01-71.後始末
「ぁぁああ~~~」
ごくらくだぁ~~~。
「何だかエリク、お爺さんみたいよ?」
「仕方なかろう。
久しぶりの風呂なのだ。
全身で味わうなど数百年ぶりなのだ」
しかもふかふかクッション付き。
こんな姿をユーシャに見られたらなんと言われる事か。
「えへへ~」
こやつも背もたれにされているだけで嬉しそうだ。
どうやらスキンシップが好きらしい。
実験中もこんな反応を示していた。
「何でその子なのよ」
「パティが代わってくれるのか?」
「私はこっち」
遅れて湯船に辿り着き、私の前に座って背中から寄りかかってきたパティ。
「うむ。苦しゅうない」
後ろからパティを抱きしめてみる。
うむ。極楽極楽。
「ふふ。なによそれ」
パティも嬉しそうだ。
やっぱちょろいな。こやつ。
「ふひ」
私とパティに押し潰されたフラビアが笑みを零した。
私の胴に回された腕にも少しだけ力が込められた。
「遠慮せず好きに抱きしめて良いぞ」
既にフラビアの戒めは解いてある。
魔力こそ流し続けてはいるものの、今は自分の意思で動かせる。
「うん!」
腕の締め付ける力が大きく増した。
私の身体は頑丈だ。普通なら苦しいと思うかもしれんが、むしろこれが心地良いくらいだ。よきよき。
「なにイチャイチャしてんのよ?
ユーシャに言いつけるわよ?」
「何だ?
物足りないのか?
もう少し力を込めても良いのか?」
「少しだけよ」
こちらは加減せねばな。
パティの肉体を傷つけるわけにはいかんのだ。
「ふふ。良い感じ♪」
「うむ。このくらいだな。
覚えておこう」
「忘れちゃダメよ。
私の好み」
「忘れぬように今日は沢山抱きしめさせてもらうとしよう」
「うふ♪
そうそう♪その調子♪」
「愛してるぞ。パティ。
お主と離れるのが辛くて堪らん。
だからフラビアを使いたい。
こやつを通してお主の側に居続けたい。
どうか理解しておくれ」
「……反応に困るわね。
そんな事を企んでたなんて」
「流石に学園までは無理があるだろうか。
少なくとも『魔力を流す』として考えるなら無理筋だな。
だが何かパスのようなものがあると考えれば話は違う。距離に関わらず繋がりを維持できるような何かだ。そんな何かが存在するなら、私の思いつきは上手くいくはずだ。これは試さずにはおれんだろう」
「パス……どうかしらね……」
「パティと直接繋がれれば検証も捗りそうだがな」
「やってみたら?」
「バカを言うな。
お主まで記憶を失ったらどうするのだ」
「ああ。その問題があったわね」
「私はフラビアが欲しい。
パティの側に居るために。
それが本心だ。信じておくれ」
「だから反応に困るってば。
だいたい、そういう事この子の前で言うのやめなさいよ。
わざと悪辣な態度を取ってるのかもしれないけど、正直気分が良くないわよ」
「必要な事だ。
私はフラビアの主で持ち主だ。
それを徹底せねばならん。
同じ間違いを犯させるわけにいかん。
この子に次などないのだ。
いい加減、領主様も見過ごせんだろう」
「だからって厳しくしすぎてもダメよ」
「よかったな、フラビア。
パティママは優しいぞ」
「えへへ♪うん♪」
「ちょっと。
どう見ても私の方が年下じゃない」
「わからんぞ?
本人すら覚えておらんのだ。
案外と幼いのかもしらんぞ?」
「エリク」
「いや、パティの方が若いな。ぴちぴちだ」
だからつねるな。別に痛くもないけど。
「まったくもう。
それより、いい加減名前考えてあげなさいよ。
フラビアって呼び続けるわけにはいかないんだから」
「新しい名かぁ……ブランでどうだ?」
「意味は?」
「白だ。記憶がまっさらだからな」
「もう少し捻りなさい」
「むぅ……」
「ブランでいいよ?」
「ダメよ。そんな適当に決めちゃ。
名前は大切なんだから」
「そんなに拘る必要あるか?
何れは記憶だって取り戻すかもしれんのだぞ?」
「ダメ。考えなさい」
「う~む……ならば"スノウ"だ」
「意味は?」
「雪だ。
私の故郷では白く美しいものとして親しまれていた」
白銀の雪景色とも言うものな。
私とも相性が良さそうだ。
こんな事知られたら嫉妬されそうだから言わんが。
「それがいい!」
「まあ悪くはないわね。
私も好きだし」
「えへへ~」
む?
こやつ、私でなくとも照れるのか?
