02-01.二人目
「エルミラを?
奴は要らんぞ?」
いきなり何を言い出すのだ。
この元メイド長は。
私はディアナと二人で勉強中だったのに。
わざわざ別室に呼び出して何事かと思ったぞ。
「エリク様」
「ならん。ダメだ。
ダメなものはダメなのだ。
そんな目で見られてもな」
受け入れたら受け入れたで、今度はディアナにそんな目を向けられるのだ。理不尽すぎるだろう。
「どうかお考え直しを」
面倒な。
何故今回に限って食い下がるのだ?
「まさか奴に気を遣っておるのか?」
「違います」
本当か?
こやつ、何だかんだとお人好しだからな。スノウに忘れられて悲しんでいるエルミラを見ていられんかったのだろう。どうせそんな理由に決まっておる。
「なあ。メアリよ。
私の立場も少しは考えてくれ。
唯でさえ、スノウの件で顰蹙を買ってしまったのだ。
これ以上、あの子達を失望させたくはないのだ」
あの日は酷い有様だった。
本当に、昼から始めて朝まで寝かせてもらえなんだ。
嫁会議のせいで。まるで裁かれる被告人扱いだった。
まあ、ちょくちょくイチャついていたせいでもあるけど。
あの調子じゃ、翌日旅立ったパティとユーシャは、お貴族様パワーで用意してもらった快適な馬車の中で寝こけておっただろうな。どうりでパティが旅慣れしてないわけだ。まさか学園に帰るのにあんなゾロゾロと兵士達を連れて旅に出るとは思わなんだ。一人旅が認められていないとは言っていたが、まさかあそこまで極端とも思わなんだ。
いやまあ、そもそも旅って程の距離でもないけど。
王都、この町からならそんな離れて無いし。
今度は私達もあれやるんだろうか。ちょっと鬱陶しそう。とは言え、ディアナに歩き旅をさせるわけにもいかんか。メアリとスノウに御者やらせて、四人だけの旅とかにならないかな?無理か。あの心配性なお父上が許す筈も無いし。
「良き心がけです。
エリク様にしては」
「おい」
なんだこやつ。刺々しいな。
最近私の扱い悪くないか?
「しかし、どうせ口先だけでございましょう。
むしろそのお姿でよくぞ口に出来たものです」
「……違うのだ。
別に私が頼んだわけではないのだ」
スノウは事あるごとに私を膝に乗せるのだ。
最近、座る時はこの状態が基本形態だったのだ。
だからちょっと忘れてたのだ。端からどう見えるのか。
そもそもだ。
これはパティ達が言い出したのだ。
スノウをぞんざいに扱うのは許さないと。
だからこれは仕方がないのだ。
私はスノウの自由意思に任せているだけだ。
私が椅子になれと命じたわけではないのだ。
「良いではありませんか。エルミラも所有してしまえば。
エリク様の好みからすると少々歳はいっているようですが、それなりに容姿も整っています」
「おい待て!
私は別に顔採用などしとらんぞ!」
あと誰がロリコンだ!
「そうでしたか?
それは失礼致しました。
あまりに見目麗しい少女ばかりを侍らせていらしたので。
私はてっきり、エリク様はハーレムをお望みなのかと」
「望んどらんわ!勝手に増えただけだ!
そもそもパティもディアナも押しかけてきたのは向こうからであろうが!」
ディアナはパティに誘われたのがキッカケだから、押しかけてきたってのも変だけど。
「スノウはエリク様御自身が望まれました」
「こやつの身体に用があるだけだ!」
「えへへ♪」
「エリク様……」
「違うぞ!?
魔導の実験台だぞ!?
妙な意味は無いぞ断じて!」
早くも色々行き詰まってるから、ぶっちゃけ最近は実験なんぞ殆どしてないけど。仕方ないのだ。今はまだ、スノウを一人で目の届かぬ所にやるわけにはいかんのだ。遠距離実験も早く始めたいのだがな。
この調子だとディアナの復調の方が早そうだ。そうなれば、我々も王都に向かう事になる。まあ、スノウをパティの下へ送り込むと考えたのは、あの話の前だったからな。パティも私の気持ちを汲んで提案してくれたのだろう。
「なるほど。そのようなプレイがお好みと。
エリク様は相手の自由を奪って隷属させたいとお考えなのですね。ならば丁度良いでは有りませんか。どうぞ、是非エルミラもお加え下さいませ」
「おい!それは目的見失っとらんか!?
