01-08.配置換え
「お嬢様。お連れ致しました」
「期間限定でお貴族様のメイドにならないか」などという、冒険者に出すには珍妙極まる依頼がその期間の半ばを過ぎた頃、ようやく相手の動きに変化が訪れた。
普段通りに(起こされて)目を覚ました少女が、寝ぼけ眼で身支度を整えた所にメイド長が現れた。
メイド長は「今日から配置換えです」と申し渡すなり、行先も告げずに歩き出した。
少女が慌ててメイド長に付いて行くと、辿り着いたのはこの貴族家のご令嬢の部屋だった。
「あなたがユーシャね。
来てくれて嬉しいわ。
メイド達から話を聞いて会ってみたいと思っていたの。
もう少しこちらへ近づいてくれるかしら?」
どうやらご令嬢は目があまり良くないようだ。
ユーシャの顔を確認しようと目を細めている。
そしてそれだけではない。
朝も早いとは言え、未だベットから出る様子は無い。
肌も青白く、あまり健康的には見えない。
この令嬢は元々体が弱いのだろうか。
それとも、何かの病気に掛かっているのだろうか。
いずれにせよ、本来ならば私を飲むよう唆すべき場面だ。
私にとって最も出会いたかった存在なのかもしれないのだ。
私はこの日この時こそ待ち望み続けていたのかもしれない。
だが今は無理だ。
少女を残して逝くことは出来ない。
こんな敵地ともしれぬ場所で、身勝手に願望を叶えるわけにはいかない。
同じ過ちは繰り返せない。
残念だが諦めよう。
折角の機会だが、また次に期待するとしよう。
本当~に。残念だ。
「ユーシャ。
お嬢様の下へ」
メイド長に促されて、少女は渋々歩き始めた。
ベット脇に辿り着くと、お嬢様はそのベットに腰掛けるようにと少女に告げた。
ビクビクしながら指示に従った少女。
お嬢様は怯える小動物にそうするように、刺激しないようゆっくりと少女の頬へと手を伸ばした。
「ふふ。
とっても可愛らしいのね。
私、あなたの事気に入ったわ。
短い間にはなるでしょうけれど、どうかよろしくね」
えっと……これってそういう事?
ちょっとそっちの方向性は想像してなかったなぁ……。
「ユーシャ。
お嬢様に失礼の無いようお願いします」
そう言ってメイド長は退室していった。
この部屋にはお嬢様と少女の二人きりだ。
どうやら新たな配属先は、お嬢様のお側付きだったらしい。
そんな事ある?
こっちは身元もハッキリしない冒険者だよ?
まさかお嬢様、そこまでお加減が……。
残り少ないからせめて好きなようにって……。
いやいやいや!
それにしたってだよ!
常識的に考えて何もかもがあり得ないでしょ!
「ユーシャ。
服を脱ぎたいの。
手伝ってくれるかしら」
『おい!こら!まてや!!』
「え?」
「!?」
あ、やべ。つい。
慌てて胸元、というか私を押さえる少女。
「今の声は?
ユーシャ?
いえでも、ユーシャの口は動いていなかったわ」
よく見てらっしゃる。目が悪いのに。
仕方ない。このまま黙っているわけにもいくまい。
『我が名はエリク!
ユーシャの守護霊である!
ユーシャに対する邪な行いは断じて見過ごせん!』
「ー!?ーーーー!!!」
少し落ち着け。
「ユーシャのしゅごれい?よこしま?
えっと、ああ。そういう事なのね。
勘違いさせてしまったかしら。
私はただ服を着替えたいだけよ」
『……すまぬ。早合点した』
「ふふ。過保護なしゅごれい?さんね。
まるでお父様みたい」
『まあ似たようなものだ。
私はこの子の保護者でもあるのでな』
「ところでしゅごれいさんは、」
『エリクでよい』
「エリクは男性?」
『いや。どちらかと言うのなら女性だ』
薬瓶に性別があるかはともかく、私自身の自覚としては。
「そう。それは良かったわ。
それじゃあユーシャ、お願いね」
『……動じぬのだな』
「いいえ。驚いているわ。
でもお父様が招いたのだもの。
不思議な事くらい起こるわよ」
何その信頼。信頼?
そのお父様ってどんな人なの?
『お主はユーシャが呼ばれた理由を知っているのか?』
「あら。やっぱり知らないのね。
ふふ。お父様の考えそうな事だわ。
気持ちはわかるけれど、二人も困ってしまうわよね。
エリクの警戒心もその為かしら。
けれど安心して。
何も伝えていないのは、話を広めたくないからでもあるけど、何よりユーシャが責任を負わないようにするためよ」
『どういう事だ?』
「う~ん。
まだ話さないでおこうかな。
つい同情してしまったけれど、やっぱりお父様の判断は正しいと思うから」
『そこまで伝え辛い事なのか?』
「ふふ。ユーシャが私と仲良しになったら教えてあげる。
だからこれからよろしくね。ユーシャ、エリク」
「!(こくこく)」
『まあよい。
明確な理由があると知れただけでも少しは気休めになる。
今はそれで我慢してやろう』
「!!!」
『なんだ。言いたい事があるならハッキリ口にせよ。
まさか私とまで話せなくなったのか?』
「エリク!偉そうだよ!失礼だよ!!
もう黙ってて!!!」
「あら。声も可愛らしいのね。
ふふ。メイド達が噂していたわよ。
ユーシャが一人の時、よく綺麗な音色を奏でていると。
私にも聞かせてくれるかしら?」
「!!?!?!」
一瞬で真っ赤になる少女。
哀れ。あの鼻歌は皆にも聞かれていたようだ。
まあ、歌の巧さは少女の数少ない特技の一つだ。
聴かれた内容自体はそう恥ずかしがるものでもなかろう。
どうやらあの依頼の目的は、このお嬢様と引き合わせるためのものだったらしい。
今日までのメイド教育は、お嬢様の側に置くための準備だったのだろう。
メイド長自らがその任にあたっていたのも、短期間での教育と人柄の見極めが目的と考えれば納得も出来る……か?
いや、そもそも依頼の目的が未だハッキリせぬのだ。
このお嬢様の言う事に何一つ間違いが無いのだとしても、今すぐに安心できるものでもないだろう。
依頼主が真に少女にやらせたい事が何かあるのだ。
しかしそう考えた経緯がまるで想像出来んのだ。
気を遣って責任が発生しないようになどと考えるよりも、早々に目的と経緯を明確にしてほしいものだ。
でなければ、こちらとて信用する事など出来ぬのだから。