02-07.椅子と菓子
「椅子と言うのも存外悪くないものだな」
「突然何の話?」
「いや、な。何時もスノウが、今私がユーシャにしているように、私を膝に乗せるのだ。何時間もそれを続けるものだから、辛くないのかと心配していたのだ。しかしこうしてユーシャを抱きしめてみると私も何時間でも続けていたいと思ってな」
「そう。何時も」
「一々怒るでない。
私がどれだけお前を愛しているか、いい加減伝わっているだろう?」
「うん……ふふ」
「「ちょっと。勉強中にイチャイチャしないでよ」」
綺麗にハモったな。パティとディアナ。
「無茶言うな。ユーシャと密着していて愛を囁かずにいられるわけがなかろう」
「私には我慢させてるくせによく言えたわね!?」
「私は抱きしめるだけだ。ラインは超えん。
それくらいはパティもやっておろう?」
「うん。いっぱいギュッてしてくれる」
ほれみろ。ユーシャを眼の前にして我慢できるはずもなかろう。私も今更抱きしめる程度の事で目くじら立てたりはせんぞ。
「ズルい。
パティ。私にもあれやって」
「ダメよ。ディアナ。今は勉強に集中なさい。
私だってユーシャに絡む時はタイミングを選んでるわ。
ディアナも一緒よ。後でいっぱいその為の時間を取ってあげるから」
「は~い」
「エリク。降ろして」
「なん……だと……」
「パティとディアナ見習う。
今はお勉強。後でいっぱい抱きしめて」
「くっ……」
また先延ばしか!さっきと同じ流れじゃないか!
「ちょっとエリク。
私には普段そんな事してくれないじゃない。
なのに何よその反応。ユーシャばっかり贔屓しすぎよ。
私も恋人なんでしょ? お嫁さんにするんでしょ?
もっと平等に扱うべきじゃないかしら?」
「ディアナには毎日付きっきりではないか。
それに事あるごとに抱き締めておるだろうが。
むしろ勉強中ぐらいであろう。接触がないのは」
何時も手を握ったりなんなりしてくるじゃないか。
私も特に止めること無くされるがままにしているだろうに。
「勉強中も椅子になって」
「スノウが潰れてしまうだろ」
「なんですって!?
私が重いって言いたいの!?」
「いや、常識で考えて二人も乗ったらと」
「ディアナ。エリク。そこまでよ。勉強に戻りなさい。
全員勉強中の過剰な接触は禁止よ。
今すぐユーシャを離しなさい。エリク」
「むぅ……約束したのに……」
「エリク」
「うむ……」
ちくせう。
「ねえ、パティ。
やっぱりちょっと面白くないんだけど」
「そうね。ディアナ。エリクは皆のものだものね。
ユーシャばっかり可愛がるのはよくないわよね」
「ほれ、パティまで乗るでない。
いい加減収拾が付かなくなるぞ」
「あなたのせいでしょ。もう。
ディアナ。後で作戦会議よ」
「そうね、パティ。
もっとエリクに好きになってもらいたいものね」
なんか面倒くさい事になりそう……。
おかしいな。愛しの恋人達が嬉しいこと言ってくれてるだけなのに。どう考えても嫌な予感しかしない。
「エリク、ここは?」
ユーシャはマイペースだな。
一人で勉強に戻っておったのか。
「ここはだな」
私もこっちに集中しよう。
パティとディアナの話は聞かないフリをしてやろう。
なんか堂々と眼の前で作戦会議始めたけど。
後でじゃなかったんかい。結局勉強は再開しないんかい。
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「おい、何だこれは」
「失礼ね。どこからどう見てもクッキーじゃない」
「そうよ、エリク。
私達二人で頑張ったんだから。
そんな言い方しないでよ」
いや、どう見ても概ねは炭の塊……。
何故か生焼けの部分もあるし……。
これどうやって? まさか魔術で焼いたの?
そうだよね。キッチン行ってないもんね。この娘達。
ずっと部屋から出てないんだし。
いや、部屋の中で火魔術はマズいでしょ。
流石に目を逸らしすぎたか……。
「まさかパティにまだ欠点が潜んでおったとは」
「ちょっとどういう意味よ」
「ディアナ、お主味見はしたのか?」
「してないわよ?
エリクにあげるものなんだからするわけないじゃない。
摘み食いなんて」
違うぞ?
味見と摘み食いは全く違うぞ?
むしろ他者に出すものこそ、味見が必須だぞ?
そもそもこやつら、菓子の作り方なんぞ知っておるのか?
いやまあ、知るわけ無いのだが。
だからってこんなものをよく出せたものだ。
「ちょっと待っておれ。
スノウ、ミカゲ、少し付き合え」
「「はい!」」
キッチンを少しお借りしよう。ついでに昼飯も作ってやるか。随分と久しぶりだが、前世の私は自炊もしておったのだ。お菓子作りも心得がある。かっては違うだろうが、それなりのものが出来るだろう。




