01-62.贈り物
「ユーシャ。
少し体を貸しておくれ」
「なんで?」
「この馬車を調べたいのだ」
ユーシャの体ならば触覚もクリアに伝わるからな。
ディアナの体では物足りんのだ。当然パティもな。二人にもだいぶ馴染んだとは思うのだが、何故かユーシャとはレスポンスが大きく違うのだ。ユーシャが特別なのか、単にまだまだ時間が足りていないのか。
「ダメ。後にして」
「うん?
……うん?
なんだって?」
え?
まさか断られた?
ユーシャが私を拒絶したのか?
「今は皆でデート中。
そういうのは後にして。
ちゃんとエリクも話に入って」
「……うむ。すまぬ」
ユーシャ……成長したのね!
何!?何!?どうしたの!?
そんなしっかりした事言い出しちゃって!
もう!もう!もう!私嬉しいわ!感動よ!
これはパティのおかげかしら!?
本当に今日のユーシャは見違えたわ!
たった数日別行動していただけでここまで変わるなんて!
ふふふ♪
これが「三日会わざれば」ってやつなのね♪
まあ、三日どころではない日数はかかっているけれど。
パティの休暇期間も本当にもうギリギリだ。
今のユーシャならパティに着いて行っても上手くやれるかもしれない。まあ、そうなったらきっと私は寂しくて堪らないだろう。けれど、娘の成長の為ならば涙を飲んで送り出そう。
「エリク」
「うむ。
それで?
何の話だったか?」
「秘密を一つずつ言い合うのよ。
今度はエリクの番よ」
「いや待て。パティ。
絶対そんな話しておらんだろうが。
そもそも私はもう隠している事なんぞ何も無いぞ?」
「それ、私は聞いてないんじゃない?」
まあディアナには言っておらんかもしれんが。
「何にせよ、そういうのは部屋で……ああ、すまぬ。
そういう事か。良かろう秘密だったな。ふむ」
これを口実にディアナに秘密を明かすのか。
だいぶ強引だが悪くない手だ。
それにまさかいきなり仕掛けるとは思わなんだ。
全ての用事が終わってから打ち明けるものと思っていた。
変化球気味ではあるが本人が良しとしているなら否はない。
「だがいきなり秘密をと言われても難しいな。
どうせなら何かユーシャも知らないようなものを……」
もう本当に全部話しちゃってるんだよなぁ……。
「あんまり時間無いよ?」
そうだな。折角パティが勇気を出したのだ。
目的地までに間に合わないというのは良くないな。
私は前座なのだ。手早く済ませよう。
「ならばこれだ。
私の前世の名を教えよう」
「前世?」
「その話はまた後だ。
今晩改めて語ってやろう」
「うん♪」
嬉しそうに笑いおる。
「銀花だ。
私の前世の名は、ギンカと言うのだ」
「「「ギンカ?」」」
聞いたことの無い響きだったか。
何だかピンときていないようだ。
「もはや関係も無いがな。
このような軽いイベント事で明かすのが丁度良かろう」
「「「それは違うでしょ!!」」」
「!?」
何!?なんで怒ってるの!?
「もう!エリクのバカ!
そういうのはもっと大切にしてよ!」
「そうよ!エリク!
どうでもいいみたいに言わないでよ!」
「何でエリクは何時もそうなの!?
自分の事が嫌いなの!?」
「待て!落ち着け!
ディアナまで何をやっているんだ!
興奮するでない!こんな事で中断するつもりか!?」
「「「こんな事ですって!?」」」
あかん!?
火に油注いだ!?
結局、メイド長が止めるまで皆が落ち着く事はなかった。
当然パティの秘密を話すような空気にはならず、そうこうしている内にジュリちゃんの店に到着した。
「あら~♪
随分と懐かしい顔も一緒なのね♪」
「ええ。お久しぶりです。
お嬢様方がお世話になっていますね。
感謝しています」
「もう~♪
そんな水臭い言い方はよして♪
私達の仲じゃない♪」
「メアリ?
