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01-61.出発と噂話

「ついにきたわね!この時が!」


 今日のパティは何時にも増してテンションが高い。

これは緊張しているせいだろうか。

勢いを付けて、誤魔化そうとしているのだろうか。



「ふふ♪

 今日はどこに連れて行ってくれるの?」


 車椅子に座り、人形の私を膝に置いたディアナが、嬉しそうに問いかける。



「ジュリちゃんの店」


 ユーシャがディアナの車椅子を押し始めた。



「待って!

 私が押すわ!」


「ダメ。パティはディアナと話すんだから。

 隣で手でも繋いでて」


 こういう時って、押しながらが話しやすいんじゃない?

パティもそのつもりだっただろうに。



「はい♪パティ♪」


 まあ、ディアナももう乗り気だし余計な事は言うまい。

どうしても歩きにくければ考え直せば良い。

それにどうせすぐ、馬車に乗るんだし。



「うっうん……」


 照れたパティがディアナの差し出した手を握りしめた。



「ユーシャ、ゆっくりと、だぞ。

 途中でディアナの調子が崩れればすぐに伝えるからな」


 常にディアナには診察と体力増強用の魔力を流し続けている。体調に変化があればその時点でデートは中断だ。すぐに屋敷に戻らなければならない。移動が困難であればどこか宿にでも駆け込むしかない。予め計画したルートから外れないようにせねば。



「任せて」


 そうして四人で屋敷の出口へと向かった。

玄関扉の前には、大勢の使用人達と、更には領主様おちちうえまでもが見送りに集まっていた。


 少し買い物に出るだけで大げさなとは思うが、まあ気持ちがわからないわけでもない。それだけ皆、ディアナの事を愛しく思い、気にかけていたのだ。それにまあ、別に今更驚く事でもない。何せ数日前から始めていた庭でのリハーサルにも大勢が注目していたのだし。



 そんなこんなで、少々賑やかに見送られながら馬車へと乗り込んだ。



「それでは出発致します」


 え?

メイド長?

いったい何処から声が?

前?そうか!御者か!



「おい、聞いとらんぞ?

 何故お主がここにいる?」


 万が一エルミラかフラビアが暴れ出した時に備えて控えておらんで良いのか?


 いやまあ、兵達でも十分だろうけども。

ずっと大人しくしてはいるようだし。



「お嬢様の護衛が必要です」


「お主はメイド長であろうが。

 護衛は他にいよう?」


 なんならパティがいれば十分でもあるけど。

それに最近はユーシャも中々悪くない成長ぶりだ。



「どうか喋らずに。

 舌を噛みますよ」


 噛んだところで、私に痛覚なんぞ無いのだ。

文字通り、痛くも痒くもない。


 というか、そこまで揺れんだろ。

なんか車輪も色々カスタムされてたし。

なんなら、見た目はもはやタイヤだ。

例の高級クッション材がしっかりと巻かれていた。


 内部も同様っぽい。

触って確かめられない事がもどかしい。



「エリク、別に良いでしょ。

 師匠がいたら心強いじゃん」


 いやまあ、そうなんだけどさ。

むしろちょっと心配しただけだ。

メイド長なのにそれで良いのだろうかって。


 まあいいか。

これ以上余計な水を差すものではないな。

折角今日のユーシャは何時もより頼り甲斐がある感じなのだ。

私もどうせなら素直に楽しむとしよう。




----------------------




「何か騒がしい?」


 数週間前からこの屋敷に捕らわれている、フラビアという名の少女が窓の方に視線を向けながら呟いた。


 その可憐な姿からは想像もつかないが、先日の爆発騒ぎはこの少女が引き起こしたものと聞いている。


 自分もお嬢様の見送りに参加したかったのだが、先輩達にこの子の見張り番を押し付け、げふんごほん。任されて、泣く泣く一人でこの場に残る事になってしまった。


 私のような若輩者に務まるのだろうか。

兵舎の一角を吹き飛ばしてしまうような凶悪な魔術師の見張りなど。一応、魔力を制限する首輪は付けられているが、それ以外に拘束らしい拘束もない。どうやらメイド長の指示のようだ。ならこの少女も私達と同じなのかもしれない。


 ご領主様はきっとこの子もお救いになるのだろう。

つまり将来の同僚になるかもしれないのだ。

ならば犯罪者と恐れず、優しく接してあげるべきだ。



「お嬢様がお出かけになられたのです」


「お嬢様?

