02-03.遠隔実験と考察
「うむ。問題ないな。むしろ想像以上だ。
よし。町に戻って良いぞ二人とも。
後は自由時間だ。好きに過ごせ」
「はっ!」
スノウの身体を使った実験は無事成功を収めた。
スノウの目で見る町の外の光景も問題なく私の頭に入ってくる。これはなんとも言えない不思議な感覚だな。人形の方で見る光景と重なることもなく、二つの光景が同時に処理できているのだ。とは言え違和感も無いではない。慣れるまで片方は目を閉じておくのが無難かもしれんな。
実験は焦らず少しずつ進めていくとしよう。
今日はスノウの目と耳と口を借りれただけで十分だ。
これだけでもパティやユーシャとの会話は可能なのだから。
うむうむ。良き良き。
「嬉しそうね、エリク」
「ああ、うむ。
すまんな。集中力を切らしてしまった」
「それより、どうなったのか教えてよ」
「どうと言われてもな。
全て予定通りだ。順調すぎて怖いくらいだな」
何かデメリットとかないよね?
今となってはスノウに悪影響があっても困るなぁ。
あれも私の大切な身体なのだ。精々労るとしよう。
「次は何を試すの?」
「う~む。そうだなぁ……。
遠隔で魔導が使えるかなんてどうだ?
スノウを介して【侵食】でミカゲを操るのだ」
それを繰り返していけば、世界中何処へだろうとアクセス出来そうだ。それに基地局のように各地にユーシャやスノウのような体質の者が用意できれば、世界征服も夢ではないかもしれん。
「その状態で二人が同時に美味しい物食べたらどうなるの?
二倍美味しさを感じられるのかしら?」
「なんだ、もう腹が減ったのか?
昼にはまだ随分と早いぞ」
このお嬢様、腹ペコキャラになりつつあるな。
超回復の影響だろうから仕方のない事ではあるのだけど。
それに美味しい物が食べられる事自体、人一倍嬉しいのだろう。何せ長いこと闘病生活を送ってきたのだ。段々と味の濃くなっていく料理に夢中になるのは無理もない事だ。
「意地悪言わないで答えてよ」
「なら今日の昼にでも試してみよう。
実験台は私とディアナでも問題あるまい。
ついでにディアナの身体で感じる味と私の身体で感じる味に違いがあるのかも確認してみよう」
そういえば、スノウの視界から見えている情報は私の視界とも差がないのだな。これはスノウに限らない。ユーシャやパティ、ディアナとですら同様だ。最初こそ違いはあったが、魔力を流している内に段々と近付いていった。今では殆ど差が無いくらいだ。
私のこの身体は人間以上に高い視力を備えているはずだ。そしてそもそも薬瓶の時から視覚はあるのだ。更に言うならディアナ自身は視力が悪いのだ。つまるところ傀儡対象の眼の機能は関係が無いのだろう。
たぶん私がものを見る仕組みは、私自身の機能によるものなのだ。別にスノウの脳みそや眼球から情報を得ているわけではないのだと思う。
そして魔力抵抗が強い内は共有できる感覚にも違いが出る。そもそも共有できなかったり、共有できても情報量に差があったり、そこはまちまちだ。個人差がある。そしてそれは魔力抵抗と共に段々と無くなっていくのだ。
ならば味覚はどうだろうか。
流石に薬瓶には味覚が存在していない。今感じられるものはこの身体に備わった機能によるものだと思っていた。けれどもしディアナの身体で感じる味覚と差がないのなら、元々私には味覚が備わっていた事になる。存在していないのではなく、例えば一度瓶を開封して中に入れないと感じられなかっただけなのかもしれない。
「面白そうね♪
良いわ!協力してあげる♪」
「うむ」
つくづく、まだまだわからない事ばかりだな。
私の新たな身体の機能も使いこなしきれてはいないし、あまり机に齧りついてばかりいないで色々試してみなければな。
こういう時、パティがいればまた違うのだろうが。
パティならば次から次へと提案してくれるはずだ。きっと次に会った時にはまだ試していないのかと言われてしまうだろうな。なんだかその光景を思い浮かべると少し癪だ。言われずに済むよう備えておくとしよう。
そういえば【傀儡】もいい加減呼び分けるべきか。
今回の実験で改めてわかった事もある。
スノウとユーシャに対するものは他者とは別物だ。
そして、呪いの人形に対してもまた違うものだ。
今まで試して中で明確に異なっているのは四種類だ。
呪いの人形、ユーシャ&スノウ、人間、無機物。
呪いの人形は【憑依】だ。そう名付けよう。
私が憑依する側だが。まあ良いだろう。
これが一番深くまで潜り込めるようだ。
私の意識までもが取り込まれ、仮の本体とする事が出来る。
ユーシャとスノウはどうだろうか。
意識までは入れない。あくまで出来るのは感覚の延長のような事だけだ。ならば【拡張】か?
