02-02.はじめてのおつかい
「ミカゲ」
「はい!主!」
メアリの教育は順調のようだ。
エルミラ改め、ミカゲは、私を主と慕ってくれている。
きっと再びスノウの同僚となれた事が嬉しいのだろう。
この二人、いったいどういう関係だったんだか。
まあ、今更関係も無いな。
スノウにはフラビアの時の記憶が無いのだ。ミカゲがそれでも嬉しそうにしているんだから、今更穿り返すべきではないだろう。私にだってその程度の気は遣えるのだ。
「スノウと二人で町の外まで出てみてほしい。
少しばかり試したい事があるのだ。
任されてくれるかね?」
「はい!主!お遣いですね!仰せのままに!」
こやつ、そのまま逃げたりはせんのだろうか。
せんのだろうなぁ……。
なんか普通に楽しそうだし。ここの生活。
まあそりゃそうだよな。
任されてる仕事なんてスノウの補助だけだもの。
そのスノウ自身、まるでユーシャのように私の側にくっついているだけだ。スノウの仕事だって私の世話係でしかない。
そして私は勉強と修行漬けの毎日だ。
ディアナのを見ることも多いが、それ以外の時間も基本的に自分の勉学にあてている。自然と動きも少なくなり、スノウのやるべき事も限られる。ハッキリ言って、椅子係とか背中流し係とかくらいしかやることがないのだ。
というかスノウのやつ、タフすぎんか?
私が常に魔力を流しているから薬漬け状態なのもあるが、毎日毎日私を膝に抱えているだけなのに弱音一つ吐くことがないのだ。
今の私は人形ではない。普通の少女と変わらぬ体格だ。
そんな大荷物を抱えて殆どの身動きが封じられているのだ。半端なストレスでは済まない筈だ。エリクサーは体力的な苦痛を軽減してはくれるだろうが、精神の方はそうではない筈なのだ。
動きがあるとしても、時たま嬉しそうに私に頬ずりをしてくる程度だ。それ以外で殆ど身動ぎもせず私を後ろから抱きしめている。
仕事が少ないとは思ったが、間違いなくハードな仕事ではあるだろう。ただ側に控えているだけのミカゲも同様だ。やることが無いと言うのも、それはそれで苦痛を伴うものだ。
だから、たまには身体を伸ばさせてやらんとな。
こやつ、指示せんと永遠に引っ付いてそうだし。
それでは流石に身体も鈍ってしまうだろう。
一緒に訓練もしているとはいえ、私の訓練は筋肉を付けるためのものではないから、人間であるスノウには色々不足しているはずだ。
その辺はミカゲに調整を頼んでみよう。こやつは本来スノウの付き人なのだ。スノウのメンテを率先してやってもらわんとな。私の勉強中にでも二人で身体を動かしてもらえば丁度良かろう。後でメアリとも相談してみるか。
そうなるとディアナの勉強を見ている時が一番か。
ああいや、あの時間のメアリはミカゲを鍛え直しておったのだったか。取り敢えずそこにスノウも混ぜてもらおう。メアリならば上手く取り計らってくれるだろうし。
まあなんにせよ。
取り敢えず今日の所は休みだ。強制的に。
主の私がそう決めたのだ。奴隷の二人には従ってもらおう。
「町の外に出る事だけ試してくれれば、後は何をしても構わん。今日一日、好きに歩き回ってこい。ただし夕刻まで戻る事は認めんぞ。
そうだ。小遣いもやろう。私もそう大した額は持っておらんが、無いよりは良かろう」
ユーシャが私用にと置いていった財布から、適当に金貨を何枚か渡してみる。大した額はとか言ってしまったが、結構入ってるなこれ。どうやらユーシャは渡されたお給金を丸ごと私に渡してきたようだ。あの子はやる事が極端すぎるな。お金に興味がないわけでもないのに。まあいい。その話はまた今度だ。今は有り難く使わせてもらおう。
そうだ。どうせなら私も冒険者になってみようか。
ディアナの治療が落ち着いて、王都に移住して、ディアナの勉学をパティに任せられるようになれば、私にも多少の自由時間は出来るはずだ。別に何日もディアナの側を離れるわけじゃない。日帰りで少し依頼をこなすだけだ。その程度ならどうにかなるだろう。私もユーシャの財布を重くしてやろう。きっとあの子も喜ぶだろう。うむ。
「多すぎです!主!」
「別に使い切らんでもよい。
好きに貯めておけ。何れ逃亡資金にでもすればいい」
「逃亡など!滅相もございません!
我が忠誠は永遠です!」
ミカゲ、変わったなぁ。
あの生意気な態度はどこへいったのか。
名前と一緒に捨ててしまったのだろうか。
「お主、メアリから普段どんな教育を受けておるのだ?
そんな大げさな忠誠心は要らん。
別に一生こき使ってやろうなんざ考えとらんのだ。
お前達の罪の精算が済んだなら自由をくれてやる。
だからその時の為に取っておけ」
「ならばやはり受け取れません!
どうか末永くお側に置いて下さいませ!」
「要らん!
私に従者なんぞ必要ない!」
「何でもします!
愛玩人形でも構いません!」
「もっと要らんわ!
ええい!忠誠を語るならば私の言葉に従え!」
「それはそれです!」
まったく……。
どいつもこいつも、私の言う事なんざ聞きやしない。
「とにかく命令だ。
今日一日、好きに遊んでこい。
私を安心させるためにこれだけは聞き入れよ」
「はっ!我が主!」
ミカゲは金貨を一枚だけ受け取ると、スノウの手を引いて退室していった。
「ふふ♪
苦労してるわね♪」
黙って成り行きを見守っていたルームメイトが笑いかけてくる。
「ディアナよ。主を代わらんか?
