表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/362

01-69.記憶喪失

「目覚めたか。

 ふむ。想像よりは随分と早かったな」


「……妖精さん?」


「そう呼ぶという事は、お主はフラビアだな。

 人形の方はどうした?

 お主の中に意識は残っているか?」


「……?」


「覚えていないのか?

 お主は人形と融合して暴れまわっていたのだぞ?」


「……人形?」


「そこまで忘れておるのか。

 もしや自分が誰かも分からぬとは言うまいな?」


「誰……?」


 面倒な……。



「フラビアと言う名に聞き覚えは?」


「……わかんない」


「お前はどちらだ?」


「……わかんない」


 質問の意味自体がわかっていないのか。



「どうしたものか」


 今はパティも含めて全員寝静まっている。

既に時刻は深夜を回っている。

娘達を目覚めさせておくわけにもいかなかった。


 とは言え、これは困ったものだ。

一人で寝ずの番をと言ってしまったが、メイド長くらいには起きていてもらうべきだったか。



「お困りのようですね」


「なんだ。起きていたのか。メイド長」


「当然です」


 何でこの人、警備責任者みたいな仕事してるんだろう。

メイド長って……いや、もういいよ。ツッコむまい。



「どうやらこやつ、記憶喪失らしいぞ」


 何故か私の事だけは覚えているようだがな。



「頭に魔力を流してみては?」


「今も流し続けておる。

 こやつは指一本たりとて、自らの意思では動かせまい」


 体質が変化したのか、魔力抵抗が一切ないのだ。

こんな状態でいきなり私の魔力に抗う事は不可能だろう。

自らの魔力を練ろうとしても私が事前に察して潰せるのだ。

私が気を抜かない限り、この娘を逃がす心配もない。



「流しすぎた影響では?」


 記憶喪失は回復の弊害か?

エリクサーで強制的に最高の状態に戻されたと?

それが結果的にこの者の記憶を奪ってしまったと?


 なら何故、私の事だけは覚えておるのだ?

私の魔力すら届かぬ奥底にでも刻み込まれていたと?


 ダメだな。

何もかもが推測の域を出ん。



「エルミラはどうしている?

 ここに連れてこれるか?

 引き合わせてみれば何かわかるやもしれん」


「少々お待ち下さい」


 メイド長はすぐさまその場を離れると、然程時を置かずにエルミラを連れて戻ってきた。



「フラビア!!」


「……?」


「本当にわからないのか!?

 私だ!エルミラだ!

 いったい何があったんだ!?」


 フラビアにしがみついて涙を零すエルミラ。

どうやら元々随分と仲が良かったようだ。



「こやつは拘束せんでもよいのか?」


「はい。教育は済んでいます」


 あらら。

メイド長に調教されちゃったのか。

それは安心だな。いや、安心か?


 無能な味方は敵より恐ろしいと言うのだぞ?

心の弱いこやつが敵にでも囚われれば、べらべらとこちらの内情を吐きかねん。まあ、それを見越して何も教えんでおけば済むのだろうが……。


 まあよい。その辺りはメイド長やこの家の者が考えるべき事だ。私が心配するような事ではない。



「ダメだな。

 もう下げて良いぞ」


「エリク様。

 流石にその物言いは如何なものかと」


「なんだ?

 気に触ったか?

 スマンな。気安くしすぎたか」


「違います。私に対してではありません。

 エルミラが流石に哀れだと申し上げているのです。

 この光景を見てその反応は無いでしょう」


 未だフラビアに縋りついて泣き続けるエルミラ。

フラビアは戸惑いと悲しみの表情を浮かべるだけだ。

当然だ。私が指先の一つまで支配しているのだから。

今のこやつには、エルミラを撫でてやる事すら出来ぬのだ。

とは言え、流石に戒めを解くわけにもいかない。

まだ警戒を緩めるには早すぎる。



「ああ、悪かった。

 確かに大人気なかったな」


「お気をつけを。

 お嬢様の教育に悪影響を及ぼすと判断すれば、私も黙ってはいられませんので」


 悪かったってば。

私も少し余裕がなかったのよ。

というかぶっちゃけ苛立ってたの。あと少し焦りもしてた。


 結局パティやディアナとのハグもお預けなんだもの。

この調子だと明日も離れられないかもだし。


 ああ。ユーシャと触れ合いたい。

けどあの子達をこの危険人物に近付けられない。

だから私が離れるしかない。

面白くない。



 それにもしかしたら、肉体を得た事も影響してるのかも。

単純に感情を持て余し気味なのもあるけど、この身体は睡眠を必要としているのかも。まあ、こっちは気の所為かもだけど。そもそも眠ろうとして眠れるのかもわからないし。別にこの身体に脳みそまで備わってるわけじゃないんだから。


 或いは前世の感覚に引きずられてるのかも。

身体を得たことで、夜は寝るものと錯覚してるのかも。

何もかもわからない事ばかりだ。

本当に困ったものだ。



「フラビア。

 その女性に見覚えは?」


「……ごめんなさい」


 エルミラの泣き声が更に大きくなった。

悪いことをしてしまったが、確認せんわけにもいかぬのだ。

許せ。エルミラ。



「私の事はどうだ?

 どれだけ覚えてる?」


「……妖精さん」


「他には?」


「エリク」


「後は?」


「大好き」


「……他」


「……わかんない」


「……そうか」



 ……もう寝ようかな。

まさかこの様子で暴れないでしょ?

私が【傀儡】を解いた途端、本性を現して暴れ出したりとかありえるかしら?


 一応、一切呪いの気配は感じない。

フラビアの身体を満遍なく私の魔力が駆け巡っていても、何の痕跡も見つけられない。


 だから後の問題は、記憶喪失が嘘の可能性だ。

この場をやり過ごす為だけにフリをしている可能性だ。


 どうしたものか。

いっそ地下牢にでも繋ぐべきか。

私が自由に過ごすには、それしか選択肢が無い気がする。

メイド長、何て言うかな?

賛同してくれない気がするぞ?


 困った困った。

私だってずっとこの子の側にいるわけにはいかんのだ。

ディアナにやるように遠隔で魔力だけ流しておくしかないか。

それもまた不安ではあるのだが。

それに、相変わらず私が眠る事は出来ないだろうし。

意識が途切れれば魔力を流し続けられはせぬのだ。


 いっそ薬瓶に戻るか?

そうすればこの妙な苛立ちも治まるのか?


 いや、落ち着け。

いくらなんでも弱音を吐くには早すぎるだろう。

まだ新たな肉体を得てから丸一日すら経っておらんのだ。



「すまんが、少し席を外すぞ。

 こやつら見ていてくれるか?」


「どうぞ、こちらは任せて朝までお休み下さい」


「そうもいかん。

 大体、お主の方が休むべきであろう。

 だから少しだけだ。夜風に当たって頭を冷やしてくる。

 エルミラが落ち着いた頃にはここに戻るとしよう」


「承知致しました」


 脳みそが詰まっているわけでもない頭を冷やして、なんになるかはわからないけど、取り敢えず外の空気でも吸ってみよう。案外、それで良い考えでも浮かぶかもしれないし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