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01-50.幸せに暮らしましたとさ

 さて。パティとユーシャは眠ったようだ。

しかも今日は珍しく私の体が野放しだ。


 これはチャンスだ。

今のうちにあの本を読んでおくとしよう。

続きが気になっておるのだ。

すまんな。悪く思うなよ。パティ。




----------------------




 夫婦と人型の幸せな日々にも再び陰りが見え始めた。


 人型は眠る事が出来なかった。

夜は人型にとって苦痛でしかなかった。


 夫婦は応えなかった。

寝ている夫婦をいくら抱きしめようとも、抱きしめ返してはくれなかった。


 夫婦は禁じた。夜に歌い、動き回る事を。

人型は気を紛らわせる事も出来なかった。

ただ夜の暗闇の中、じっと夫婦を見つめ続けていた。




 人型は引き止めるようになった。

寝所へ向かう夫婦を強く抱きしめて、まだ側に居て欲しいと訴えかけ続けた。


 最初は嬉しそうに付き合っていた夫婦も、段々と渋るようになっていった。


 人型は老いなかった。何時までも幼いままだ。

しかし夫婦は違う。着々と歳を重ねていた。


 どれだけ人型の側に居たいと願っても、体がついていかぬのだ。土と石で出来た人型の肉体は、老境に差し掛かった夫婦が抱き上げるには重すぎた。


 段々と抱き合う回数も少なくなっていった。


 人型は老いを理解出来なかった。

人型は夫婦の痛みを想像出来なかった。


 自らだけでなく他者の痛みをも忌避する優しき人型であっても、想像出来ぬものは避けようもなかった。


 そうして再び、段々とすれ違っていった。




 夫婦は薄々感じ始めていた。

自分達では人型を幸せには出来ぬのだと。


 自分達は何れ老いて死ぬのだ。

残された人型はどう思うのだろうか。


 冷たい亡骸となった夫婦を前に、この愛しい我が子は何を思うのだろうか。


 この子は後何度そんな思いをするのだろうか。




 夫婦は怖くなった。眠るのが。

そして、永久の眠りにつくことが。


 幼き我が子を一人にするのが怖かった。

しかし体は言うことを聞かぬのだ。

刻一刻と別れの時は近づいているのだ。


 夫婦は備える事にした。

夫婦亡き後、我が子を迎えてくれる家を探すようになった。


 しかし村に受け入れようとする者など誰一人いなかった。

誰も彼もが、人型を気味悪がった。




 夫婦は気付いていなかった。

いや、気付かぬふりをしていた。


 最初は奇異の目で見ていた村人達。

しかしその目はとっくに恐怖に置き換わっていた。

人型を受け入れようとしないのは当然の話だった。


 夫婦は傲っていたのだ。

愛しの我が子、そして偉大な翁からの特別な贈り物。

そんな素晴らしき存在が、ただただ恐怖されるだけのモノだとは信じられなかったのだ。




 夫婦は真実を見ようとしていなかった

人型が皆から受け入れられる努力を怠った。

自分達が愛情を示せばそれで十分だと信じていた。


 もはや夫婦の言葉に耳を傾ける者など一人もいなかった。

先に耳を閉ざしたのは夫婦の方だったのだから。


 老いた夫婦は絶望に打ちひしがれた。

村を捨てるにも歳を取りすぎてしまった。

今更人型と共に旅に出る事も叶わなかった。

もはや出来る事など残っていなかった。




 そんな時だった。あの翁が三度みたび現れたのは。

長い月日が経ったにも関わらず、翁は以前と変わらぬ姿だった。


 夫婦はまた翁を招き入れた。

話を聞いた翁は早速人型に機能を追加した。

しかし今度は一つだけだった。


 翁が人型に付け足した機能とは、寿命・・だった

夫婦と共に終われるようにと、残り少ない寿命を与えた。




 夫婦は激怒した。

翁を責め立て、元に戻すようにと迫った。


 翁は静かに夫婦を諭した。

これこそが唯一の救いであると。

命とは本来そういうものであると。

これでようやく、土塊から一つの命へと至ったのだと。


 夫婦は納得出来なかった。

自分達が苛まれている死への恐怖を我が子にも味合わせるなど、断固として反対した。


 夫婦には先が見えてはいなかった。

頑なに我が子の幸せだけを願い続けていた。


