はこちらの判断でも動くぞ」
「任せるわ。そんな心配は要らないでしょうけれど」
「それならそれで構わんさ。
どの道あの爺様も用があるのはスノウにだ。
せめてもの礼儀くらいは示しておこう」
「そうね。別に無駄に関係を悪化させる必要も無いものね」
ただでさえこっちにも問題が起きておるのだ。
これ以上外のいざこざに巻き込まれたくは無いな。
話し合いが何事もなく終わると良いのだが。
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「陛下!? 何故ここに!?」
は?
……え?
…………陛下? このライオンみたいなのが?
いや、ある意味見たまんまなんだけども。
それと一応人間だ。髭とか髪がモッサモサなだけで。
ほわい?
何故陛下がここに?
とにかく落ち着け私。それはもうパティが聞いている。
「愚問だな。パトリシア。
余自らの目で見極めに来たに決まっておろう」
ちくせう。やっぱりか……。
なんだよもう! あの爺様全然役に立たないじゃん!
なんか普通に陛下連れてきちゃったじゃん!
「その方がサロモンを下した少女とやらか。
ふむ。確かに見た目は噂ほどではないな。
どれ。余が見てやろう。力を示してみせよ」
陛下の言葉を合図に、背後に控えていたサロモンが容赦無く火球を放ってきた。
余りの早業に一瞬反応が遅れかけるも、ギリギリで魔力壁の展開が間に合った。火球は陛下の眼の前で停止し、魔力壁の魔力と反応して大爆発を引き起こす。
あ、やっべ。
陛下、死んじゃったんじゃ……。
「ふぉっふぉっふぉ。やるのう、お嬢ちゃん。
まさかこれも止められるとはのう。
完敗じゃ。まことあっぱれじゃのう」
煙が晴れると無傷の陛下と爺様が立っていた。
どうやら向こうも防御魔術が間に合ったようだ。
「ふむ。これが少女の使う特殊な術か。
いや。違うな。こんなもの術とは呼べまい。
少なくとも我々の持つ技術とはまるで異なる代物だ。
少女よ。貴様はどこから来たのだ?」
なんなのだこやつは……。
「陛下! この者は!」
「下がれ。パトリシア。
余の楽しみを邪魔するならば容赦はせぬぞ」
「くっ!」
ほんとなんなのこいつ……。
「私は妖精王。
今はわけあってこの少女の身体を借りている。
私を知りたくば真の私を見つけ出してみせよ。人の王よ」
「なんだと?」
「ちょっと!?」
あかん。パティまで驚いてる。
まあ事前打ち合わせとか無かったからね。
これアドリブだからね。仕方ないよね。
「ふむ。なるほどのう」
爺様だけ合点がいったようだ。
やっぱりこの爺様優秀なのだな。
なら陛下連れてきたのもわざとか?
結局騙すつもりだったのか?
どうにも信用できないな。この爺様は。
「ふっ。ふっはっはっはっは!
良かろう! その挑戦受けて立とう!」
「陛下!?」
パティだけが飲み込みきれていないようだ。
流石の天才少女も今回ばかりは立場が悪かった。
「妖精王。貴様はこの挑戦の結果に何を望む?」
「パトリシアを」
「よかろう。くれてやる。
対価は当然貴様自身だ」
「人の王よ。お前は私の趣味じゃないぞ」
「案ずるな。そういう意味ではない」
知ってるよ。
どうせ私の正体を特定出来た者に私を与えるつもりでしょ。
陛下お抱えの筆頭王宮魔術師を軽くあしらう者が景品なら皆もやる気を出すかもしれないものね。
「期限は一月だ。
それを過ぎたら私の勝ちだ。
以降この屋敷に手を出す事は許さんぞ」
「よかろう。その時は余の名において約束を果たそう。
それまでなんとしても守り抜いてみせるが良い」
陛下はまたふははと笑いながら去っていった。
まったく。嵐のようなやつだったな。
さて。
もう一方の嵐も抑えねばな。
「エリク!! 何勝手な事してるのよ!!」
どうやらパティも気付いたらしい。私の思惑に。