いや、それは本質的ではないな。
感覚の延長はあくまで副次的なものな気がする。
そもそも他の人間とも変わらない。魔力抵抗の有無で差があるだけだ。馴染んでいけばそこの違いも少なくなるのだ。
なにか、そう、眷属にしているとでも言うのだろうか。
吸血鬼が使い魔のコウモリを操るようなそんなイメージだ。
ユーシャとスノウは既に私の眷属だ。
眷属の身体は相手の抵抗を許さず一方的に操る事が出来るし、距離を問わずに感覚を共有する事も出来る。ならば【眷属化】と【支配】と言ったところか。
眷属化の方は詳細がわかっていないから使いこなせはしないが、少なくとも大量の魔力を流す事で実現出来る可能性は高い。とは言えそれだけとも言い切れない。
ユーシャは特殊な肉体を持ち、スノウは呪いの人形と融合している。それぞれ普通の人間とは異なるのだ。それにスノウの記憶喪失の件もあるから無闇に試すわけにもいかない。
まあ、幸いお誂え向きの実験台は既にいるのだ。
このままディアナに少しずつ流して確かめてみるとしよう。
治療を続ける以上はやむを得ない事だしな。
もし首尾良くディアナが私の眷属となったなら、次はパティにも施そう。その後はミカゲか。メアリは……まあ追々考えようか。
人間の場合は変わらず【傀儡】でいいか。
無機物も同じかもしれん。感覚共有の有無はあれど、出来る事はそう変わらんのだ。
やはり【支配】は【傀儡】とは別物だ。最も違うのはその繋がり方だ。何か目に見えない繋がりがあるのだ。しかも有線接続だ。それも距離や障害物は関係無い。眷属以外は無線接続で近くにいる者達だけを操れるに過ぎないが、眷属化した者達はどこであろうと繋げられるのだ。と思う。
ユーシャとスノウに違いがあるのはユーシャと繋がった線が一時的に断たれているからだ。おそらく意識的に繋がりを維持しないと線が抜けてしまうのだ。この問題はどうにかして解決したい。
一つ可能性があるとしたら、アドレスの問題かもしれない。
ユーシャの側に私の眷属を放てば今すぐにでも繋げられるのやもしれない。目視確認で再接続が可能なのではなかろうか。まあ、焦らずとも週末まで待てば繋ぎ直せるのだが。とは言え眠ってしまえば途切れるのだ。やはり再接続の方法は確立する必要がある。
もしくは、そもそも断線を回避する方法を見つけるかだな。
これが訓練でどうにかなるのか、なにか別の仕掛けを考える必要があるのか。
何にせよ、当面はこれを最優先課題としよう。私にとってユーシャとの繋がりの維持は何よりも大切な事だ。
人間以外の動植物はどうだろうか。これも試してみよう。
猫でも捕まえて私の眷属にしてはどうだろうか。
この際、鳥やコウモリでも構わない。
そうして眷属が増やせれば、別に人間を基地局扱いする必要はない。もっと手軽に世界を埋め尽くせるはずだ。ユーシャが何処にいようとも見つけ出せる。パスも繋ぎ直せるはずだ。
ただし容量の懸念もある。
前の人形の時は触覚が存在しなかった。同じように猫や鳥では限界があるかもしれない。視覚と聴覚だけでも共有出来れば十分かもしれんが、遠隔魔導は無理かもしれない。そもそも人間で出来るかも確認してないから、そこはまだ考えても仕方ないのだけど。
まあ、続きはスノウ達が帰ってきてから試すとしよう。
今日はもう休みだと告げたのだ。余計な事はするまい。
どうやらミカゲはスノウの記憶を取り戻させたいようだし。
今は記憶探しの為に町中を歩き回っているようだ。
「スノウ。これはどうだ?
何か思い出さないか?」
ミカゲが二人で見た事のある品を指しては聞いていく。
スノウはただ黙って首を横に振るだけだ。
スノウの視覚と聴覚を借りているだけの私には表情を確認する事は出来ないけれど、きっとスノウは少し悲しそうに微笑むだけだろう。よくそんな表情をしているからな。
おそらくスノウはミカゲを悲しませる事自体が悲しいのだろう。思い出せない事を気にしているわけではなさそうだが、ミカゲの様子には心を痛めているからな。思い出せずとも何か感じるものはあるのだろう。
仕方ない。二人の事は極力離さずにいてやろう。
精々私の役に立つ事だな。代わりに私が守ってやる。
さて。そろそろ覗きは止めておこう。
あまり悪趣味な事はするものじゃない。
それにディアナの勉強にも集中せねば。
まだまだこちらも先が長いのだ。
気を抜かずに頑張ろう。