このお方とは、どのようなご関係なの?」
ディアナはジュリちゃんの巨体に臆する事もなく話に加わった。
「失礼致しました、お嬢様。
私の事はどうかお忘れを。
どうぞ、デートをお楽しみ下さい」
「あら?
答えてくれないの?」
「……昔世話になったのです」
「お互い様よん♪
一緒にやんちゃしてたの♪」
「その話聞きたいわ!」
「後になさい、ディアナ。
今日はやる事が沢山あるんだから。
メアリとは何時でも話せるでしょ」
「ぶ~」
「お嬢様」
「あ!やば!」
「お説教はまた後程」
「あはは~お手柔らかに~」
メイド長を馬車に残して、四人でジュリちゃんについて店内を進んでいく。
「わぁ~♪
聞いていたとおりね♪
可愛らしいものでいっぱいだわ♪
あれは何かしら♪」
視力の悪いディアナでは、少し距離のあるぬいぐるみは見づらいようだ。
「先ずはこっちよ。
先に渡したい物があるの」
パティが先導し、ユーシャが押しながら、店のカウンターにディアナの乗った車椅子を近付けた。
「最初はこれね♪」
ディアナの顔を上げさせて、手に取った眼鏡をかけるパティ。
「よく似合ってるわ♪」
「ふふ♪へへ♪えへへ……」
「あらあら♪
かけたばかりだけど、今は外しておいた方がよかったかしら」
「ううん。このまま。
ユーシャも前に来て。顔を見せて」
「うん」
毎晩至近距離で見ているだろうに。
大げさなものだな。ふふ。
「次は奥に行きましょう。
ジュリちゃん?」
「ええ♪
準備は済んでるわ♪」
「それじゃあ、ユーシャ。
悪いけどディアナをお願いね」
「うん。任せて」
「エリクはこっちよ。
さあ、行きましょう」
何故か私をディアナの膝から抱き上げるパティ。
ユーシャ&ディアナ組と途中で別れて、私、パティ、ジュリちゃんの三人で別室に移動した。
「おい。
何をしておる?
今はディアナと離れるべきではなかろう?」
この店の中なら魔力供給が途絶える事はないけれど。
とは言え、何かあった時に対処が遅れるのは困るのだ。
「大丈夫よ。少しくらい。
早く用事を済ませて合流しましょう」
「そこまで重要な要件なのか?」
「そうよ。このタイミングを逃したら次は何時になるかわからないもの。ほら見て、エリク。鈍いあなたでもこれを見れば合点がいくわ」
パティが作業場の中央に設置された寝台の上から布を引っ剥がした。
その布自体に何らかの阻害効果があったようだ。
布が取り払われた途端、先程まで感じなかった強烈な呪力が溢れ出した。
「完成していたのか!?」
「どう?
気に入った?
これがあなたの新しい身体よ」
寝台に寝かされていたのは、どこからどう見ても人間の少女だった。この身体が魔物素材の塊などとは、到底信じられない。見た目だけなら。
「本当なのか?
どこからか攫ってきたのではなく?」
「ふふ。そんなわけないでしょ。
良かったわね。ジュリちゃん。
エリクにも人間にしか見えないみたいよ」
「嬉しいわ♪」
ジュリちゃんにとっても夢だったものな。
完璧な人形を作るのは。これが人形かどうかはともかく。
今は息をしている様子はない。
少なくとも「生きた」人間ではないようだ。
むしろ呪力のせいで、リッチ系の最上位魔物とか言われても納得できそうな迫力だ。
まあ動かないのは最初から計画通りだ。
魔力を流す事で起動する仕組みなのだから。
「早く魔力を流してみて。
色々と調整も必要なんだから。
折角だけど、ノンビリしている余裕は無いわよ」
「ああ。うむ。
そうだな。やってみよう」