01-53.検証
「待たせたわね」
「ディアナとは上手くいったか?」
「エリク、あなたやっぱり意地が悪いわ」
「何を怒っとるんだ?」
そんな顔を真赤にして。
「何をですって!?
何で言ってくれなかったのよ!
ディアナが私のしてた事を知ってたって!」
「ああ。その事か。
いや、言わんだろそれ。普通に考えて。
別に意地悪なんぞしとらんだろうが」
「私が!どんな気持ちで!ディアナに!
打ち明けたと思ってるのよ!!」
なんだ。照れくさかっただけか。
それで私に八つ当たりしてるのか。
覚悟を決めて踏み込んだら、肝心な所が想定と違っていて恥ずかしかったのか。
だがそれは、元々必要な事だった。
わかった上で敢えて言葉にする事こそが、この二人にとっては最も大切な儀式だったはずだ。
そもそも普段のパティなら自分で気付いていたはずだ。
それだけディアナの事から目を逸らし続けていたのだろう。
罪悪感で思考停止なんぞ、一番ダメなパターンではないか。
とは言えまあ、そんな事は口にするまい。
パティだってわかっている。
これはただ甘えてくれているだけだ。
ならば受け止めてやろう。
いや、ここは敢えて受け流すべきかもな。
パティは気恥ずかしさをどうにかして欲しいだけだ。
今直ぐに頑張ったなと褒めるのは悪手だ。
きっとより照れくさくなってしまうだけだ。
タイミングをしっかりと見極めよう。
「そうか。それは悪かった。
よし、では早速実験を始めよう。
それでさっさと忘れてしまえ」
でないと、ディアナと話す度に照れてしまいそうだ。
初々しい出来立てカップルのようにな。
「実験って?
エリクは何に気付いたの?」
うむ。流石はパティ。
早速切り替わったか。
ディアナの治療は何より優先されるからな。当然だな。
「これは口で説明するより実際に見てもらった方が早かろう。先ずは指を出してくれ、パティ」
パティが指を出すと、ユーシャがナイフで切りつけた。
先程までユーシャとも実験を繰り返していたのでな。
既に慣れた様子だ。
パティも特段不審がる事もなく、血の流れ出した指を突き出している。どうやら既に私のやろうとしている事に想像が及んでいるらしい。話が早くて助かるな。
私は先程ユーシャにそうしたように、パティの指先に集中的に、大量の魔力を流し込んだ。
「!?」
効果は一瞬だった。
傷口は跡形もなく消え去り、パティの指は血こそ纏っているものの、元の綺麗な姿を取り戻した。
「これは……凄いわね……。
それで?次は?」
「走るぞ」
「やりましょう!」
すぐに走り出したパティ。
居ても立っても居られないようだ。
私と同じ可能性に思い至ったのだろう。
とは言え興奮しすぎだ。
走るのは庭についてからだ。
屋敷内を姫が走り回るでない。端ない。
ユーシャと遅れて庭に辿り着くと、既にパティが走り込みを始めていた。
なるほど。
先に限界まで体力を使ってから魔力を流してみるのだな。
私は最初から魔力を流して走り続けられるか試すつもりだったが、パティの選んだ方法の方がわかりやすそうだ。私が魔力を流す事で、失われた体力が戻るのかも確認できるしな。
「ユーシャ、よく見ておいてくれ。
パティの限界がどの程度か、侵食の有無で比較したい」
「わかった!」
ふんす!と鼻を鳴らすユーシャ。
この世界にはストップウォッチとか無いから、正確に時間を測るのは難しいかもしれんが、二人で見ていた方がより確実性も上がるだろう。
それにしてもパティのやつ、今日もいつも通りの学生服姿ではないか。つまりミニスカなのだ。運動着にでも着替えさせるべきだったな。父君が見たら卒倒してしまうのではなかろうか。いや、なぜだか中身は見えないのだけど。全力疾走中なのに。これが鉄壁というやつか。
それから暫く時間を掛けて体力を使い果たしたパティ。
ぜーぜーと荒い息を吐きながら、私の下まで近づいてきた。
「やるぞ」
パティの全身に魔力を流し込んでいく。
何時も実験的に流すのとは比べ物にならない程大量に。
昨日、魔力壁を構築する際に、私は大量の魔力の取り出し方を感覚で覚えたようだ。まさかあの経験がプラスに働くとはな。でもまあ、火事場の馬鹿力で終わらずに済んで良かった。お陰でこの実験にも活かす事が出来ている。
パティの体の隅々にまで魔力を行き渡らせ、エリクサーの湯船に沈めるようなイメージでパティを包みこんでいく。
効果はすぐに現れた。
パティの息が整い、目に見えて生気に溢れ始めた。
「いけるわ!これなら!
やれるわ!エリク!
走る前より快調なくらいよ!
ディアナの体もこれで!」
「落ち着け、パティ。
ディアナに施すのは検証を繰り返してからだ。
計画も立てねばならん。慎重に進めるぞ。勢いに任せるのはいかんぞ。元々健康なお主とは違うのだ。ディアナに魔力を流した所で直ぐに走り回る事はできんのだ」
「そうね。ごめんなさい。
少し興奮し過ぎたわ。
もう何回か試しましょう。
エリクも魔力の残量には気を付けて。
常時流し続けられる量も計りながらね」
「うむ。そうだな。
理想を言えば、私の魔力が回復する速度以下に抑えたい。
それで足りるのかも確かめてみよう。
後は、耐性についても調べねばな」
夜は敢えて抜く必要もあるかもな。
むしろ運動する時だけ魔力を流すくらいで丁度良いかもしれん。
「次は魔力を流しながら?」
「うむ。
暫くそれで走ってみよう」
パティに先程よりは少なめな魔力を流し込む。
今度はこれを継続して行う必要がある。
これは側に張り付いておいた方が良いやもしれん。
人形の体のままパティの肩にしがみついて、【浮遊】も使って体重を帳消しにする。
「ユーシャ、また見ていてくれ」
「うん!」
「それじゃあ行くわよ!」
パティは再び元気よく走り出した。




