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01-07.ホワイト職場体験

「~~♪~♪」


 まったく。呑気なものだ。

一人で掃除をしながら鼻歌まで歌いだしおった。

案外、この生活は少女の性に合っていたのかもしれん。


 いや、そんなはずはない。

今だけだ。メイド長に褒められるのが嬉しいだけだ。

美味しいご飯と綺麗な寝床、今までに経験の無い新鮮な生活に燥いでいるだけだ。


 近い内に朝寝坊を繰り返すようになるはずだ。

この少女の怠け癖は私が一番よく知っている。

私の想像に間違いなどありはしないのだ。



「ユーシャ。

 本日はこちらの部屋もお願いします」


「(こくこく)」


 メイド長の言葉に頷き、嬉しそうについていく少女。

ここ数日ですっかり懐いてしまったようだ。


 何だか面白くない。

相変わらず警戒心の欠片もないし。


 というか、何がユーシャだ!

何故メイド長までそんな名で呼ぶのだ!

どうせこの子の本名は知っているだろう!




 ユーシャという名が広まった原因は数日前だ。


 この屋敷でメイド修行を始めた初日の夕食時、従者用とは思えない程美味しい食事に気を取られていた少女は、興味本位で近づいてきた同僚のメイド達にあっけなく囲まれてしまった。


 既に事情は通達されていたようで、メイド達は口を閉ざす少女に気を悪くする様子もなく、子供が字を学ぶために使う小さな黒板とチョークをプレゼントしてくれた。


 少女は一応、拙いながらにも字は書ける。

私が勉強するついでに嫌がる少女にも教え込んだからだ。

とは言え、それですぐにコミュニケーションを取れる程、少女の人見知りは甘くはなかった。


 狼狽えて、しかし逃げ出そうにも逃げ出せず困っていた少女に、メイド達はせめて名前だけでも教えてくれないかと優しく、宥めるように問いかけた。


 何時もの少女ならばギルドカードを突き出して事なきを得たのだろうけど、生憎着替えた時に部屋に置き去りにしてしまっていたので、やむなく手元の黒板に名前を書き始めたのだった。


 そしてその際、少女は何故か本当の名ではなく、ユーシャと書いて見せたのだ。


 それ以来同僚のメイド達は少女をユーシャと呼び始めた。

少女から返事がなくとも気にせずに、明るく気安く、挨拶してくれるようになった。


 ギルドでは本名で活動しているので、指名依頼を出してきた以上、この屋敷の一部の者達は知っているはずだ。

メイド長あたりなら聞いていた可能性も高いだろうに。

何故彼女まで、ユーシャなどと呼ぶのだろう。

相変わらず、メイド長の真意はわからない。




 名前の由来は私がたまに少女を勇者と呼ぶからだろう。

少女も少女でいったいどういう気まぐれなのだろうか。


 まさか本当に私が本名を忘れたと思っているのだろうか。

もしや、当て付けのつもりなのだろうか。


 とは言え、ユーシャと呼ばれても特段悪い気はしていないようだ。


 なんなら少し嬉しそうだ。

そんな少女を見て、私はなんだかモヤモヤしてしまう。

折角少女が社会復帰出来る可能性が出てきたのに、素直に喜ぶ事が出来ないでいる。


 きっとこの依頼の真意が未だ見抜けていないからだ。

依頼主と思われる貴族本人にはまだ会っていない。

依頼期間はまだ十分あるとは言え、ここまで手を出してこないなどという事があるのだろうか。


 十分に安心させて気を抜いた所を襲うつもりだろうか。


 いや、流石におかしいと私も気が付いている。

メイド長も、同僚達も、特段おかしな様子はない。

悪徳領主に仕えているなら、もっと悲観した空気になっても良いはずだ。


 けれど、ハッキリ言ってこの職場はホワイトそのものだ。

メイド達の食事も寝床も過剰な程満たされている。


 流石に個室なのはこの少女だけのようだが、他のメイド達も二~四人毎に、生活するのに十分な部屋を与えられているようだ。




 というかこの屋敷メイド多すぎでは?

城ならともかく、一領主貴族の屋敷にこんなに必要か?

メイドを教育して斡旋する事業でもやっているのか?

その為に見込みの有りそうな少女に声をかけたとか?

いや、普通の貴族がどんなものかとか知らないけどさ。


 でもそう考えれば、メイド達のこの世界にしては過剰な厚遇にも納得がいくかもしれない。

商品価値を高める施策の一環なのかもしれない。


 やはり売り飛ばす気か?