なんかちょっと面白くない。
私だけに懐いてるのだと思ったのに。
褒められれば誰にでも心を開きそうだ。
気をつけねば。横取りされては適わんからな
「さて。そろそろ出るか。
今日はやる事が多いのだ。
あまりノンビリもしておれん」
「そうね。少し長居し過ぎたわ。
きっと叔父様も待ちかねているはずよ」
「それはいかんな。
行くぞ、パティ。スノウ」
「ええ」
「うん!」
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「以上が事の顛末となります。
誠に申し訳ございません。
此度の件も私の落ち度でございます」
私は領主様に殆ど全てを話した。
スノウの執着対象が私であると知っていた事。
暴走の原因には私の人形が関わっている事。
私の前の身体はスノウと融合してしまったらしき事。
パティには止められたが、私の良心は既に限界だった。
かと言って、本当に何でもかんでも話すわけにもいかない。
そもそも専門的な事を話しても理解を得るのは難しい。
だから全部とは言っても大枠だ。ざっくりした流れだ。
「ふむ……」
やはりパティの言う通り止めておくべきだっただろうか。
どうやらお父上は飲み込みきれていないようだ。
そりゃそうだ……。
半端に伝えるのもかえって迷惑を掛ける結果にしかならなかったのかもしれない……。
「話はわかった。
少なくともエリク殿の要望については。
そのように取り図ろう」
「よろしいのですか?」
「どうか気になさらず。
今回、貴殿が事件の原因に関わっている事は承知した。
しかし当家が貴殿の世話になってきた事実は変わらない」
結局また気を遣わせてしまった。
「そして少なくともフラビア、いや、今はスノウだったか。
スノウがこの地を訪れた理由に貴殿は関係が無い筈だ。であれば真の発端は別にある。スノウが貴殿に執着を抱いたのも、元はと言えば我々の事情に貴殿を巻き込んだが故だ。
こちらこそ幾度もこの国の思惑に巻き込んで申し訳ない」
「いえ……」
あかん……。
遂には謝られてしまった……。
やっぱりユーシャと私の関係も明かすべきではなかろうか。
その真の発端とやらも、我々に関係があるのだ。
それに妖精族という設定も真っ赤な嘘っぱちだ。
嘘や隠し事が多すぎなのだ。
もう少し誠意を見せるべきではなかろうか。
だからと言って薬瓶の事までは明かせない。
どうやっても半端にならざるを得ない。
だから嘘を徹底するのも必要なことだ。
それはわかる。わかるのだが……。
「エリク。また妙なこと考えてるわね?
いい加減しつこいわよ。何度も説明したでしょ。
素直に叔父様のお言葉に甘えなさい。
どの道、今更スノウを手放すわけにはいかないんだから」
「そうですね……。
どうかよろしくお願いします。領主様」
「うむ。
即刻手配しよう。
他に何か望みはあるかね?」
「叔父様。お願いがあるの」
「なんだい?
パトリシア」
「ディアナの体調に不安が無くなった時点で、四人で暮らすのを認めて欲しいの」
「……ああ。来年度からではなく、という事だね?」
「ええ。
向こうでなら私も勉強を見れるから」
結局殆ど直接は見れなかったからな。
今の調子ならば後二月程もあれば十分だろう。
それならば随分と余裕が出来そうだ。
「よかろう。
ただしその時はメアリを連れていきなさい。
それが条件だ」
え?
「ありがと♪
嬉しいわ♪叔父様♪」
マジか……メイド長まで……。
いや、別に嫌ってるとかじゃないんだけどさ……。
まあ心強いか……。
「それと、メアリにはスノウの教育も任せたいの」
「ああ。構わん。
既にメアリのメイド長の任は解いてある。
今日からはお前達の好きに使うと良い」
「メアリから何か?」
「うむ。本人たっての希望だ。
今朝早くにな」
あれ?
もしかしてそれ私のせい?
私が不安にさせたから?
あれですか?
私には保護者適正無しって見限られたんですか?
なんかごめん、メイド長……いや、元メイド長。
でもやる事極端すぎません?
普通、先に相談くらいしません?
まあ、ユーシャもディアナも喜ぶだろうけどさ。
「ふふ♪
楽しくなってきたわね♪」
同意を求めるな。
私としては少しばかり複雑なのだ。
保護者のプライド的な意味で。
我ながら度量が狭いとは思うが。
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「という事があったの。
メアリとスノウをよろしくね♪」
「「……」」
「おい。何故私をそんな目で見るのだ?」
パティの作戦、全然ダメではないか。
折角奴隷契約まで済ませてから打ち明けたと言うのに。
明らかに不信感満載の視線を向けられておるぞ?
「へぇ~?ほぉ~?
朝どころか昼帰りを決め込んだ挙げ句、奴隷に?
いったい何してたのかしらね~?」
「何だその言い草は!
寝ずの番をしておっただけだろうが!」
ディアナもあれか!?
未だ抱きしめてないから腹を立てているのか!?
「本当にやましい事無いの?
エリク、フラビア気に入ってたじゃん」
ユーシャまで!?
「それはもう説明しただろう!
違うと言っておるのだ!」
「え……」
「こら!エリク!
あんまりスノウ虐め過ぎたら怒るわよ!」
「いったいどうしろと言うのだ!?」
どっちにしろではないか!?
否定しても肯定してもダメなヤツじゃないか!
私にどうしろと言うのだ!?
「メアリ、早速スノウを任せるわ」
「承知致しました」
「おい!待て!
流石に目を離すのは早すぎるだろう!?」
「問題ないわ。
メアリならね。
そんな事より、エリクには話しがあるわ」
「そうよ。
そこに座りなさい。エリク」
ベッドに!?
私結局叱られるの!?
昨日から私、結構頑張ってたよ!?
「覚悟して。
今晩は寝かさない」
「まだ昼過ぎだ!」