お主なら主の立場もよくよく理解しているのだろう?」
何せ生粋のお嬢様なのだ。
生まれた時から人を使う立場なのだ。
今更一人二人増えた所でそう変わるまい。
「ダメよ。スノウとミカゲはエリクを主と慕ってるの。
そんな風に投げ出さないで、ちゃんと向き合ってあげて」
「別に投げ出そうとしてるわけではない。
永遠の忠誠とか普通に要らんだろ」
そこまで他者の人生に責任を持つつもりはない。
あやつらは伴侶である三人とは違うのだ。ミカゲの場合は特にだな。スノウには身体や記憶の問題もあるから、一筋縄ではいかんかもだが。
「まあそうね。
エリクは優しすぎるのよね。
いえ、優しいというよりお人好しね。
けどその考え方は主としては相応しくないわね」
なんだか一家言ありそうな物言いだ。
ここは一つ、良き主の在り方でもご教授頂くとしよう。
「私の何がマズかったと言うのだ?」
「もっと素直に使ってあげなさい。
そうでなきゃ、二人だって困ってしまうわ」
「使うと言ってもなぁ。
別に困っている事など無いのだが」
「それでも何か考えてあげるのが主の務めよ。
少なくとも、二人が一人前になるまではね」
確かに最初から敏腕執事のような真似は出来まいが……。
ぶっちゃけ面倒くさいなぁ。
別に私、雇用主がやりたいわけでもないし……。
いやまあ、やはり自覚は足りないのだろう。
奴隷を持つ者としての。人を使う者としての。
他者の人生に責任を持つという自覚が。
これはよくないな。私には嫁が三人もいるのだ。
一事が万事だ。片方が疎かなら、もう片方の程度も知れるというものだ。同じに思う必要は無いが、同じくらい大切にしてやろう。そう覚悟を決めるべきなのだろう。
「ディアナはそれで良いのか?」
「流石にもう言わないわよ。
エリクが浮気してるなんて思ってないもの」
「そうか。信じてくれるのか。
わかった。ならばもう少しだけ踏み込んでみるとしよう」
「そうね。その意気よ。
私も仲良くさせてもらうわ♪」
「長い付き合いになるだろうからな。
それが良かろう」
「あら?
もうそこまで覚悟を決められたの?」
「いいや。そうでもない。
ただ言葉だけでも開き直る事にしたのだ」
「ふふ♪
エリクのそういう素直な所、大好きよ♪」
「からかうでない」
「照れちゃってか~わい♪」
「やめんか。
そうだ。暇なら勉強でも見てやろう。
ほれ、早速始めよう。こちらに来て席に着け」
「何時もの勉強の時間にはまだ早いじゃない!
朝くらいゆっくりさせてよ!」
いや、もう十分ゆっくりしたでしょ。
朝食もとっくに済ませてあるんだし。
それに早いって言っても、精々三十分くらいだし。
どの道もうすぐ、一限目の時間だし。
「そろそろ朝の時間も勉強に充てても良いかもしれんな。
ディアナも随分と元気になったようだ」
今後は朝練的なやつも始めましょう。
朝食前に少し慣らす程度に。
「意地悪エリクは嫌いよ!」
「お主、本当に首席を取るつもりがあるのか?
お主こそ、覚悟が足りておらんのではないか?」
約束が果たされねば、結婚は出来ぬのだ。
そこんとこ、ちゃんと自覚しているのだろうか。
「くっ!」
良かった。自覚はあったようだ。
今度は諦めて席に着いてくれた。渋々だけど。
「よし。始めよう。
先ずは昨日の続きからだ」
ディアナと完全に二人きりなのは珍しい。
後で勉強を多めに頑張ったご褒美に、たっぷり甘やかしてやるとしよう。ふふふ♪
ああでも、スノウの方も忘れぬようにせねば。
今ようやく領主邸を出た所かな。
やはり距離感はなんとなくわかるな。
どういう仕組だかはわからんが、スノウとは何か繋がりがあるようだ。
逆にミカゲはダメだ。少し魔力を流しておいたが、それも途切れてしまった。普通に流す分には距離も関係あるようだ。これは単純に、私の魔力操作の有効範囲がこの領主邸の敷地内程度という事でもあるのだろう。結構広いな。出来る事は多そうだ。そっちもそっちで視覚に頼らない方法を色々試してみるとしよう。
スノウだけでなく、ユーシャも同じかもしれんな。
とは言え、ここからユーシャに魔力を流すイメージは難しい。
そもそも何処にいるかもわからんのだ。
今度戻ってきた時は繋がりを意識してみよう。
最初から繋げ続けていれば、途切れさせる事無く維持できるかもしれない。
今もスノウとの繋がりが維持できているのと同じように。
感覚共有も出来るだろうか。
何度か試してみた結果、スノウに意識ごと入り込む事は出来なかった。
出来たのは感覚の共有だけだ。
流石にそこは人形とは違うようだ。
もしくは、私の練度不足という可能性もあるが。
取り敢えず、後でスノウの視界も覗いてみよう。
これをユーシャとも出来れば何時でもパティには会えるのだ。
至急研究と練習が必要だ。次の週末までには習得しておきたい。
ふっふっふ♪
次にユーシャと会う時が増々楽しみになったな♪




