01-59.お嬢様とお人形
「おかえり、エリク」
「うむ。ただいまだ。
良い子にしていたようだな。
偉いぞ、ディアナ」
どうやら約束通りベットで過ごしていてくれたようだ。
念の為検査もしてみたが、運動をしていたような形跡はない。そういうのはわかるからね。鼓動やら筋肉の状態やらで。今の私にディアナの体の事でわからない事などあるまいよ。いや、それは過言かもだけど。相変わらず肝心な病の事はハッキリせんし。
「もう。何よそれ。
子供扱いしすぎじゃない。
失礼しちゃうわ」
ぷんぷんと頬を膨らませて見せるディアナ。
どう見てもその姿は子供そのものだ。
まあ言わんが。
「すまん。冗談だ。
許しておくれ」
「あら、それはごめんなさい。
気付かなかったわ」
半分くらいは本心だからな。
ディアナは割と調子に乗るのだ。
まあ無理もないが。
久方ぶりに体を動かせるようになったのだ。
ベットを離れて歩き回りたくなるのも当然だ。
「ユーシャとパティは暫く戻らん。
だが気にするな。少し用事が出来ただけだ。
夕飯までには戻ってくるだろう」
「そっか。うん。
きっと大丈夫よ」
なんだか自分に言い聞かせているようにも聞こえるな。
もう少し情報を明かしておくか。
余り喋りすぎては台無しだが、ディアナにも準備は必要だ。
「近い内に外出許可をくれてやろう」
「本当!?」
「ああ。本当だとも。
パティ達はその為の準備をしてくれておる。
しかし当然これはお主の体調次第だ。二人の努力を無駄にしたくなくば、くれぐれも無茶はせんことだな」
「うん!!」
やはりまだまだ子供だな。
無邪気な笑顔だ。可愛いものだ。
「それでは、お嬢様。
私はこれで」
「ええ。メアリ。ありがとう。
こちらは大丈夫よ。お仕事に戻って頂戴」
「はい」
たま~に、貴族のお嬢様っぽい雰囲気になるのだがな。
初見は騙されたし。けど一緒に生活してる内に、あっさりメッキが剥がれ落ちてしまった。
まあ、それだけ心を開いてくれた証拠でもあるのだけど。
「なに?
私の顔に見惚れてたの?」
「まあな。
可愛らしい顔立ちだとは思うぞ」
最近は特にな。
血色も随分と良くなったし。
「エリクって、そういう事平気で言うわよね」
「何を躊躇う必要がある?」
実際可愛らしいのは事実だ。
ディアナとユーシャは同い年だが、ユーシャより若干大人びた雰囲気もある。とはいえ、まだまだ幼さも抜けきらぬ顔立ちだ。ちょっと前まではもう少し年上かとも思っていたのだがな。今は年相応に見えるものだ。
「エリクは良いの?
私が混ざっても」
「なんだそんな事を気にしておったのか」
「答えて」
「ユーシャ次第だ」
「ぶ~」
「やめい」
「それってつまり、エリクは私の事なんとも思ってないって事でしょ?」
またこの話か。
さっきも似たようなやり取りをしていたな。
あれはフラビアに関してだったが。
「恋だの愛だのがそう簡単に芽生えるものか。
そもそも私にはまともな肉体も無いのだ。
若い乙女達と同じ感性を持つとは思わんでくれ」
「なるほど。
つまり性的欲求が存在しないからドキドキもしないと」
「心臓が無いからだ!
そういう事を口にするでない!
お主はうら若き乙女であろうが!」
「エリクはお固すぎるのね。
パティとユーシャも嘆いていたわ」
「お主らは奔放すぎるのだ!
まったく!揃いも揃って!」
「まあでも良かったわ。
エリクが経験豊富じゃなくて」
「何故お主がそのような事を気にするのだ?」
「勿論、私もエリクが好きだからよ?」
「はぁ?」
「何よ、その態度。
傷つくわぁ」
「いや、お主はパティと結婚するのだろう?
何故私を好きだなんて話になるのだ」
「エリクこそ何を言ってるの?
私達は四人で一緒になるために結婚するんでしょ?
なら、私もエリクとユーシャを好きにならなきゃ。
そうでないと、ただ利用されるだけみたいじゃない。
そんなの、パティだって望んでないわ」
「お主は義務感で受け入れているのか?
パティの献身と治療の礼の為に付き合っているのか?」
「だから違うってば。
そういう考え方になるのが嫌だから、皆で好き合えば良いって話をしているのよ」
「どう違うと言うのだ……」
結局それだと義務感が先にあるのではないのか?
「これはユーシャも苦労するわけだわ」
またパティのような事を言いおる。
「エリク、魔力流して。全力で」
「ダメだ。
過剰に取り込みすぎれば害となる可能性もある。
計画通りに進めるのだ」
「これはそういう意味じゃないから。
良いからやって」
「ならぬ。聞き分けよ」
「もう!エリクの分からず屋!」
ディアナは私を掴んで引き寄せると、自分の胸に私の頭を押し付けるように抱きしめた。
「どう?」
「心拍数が上がっておる。
興奮しすぎだ。一度体を休めよ」
「違うの!
そうじゃないでしょ!
わかるでしょ!話の流れ的に!」
まあわかってるけども。
なんなら私が魔力を流してる時にもたまになってるし。
理由に察しがついていたから、敢えて気付かないフリもしてたけども。何せ体の変化は胸の鼓動だけではないからね。私にはディアナの全てがわかってるし。
そろそろすっ惚けるのも限界かしら……。
「とにかく落ち着け。
私は逃げも隠れもせん。
時間はあるのだ。これからは」
「約束よ」
「ああ。約束しよう。
……ユーシャ次第だがな」
「もう!エリクのバカ!
唐変木!意気地なし!」
何故そこまで言われにゃならんのだ……。
まあ、意図的に予防線を張ってるとバレてるからだよね。
中々どうして、子供とは侮れないものなのね。
「冗談だ。そう怒るな。
今更お主の治療を投げ出したりなどせんよ」
「そういう話でもないってわかってるわよね?」
「口実は何でも良かろう。
結局お主のやる事に変わりはないのだ」
「ズルいわ。一方的だわ。
やっぱりエリクにも体が必要ね。
同じ立場にならないとわからないんだわ」
「私の体は魔物のキメラだぞ?」
人間の機能を擬似的に再現する予定ではあるがな。
とは言え、心臓の機能だって全然違うのだ。
同じ欲求を感じるのかは疑問符を浮かべざるを得ない。
「キメラってなに?」
「幾つもの魔物たちを繋ぎ合わせたツギハギの化け物だ。
そういう魔物とでも思っておけ」
「エリク、魔物になるの?」
あれ?
やっぱりそうなる?
どうしよう。学園、通えるのだろうか?
まあパティが気にしてないし、多分大丈夫だろうけど。
「取り敢えずパティに頼んでおくわ」
「やめておけ。
これ以上パティを働かせるつもりか」
そろそろ休暇の終わりも近いのだ。
これ以上やること増やされても捌ききれんだろう。
また新たな魔物素材を要求されたら仕事が増えるのだ。
「むぅ~」
「ほれ、そう膨れるな。
少し横になって休んでおれ。
その後はまた勉強だ」
「は~い」
私を抱きしめたまま寝転がるディアナ。
ユーシャが見たら嫉妬するやもしれんな。
だがまあ、今だけは好きにさせてやろう。
ユーシャの方も時間の問題だろうしな。