 病弱じゃなかったの?」


「ええ。よくご存知ですね。

 元々は体の弱いお方でした。

 ですが、ここ数日は特にお変わりになられたようです。

 きっとパトリシア様とエリク様のお陰ですね」


 今この屋敷の者達の間では、お二人の話題でもちきりだ。


 パトリシア様は以前よりお嬢様の治療の為にご尽力してくださっていたお方だ。普段お嬢様の側に近づく機会の無い私でもお見かけした事があるくらいだ。


 噂ではこの国の姫君ではないかとも言われている。けれどご本人は大層気さくなお方で、私達メイドにも親しく接して下さるそうだ。私はまだお話した事がないけれど。何時かそんな機会があればとは願っている。



「エリク?

 妖精さんの事?」


「はい。妖精族のエリク様です」


 エリク様の方も一度だけお見かけした事がある。

まるで赤子のような小さな身体で宙に浮いているのだ。

最初にお見かけした時は驚きすぎて、思わず抱えていた洗濯物を放りだしそうになってしまった。幸い?気付かれずには済んだけれど。



「妖精さんはやっぱりお医者様なの?」


 この子はエリク様の事が気になるようだ。

正直気持ちはよくわかる。



「どうやらそのようですね。

 お陰様でお嬢様もすっかり元気になられたそうです」


 あっという間に外出まで許されるようになったのだ。

とても素晴らしい腕をお持ちなのだろう。



「私の事も治してくれたの」


「そうですね。

 綺麗なお顔立ちが戻られて何よりです」


「ふふ♪

 ありがと♪

 あなたもそう言ってくれるのね♪」


 正直世辞のつもりだったけれど、こうも無邪気に喜んでもらえるなら悪くはない。そう思うのはこの子が本当に美人なのもあるだろう。それになんだか子供っぽい。見た目より幼いのかもしれない。



「妖精さんもね。

 言ってくれたの。

 美人だって」


 エリク様は中々の女たらしのようだ。

噂ではパトリシア様及びメイドの一人とも親密なご関係とのことだ。加えて、お嬢様との仲睦まじさも噂されている。


 その上で、少女のこの表情だ。

まるで心を奪われた乙女のようだ。

その表情の妖しさに思わず少しドキッとしてしまった。



「妖精さん。

 会いに来てくれるって言ってたの」


 少しだけ声が落ち込んでしまった。

どうやら約束は果たされていないようだ。



「エリク様はお忙しいようです。

 もう少しだけ待っていてあげて下さい」


 無責任だっただろうか。

こんな事を言うのは。



「うん」


 窓の方に視線を向けながら、少女は寂しそうに頷いた。



「エリク様を慕っておられるのですか?」


 つい魔が差してしまった。

気付いた時には、既に言葉が口をついて出た後だった。



「えへへ」


 幸い少女は照れて笑っただけだ。

これ以上余計な事を聞くべきではないのかもしれない。

不躾が過ぎるかもしれない。そもそもこの子は虜囚だ。

余計な会話自体、本来は避けるべきなのかもしれない。



 けれど、やはり気になってしまう。

恋バナは何時誰とでも楽しめるものだ。

親睦を深めるにも丁度良い。

虜囚と深めるのが良いことかどうかはこの際脇に置こう。


 まあつまり、気になるのだ。

これは聞くしかあるまい。

お誂え向きに、この場には私達しかいないんだから。



「エリク様ならばチャンスもあるのでは?

 噂では、中々手が広いお方でもあるようですし」


「え?」


 既にこの少女は御本人から直接お言葉を頂いているのだ。

興味を持たれていてもおかしくはない。

少女の美しさならば、さもありなん。



「どういう事?」


 あれ?

全然嬉しそうじゃない?

これは言葉選びを間違えた?



「あ、いえ。

 エリク様はあなたの事を気に入られたようですし、もっと親密になりたいと思われるのでは?と……」


「……あなたは良い人ね。

 私、もっとあなたとお話したいわ。

 噂の事、教えてくれる?」


「えっええ。

 もちろん。それは構いません。

 良いですよ。お話しましょう」


「ふふ♪ありがとう♪」


 何だか一瞬少女が凄く大人びて見えた気がする。

色々な感情が渦巻いたような視線で私を見据えてきた。


 でも気の所為だったのかな?

今はもう元通りだ。可愛らしい笑顔を浮かべている。


 うん。きっと気の所為だ。

そうに違いない。だから怯える必要なんて無いんだ。

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