お主まさか厄介払いしたいだけなのか!?」
「実はその通りなのです。
当家では扱いきれぬのです」
まさかそこまで言うとは。
何か本当の厄介事なのか?
裏ギルド?それとも第三王子?
「何があった?」
「エルミラの割った壺の数が二桁に突入致しました」
「は?」
「壺だけではございません。
ランプも食器も掃除用具まで、ありとあらゆるものが破壊されてしまうのです。本人は至って真面目なのですが……」
ドジっ子なの!?
あの人一応前職暗殺者チックなやつでしょ!?
そんな不器用でやれるものなの!?
「だからって何故私に押し付けようと思ったのだ?
兵士にでもすれば良かろう」
巡回ぐらいは出来るだろ。
人探しは得意なようだし。
「メンタルが弱すぎます」
「そんな奴要らんわ!」
何でこっちに押し付けようと思ったの!?
私この家のお嬢様の婚約者よ!?
私の従者って事は何れお嬢様に仕える事になるんだよ!?
そんな不良債権回してどうするの!?
「エリクさん」
無言で椅子に徹していたスノウが私の名を呼んだ。
「なんだ、スノウ?」
こやつから話しかけてくるとは珍しい。
記憶喪失の影響か、立場を弁えているからか、単に私と接する時間が長くて満足しているだけなのか、理由は定かではないがスノウは以前と比べて随分物静かになったのだ。
普段は精々笑い声くらいしか聞かないくらいだ。
「あの人の事気になるの」
まあそれはそうだろうが……。
何せスノウからしたら初対面でわんわん泣かれた相手だし。
自分の記憶喪失を悲しんでくれた相手だ。
無下にはしたくないのだろう。
だがなぁ……。
「ならば遣いを頼もう」
「パティの下へ送ろうとでも?」
「押し付けてしまえ」
ユーシャの仕事増えるかなぁ……増えるよなぁ……。
ユーシャどうしてるかなぁ……会いたいなぁ……。
「流石に難しいかと。
学園のある王都は」
前の雇い主である第三王子とか、古巣の裏ギルドとか、色々面が割れている相手もいるのか。
「なんとかならんか?
エルミラは覆面しておったろ。
案外素顔は知られとらんのでは?」
そもそも、第三王子とかとっくに学園卒業してる年齢だろうし、学園付近での活動だけなら心配要らんのでは?
と言うか、後数ヶ月後には我々も向こうに行くのだぞ?
エルミラを加えると言うならどの道避けては通れんのだぞ?
「いえ、そういう話ではなく。
彼女一人では辿り着けないのでは。と」
「は?」
え?
そこまで?
「今の彼女は買い出しも満足にこなせぬのです。
おそらく一人旅など不可能ではないかと」
「……知らんがな」
と言うかもう買い出しとか任せてたんだ……。
経歴的に色々問題もあるだろうに。
随分とおおらかなのだなぁ……。
今のって事は、本来のエルミラはそうじゃないのか?
スノウ、いや、フラビアの事が悲しすぎて集中出来てないだけとか?
だとしてもだ。
ほんと。私にどうしろってのさ……。
「仮にだ。
私の側付きにするとしてだ。
当然、メアリが教育を続けてくれるのだな?」
「はい。出来る限りの事は致します」
「わかった。
ならば奴はスノウの世話係だ。
スノウが求めたなら従ってもらう。
それ以外の仕事は取り敢えず無しだ。
後でパティに考えてもらうとしよう」
「結構です。
感謝致します。エリク様。
早速手配させていただきます」
なんだ?
なんか、やけに嬉しそうだな。
これ単に、メアリがエルミラを気に入っただけなのでは?
王都へ行く際に連れて行きたいと思っていたのでは?
無理やりねじ込む為の口実だったりせんだろうか。
実は全部嘘だったりはするまいな?
「エリク様。
どうかエルミラにも新たな名をお与え下さい」
「本当にまた奴隷契約を結ばせるつもりなのか?」
「はい。
全て準備は整っています」
「それはディアナへの報告も込でか?」
「いいえ。
お嬢様への説明はエリク様にお任せ致します」
こんにゃろ。
いや、わかってたけどさ。
わざわざ隣室に呼び出して相談してきたのだし。
ディアナには内緒にしたかったのだろう。こんにゃろ。
「実は私とディアナの仲を割く為の罠とか言わんよな?」
「だとしたらその答えを口にする事は無いでしょう」
「おい」
「冗談です。
何も企んでなどいません」
ほんとかなぁ?
これで嘘だったら信頼関係ヒビ入るよ?
流石にないだろうけども。




