01-70.お人形
「フラビア。私のものとなれ」
「うん。なる」
話が早くて何よりだ。
「エリク様?」
「まあ待て。そう怒るな。
別に恋人にしようってんじゃない。
文字通り私の手足として働いてもらうだけだ。
フラビアには私の人形になってもらう。
失われたあの人形の代わりにな」
「えへへ♪」
ほら、なんか嬉しそうだし良い案なんじゃない?
私は冴えてるな。少し夜風に当たっただけでこんな方法を思いつくとは。本人が私に執着していると言うのだ。ならば側においてやるのもまた一興と言うものだな。うん。
まあ、フラビアが暴走しないよう、上手く制御しなきゃだけど。だからまあ実際言葉で言う程ぞんざいには扱えまい。
「何を考えておられるのですか?」
「わからない事が多すぎるのだ。
実験台が必要だ。フラビアの体質は都合が良い」
ユーシャも似た体質だが、私はあの子を実験台にするつもりはない。フラビアで試した事をユーシャに活かすのだ。逆はありえない。
「だからと言って……」
「ディアナの教育に悪いと?」
「……いえ。そこまで甘い事は申しません。
エリク様の意図はわかりました。
そのお考えに至った理由も納得は出来ます。
ですが、ユーシャは納得しないでしょう」
「そうだな。
そこで相談なのだが……その前にエルミラを帰してくれ」
「エルミラ」
「はい……」
エルミラは落ち込んだ様子のまま一人で部屋を出ていった。随分と教育が行き届いているようだ。メイド長はいったい何をしたのだろうか……。まあ考えるまい。
「話を続けよう。
相談したいのは他でもない。
この件について、ユーシャには内緒にしてほしい。
それとディアナにもだ。
パティはこちらに引き込む。
協力してもらおう」
「……承知致しました」
「不服であれば今の内に言っておけ。
計画に穴があるなら修正していかねばならん」
「いえ。否はありません。
パティに協力を要請すると言うのなら問題は無いかと」
「流石に一人で抱え込む度胸は無いさ」
また浮気だなんだと騒がれたら面倒だ。
「安心致しました。
しかし、一つ懸念もございます」
「なんだ?」
「パティが拒否した場合は?」
「せんだろ」
「……そうですね」
パティは賛成してくれるはずだ。
まず間違いなく。
「明日、パティが目覚め次第ここに呼び出してくれ。
お主も今日は休め。私はフラビアと親睦でも深めておく」
「なりません」
「私が信用できないか?」
「はい。エリク様は敵対者に容赦が無さ過ぎます」
「違う。フラビアは味方だ。
私の所有物だ。心配は要らん」
「フラビアの心配をしているのではありません。エリク様が道を踏み外さないかと心配しているのです。あなたは自分を軽く扱い過ぎなのです。ユーシャの為ならどれだけ手を汚しても構わないと本気で考えていますよね?」
「そうでもないさ。
私だって手段は選ぶ」
「ならばフラビアに何をさせようと言うのですか?」
「一つは距離が知りたい。
【傀儡】の有効範囲と各種条件を検証したい。
ユーシャと同等の低魔力抵抗でありつつ、私の本体を持たぬフラビアはどれだけの距離で制御出来るのか。そして出来るのならその距離を伸ばしたい」
理想を言えば、世界中どこにでも届かせられれば完璧だ。
身動きの取りづらい私に代わってフラビアに動いて欲しい。
理屈の上では実現可能なのではなかろうか。
ここ数日、ユーシャは薬瓶を持ったままパティと共にジュリちゃんの店まで行っていたのだ。
その間屋敷に残っていた私の意識が途切れるような事はなかった。少なくとも、領都内くらいはカバーできるようだ。ならば町の外にまでフラビアを行かせる事も可能なのではなかろうか。
「時間の方は必要ないな。
今のところ出来るのは私が意識化で制御するのみだしな。
どうしたら制御が抜けてしまうのかは詳しく調べたいか。
これも目指す所としは、常時接続可能になる事だ。
例え私が意識を失っても、継続出来るようにしたい」
私は以前、人形の状態で気を失った事がある。
フラビアの魔術を防ごうと魔力壁に魔力を込めすぎた際だ。
あの時私は薬瓶の方で目覚めるのではなく、人形の方で意識を取り戻した。これが人形の呪いによる特殊な作用なのか、私が意識を移したものはこれが標準となるのか、その辺りも調べてみたい。
ユーシャに対しては怖くて出来ないが、フラビアになら意識丸ごと侵入してみるのも試してみるべきかもしれない。以前の人形と今の私のこの身体は同じように意識を薬瓶から移せている。もしやすると、それをフラビアでも再現出来るかもしれない。能動的にやってみた事は無いが、可能性が無いとは言えないだろう。
そして更に。
それが遠隔で行えるなら、私の意識は世界中何処にでもすぐさま移動出来るという可能性も出てくる。いくつもの人形達を各所に派遣すれば良いのだ。これは面白い思いつきではなかろうか。学園に戻り我々の下を離れるパティとも何時でも会うことが出来るのだ。試してみる価値はある。
「後はどこまで出来るかだな。
こやつが抵抗の意思を持った時、本当に抑え込めるのか。
こやつの身体を通して魔術や魔導を使う事は出来るのか。
まあそんな所だ。他の事はパティと相談して考えよう」
「どうか無茶はなさらないで下さいませ」
「うむ。そうだな」
「わかりました。私は下がらせて頂きます。
側には控えておりますので、何かあれば大声を上げて下さい」
「ちなみにだが。
それは私に言ったのか?