隷属の首輪なんぞ付けなくとも、信頼を得て堂々と商売するつもりか?

もしくは、単に職を与えているだけだと?

そうやって貧困にあえぐ者達を救っているとでも言うのか?


 どちらにしたって関わるべきじゃない。

売られた先が良い場所とは限らない。

例えこの地の貴族が悪人じゃなかったとしても、それは余計なお世話というものだ。

誰かが少女の人生を好き勝手決めて良いわけではないのだ。



「~~♪~~~♪」


 少女は相変わらず呑気だ。

流石に人の視線があると鼻歌は出てこないけど、今はメイド長も側には居ない。


 というか、いくら何でも目を離しすぎではなかろうか。

どこの馬の骨ともしれない冒険者をこんな高価そうな品々が置かれた部屋に一人残すとは。


 あのツボとか、一体いくらするんだろう。

なんか装飾とか細かくて凄そう(語彙力)。


 まさか、少女を試しているのか?

もしくは、敢えて盗みを働かせようとしている?

それで合法的に隷属の首輪を付けるつもりか?



「あ!」


 少女の声に思考が途切れた。



『な!?』


 先程眺めていた高価そうなツボが、少女の肘に当たって傾いていた。


 間に合え!!


 私は咄嗟に"腕"を伸ばした。

ここ数日夜な夜な少女の寝ている横で練習を続けていた魔力の腕は、床に着くギリギリ寸前の所でどうにかツボを受け止めた。



「セーフ!」


 遅れてツボを掴んだ少女。



『アウトだバカモン!

 気をつけよ!!』


「ありがと、エリク。

 今の何したの?

 浮かせたの?」


『んな事よりさっさと元の場所に戻さんか!

 誰かが戻ってきたらどうするのだ!

 こんな所を見られては、あらぬ誤解を受けかねんぞ!』


 今少女の手にはツボが握られている。

事実はそうではなくとも、盗人と疑われて一方的に吊し上げられてしまう可能性だってある。

弁明など一切聞き入れられずに隷属の首輪を付けられたりしようものなら、洒落にはならんのだ。



「もう。エリクは心配性だなぁ」


 呑気にツボを戻す少女。

ハラハラドキドキの私のこの気持ちなんぞ、少女にはわからぬようだ。



「ユーシャ。

 あなたはやはり喋れるのですね」


「『!?』」


 メイド長!?

いつからそこに!?

何故気配を消して戻ってきたのだ!?

やはり只者ではなかったのか!


 マズい!私の声も聞かれたのか!?

そもそも何のために忍び寄ってきたのだ!

やはり最初からツボを割らせるつもりだったのか!?

決定的な瞬間を抑えてそのまま借金奴隷にでも仕立て上げようと!?



「向きが違います。

 これは大変高価なものです。

 次は気を付けなさい」


 予想に反して、メイド長はそれ以上追求する事なくツボの位置を調整し、少女の手が触れた部分を念入りに拭き取って部屋の掃除を始めた。



「あ……ありがと」


 !?

喋った!

少女が私以外と喋った!!



「はい。どういたしまして」


 少しだけ微笑んだメイド長。

それは見間違いかと思うほど、ほんの一瞬だけだった。


 それから二人は黙々と掃除を続けた。

私はメイド長を注意深く観察し続けた。


 メイド長は私の存在に気が付いているのだろうか。

さっきの話はどこから聞かれていたのだろうか。


 もしかして本当に害意など無いのだろうか。


 先程は少女の不注意に気が付いて、軽い注意に加えて証拠隠滅までしてくれたのだ。

これでは少女が懐くのも無理はない。


 むむむ。やはりどうしても納得出来ない。

これは私が嫉妬しているせいなのだろうか。

少女が私以外に好意的なせいで、本質を見極められないでいるのだろうか。


 いや、それだけではないだろう。

動機の見えぬ施しなど、訝しんで当然だ。

縁もゆかりも無い冒険者に、ただメイド体験をさせてみようなんて依頼があるはずはないのだ。

この依頼の真相を解き明かさぬ限り、私の警戒は消えはしない。


 せめて少女の下を少しだけでも離れられれば……。

私一人なら、屋敷を探索して探りを入れる事だって出来るだろう。

しかし敵地で目を離すなど出来ようはずもない。


 何か方法を考えねば。


 私の存在がバレた可能性もあるのだ。

少女が姿の無い何かと話していた事くらいは知られているのかもしれないのだ。


 妙な事になる前に相手の狙いを見定めなければ。

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