それともフラビアに?」
「どちらもです」
メイド長はやれやれと仕草で示してから退室していった。
すっかり信用が無くなってしまったらしい。
いや、そうでもないか。本当に信用していないなら私達を二人きりにする事もなかっただろうし。
「では、フラビア。
手を出せ。早速実験を始めよう」
「うん!」
まあ、フラビアは相変わらず動けないんだがな。
これも私が操って動かすだけだ。
流石に距離の実験はいきなり始められんからな。
抵抗の方を試してみよう。それと魔導だな。
意識の共有は……パティの前で試すべきか。
何かあっても困るからな。
とは言え、感覚の方は色々試してみたい。
ユーシャと同じく、フラビアも感覚を共有できている。
フラビアの触ったものは私が触っているようにも感じられるし、フラビアの視界を通して世界を見る事も出来る。
これをもっと深く調べてみよう。
取り敢えず手でも繋いでみるか。
私のこの身体とフラビアの身体で感じ方に違いがあるのか等も調べてみるとしよう。
うむうむ。
なんだか楽しくなってきたな。
これはあれだ。
まさに新しい玩具を手に入れたような感覚だ。いかんな。こんな事を考えていると、またメイド長に叱られてしまうだろうな。
だが許せ。
一度走り出した好奇心は止められんのだ。
大丈夫。心配せずともフラビアを乱暴に扱う事など無い。
これは私の人形だ。精々大切に扱うとしよう。
----------------------
「話は聞いたわ」
「おはよう、パティ。
先ずは挨拶だ。
フラビア。こやつはパティ。
私の恋人だ。お前にとっての主だとでも思っておけ」
「うん。わかった」
「おはよう二人とも。
災難だったわね、フラビア。
人でなしのエリクに目を付けられるなんて」
「パティまで何を言うのだ?」
なんだ?
機嫌が悪いのか?
「こういう秘密は関心しないわ」
「なんだ。それを怒っているのか。
なら明かすか?
ユーシャとディアナに。
だが明かしてどうなる?
止めろと言われて止めるのか?
フラビアの事はどうするのだ?
地下牢にでも放り込むのか?
それでは誰も幸せにはならんだろう。
これは必要な事だ。そう割り切れ。
出来ぬのなら目を瞑れ。私一人で抱え込もう」
「そんな言い方はズルいわ。
まったく。本当に仕方のない人ね」
どうやら仲間になってくれるようだ。
うむうむ。信じておったぞ。流石は我が愛しのパティだ。
「取り敢えず着替えなさい、フラビア」
「なんだ。それはフラビアの服だったのか。
てっきり私のを持ってきてくれたのかと思ったのに」
私も昨日から着替えておらんのに。
「いっそ風呂にでも入るか?
フラビアも外傷は無いのだ。
入れても問題はなかろう」
あの派手な戦闘の後、私はそのままだったからな。
フラビアは着替えさせてあるけど。
何せ炎やら水やら浴びて地面を転がりまわったのだから。
とてもそのままベットに放り込める状態ではなかったのだ。
とは言え、流石に風呂にまで入ったわけじゃない。
正直、髪とか洗いたい。一度気になりだすと止まらんな。
「ならユーシャも一緒よ」
「フラビアの事を話すのか?」
「人形やら実験やらの事は話さないわ」
「ならなんと?」
「エリクの愛人」
「ならん!!」
「事実でしょ?」
「ちがわい!」
「少なくとも端から見たらそうとしか見えないわ」
「意地悪を言うでない!
他の何かを考えよ!」
「別に意地悪で言ってるわけじゃないわ。
ただ、ユーシャはそう受け止める可能性が高いって話よ。
ちゃんとそう認識して対策を考えなさいな。
どうせ、存在そのものを隠し通す事は出来ないんだから」
「お主は力を貸してくれんのか?」
「そこはエリク次第ね」
「なんだ?
何を望んでおるのだ?」
「私の機嫌をとれと言っているのよ。
何か忘れている事があるんじゃない?」
忘れて……え?
ああ、それで機嫌悪かったの?
昨晩の私と同じように?
立ち上がってパティを抱きしめる。
「遅すぎよ。バカ」
「まあそう言うな。私だって我慢していたのだ。
昨晩の私がどれ程口惜しかったのかお主ならわかるだろ」
「わからないわよ。
朝っぱらから愛人紹介されただけだもの」
「だから違うと言っておるだろうが」
「フラビアは奴隷にするわ」
「何だ藪から棒に?」
「奴隷制度は知ってるでしょ?」
「まあ、なんとなくは」
「エリクを主として登録しましょう。
ユーシャにもそれを明かすの。
これはあくまで、監視と保護の為と言ってね」
「公の制度を隠れ蓑にすると?」
「ええ。安心して。
フラビアのやらかした事実を考えれば、世間的にはそれでも温情と取られるくらいよ」
一度ならず二度までも、領主邸の敷地内で暴れまわったのだ。物的損壊の規模だけを考えても生半な損失ではあるまい。昨晩の戦闘ではパティが壊した物も多いが、原因となったのはフラビアの行動だ。フラビアに全ての請求がいくなら、借金奴隷にでもなる他あるまい。とは言えまあ、今回は犯罪奴隷の方だろうけれど。
「何なら、叔父様にお願いして叔父様から押し付けられた事にしましょうか。きっと協力してくれるはずよ」
「事件解決の褒美にでもしてもらうのか?」
「そうよ。
それならユーシャとディアナの不満も分散するでしょ。
叔父様には悪いと思うけどね」
まあそれでも頼みは聞いてくれそうだな。
今回の件も、純粋に恩義と感じてくれているのだろうし。
しかし酷いマッチポンプだ。
私自身がフラビア暴走の原因でもあるのに。
「いっそ名前も変えましょう。
この子は記憶喪失の少女。
謎の襲撃者。第三王子とは一切の関係を持たない存在」
ああ。その問題もあったか。
この様子ではフラビアに頼みたかった件も無理がある。王子と話をつける為の足がかりにしようかと思ったが、今のフラビアではその役目をこなせまい。
ならばいっそ関係を断つべきだ。第三王子の関係者と知っていて奴隷落ちさせたなどと知られれば、こちらもただでは済むまい。まあ、誘拐犯を放ったのは私ですと敵が名乗り出てくるかは微妙な所だが。しかもフラビア達の出どころは第三王子と直接的な関係も無い裏ギルドって話だし。とはいえ、開き直ってこられる可能性もある。フラビア個人にも十分過ぎる程の価値があるのだ。見目麗しい魔力持ちで高い技術を持つこの者を王子が個人的に気に入っている可能性もあるのだから。
「せめて新しい名前はエリクが考えてあげなさい」
「難しい事を言う。
だがまあそれしか無いか。
とは言え先ずは話し合おう。
この件は領主様の意見も重要だ」
「そうね。
身支度を整えたらすぐに面会よ。
きっと叔父様も話をしたがっているわ」
「ならばやはり先に風呂だな。
ユーシャには何を何処まで話したものか」
「仕方ないから今回だけ見逃してあげるわ。
ユーシャも今はディアナから離れたくないでしょうし」
「よし。決まりだ。
パティはメイド長に許可を貰ってきてくれ。
無断でフラビアを歩き回らせるわけにもいかんからな」
「おっけ。任せて」
今日もまた忙しくなりそうだ。
パティにとってはこの屋敷で過ごす最後の休暇なのに。
悪いな。パティ。
せめて今晩の約束だけは果たすとしよう。