 あの子は人の温もりが好きなのだ。

私達が与えられぬ分、誰かが代わりに抱きしめてあげてほしい。それこそが唯一の願いなのだと、訴えかけ続けた。




 翁は人型から寿命を取り上げた。

その代わり、夫婦に選択肢を示した。

人型に付け足せるのは後一つだけなのだと、そう告げた。



 一つは、眠り。

人型は眠る事が出来るようになる。

夜の寂しさに怯える事もなく、夫婦が亡くなるまでは幸せでいられるだろう。



 一つは、忘却。

人型は忘れる事が出来るようになる。

夫婦が亡くなろうと、次の家族が亡くなろうと、その度に人型は全てを忘れてやり直せるのだ。


 夫婦を忘れさせて、翁に託す事が出来る

翁は約束してくれた。次の家族を見つけ出すと。

真に人型の幸せだけを望むなら、こちらを選ぶべきだと。




 夫婦はすぐには答えを出せなかった。

夫婦には様々な想いがあった。

幾つもの矛盾に葛藤し、悩み続けた。



 我が子を手放したくない。何時までも側にいたい。


 我が子に幸せになってほしい。他の誰かに託してでも。



 忘れられたくない。

何時までもあの子に覚えていてもらいたい。


 悲しませたくない。

あの子が悲しむくらいなら、忘れられても構わない。



 不安で堪らない。

あの子は本当に幸せになれるのだろうか。

翁はそんな家族を見つけ出せるのだろうか。


 後の事が怖い。

あの子がいなくなれば二人きりだ。

村の皆と仲直り出来る日は来るのだろうか。



 最後まで一緒にいるべきなのではないか。

翁の言っていた事は正しかったのかもしれない。

寿命こそが唯一の救いなのだと……。




 夫婦は選択した。

夫婦が選んだのは、忘却・・だった。


 人型は全てを忘れ去った。

全てを忘れて、翁と共に旅立った。


 翁は最後に一つ置き土産を残した。

夫婦の決心に免じ、村人達の夫婦への忌避感を忘れさせた。


 夫婦は村人達に受け入れられた。

我が子との思い出を胸に、最期の時まで幸せに暮らした。



 翁は人型を幸福な家庭に預けた。

人型に目一杯の幸せを体験させた。


 翁は人型を病で子を失ったばかりの夫婦に預けた。

亡くなった子に姿形を似せて、その子の言動を模倣させた。



 人型は何度も何度も繰り返した。

時に自らの幸福の為に。時に誰かの幸福の為に。

人型は人々の良き隣人であり続けた。


 そして別れの度に全てを忘れさった。

けれどそれでも、人型には変化があった。

段々と、土塊の人型から人間へと近づいていった。

それでも寿命だけは得られなかった。


 人型は何時までも旅を続けた。

何時までも何時までも、無邪気に純粋に健気に献身的に。

人々に寄り添い続けていた。




----------------------




「何だこれは……。

 これで終いなのか?」


「人型はその後どうなったのかしら」


「すまん、パティ。起こしたか?」


「気にしないで。

 それより感想を聞かせて」


「感想と言われてもな……。

 一言で言うなら気に入らん。

 人間は一方的に過ぎる。

 いや、これは神の仕業かもしれんがな。

 何れにせよ人型にはもう少し救いがあってもよかろうに」


「どんな救いなら幸せだと思う?」


「こういう物語には定番の最後があろう。

 多くの人々を幸せにした人型の下には神が現れるのだ。

 そして天国へと誘い、夫婦と再会させる。

 もしくは真の人間へと変じさせて最後の人生を歩ませる。

 まあそんな所だな」


「なにそれ?

 どこの定番?

 聞いたことが無いわよ?」


 そうか。これは転生前の世界の定番か。


 そう言えば、聞いたことがあるな。

お伽噺や童話には、物語の最後がハッピーエンドになるよう後から色々と付け足されているものが多いと。


 本来のお伽噺とはこういうものなのか?

単に足りていないだけのような気もするが……。


 そう、まるでこの人型が今尚存在し続けているかのようだ。

まだ人型の物語が終わっていないから、書き記せないかのようだ。

そんな中途半端さを感じるのだ。



「エリクの世界の神様は随分と優しい存在なのね」


 ああ、そうか。その違いもあったな。

この世界の神はあの不審者だものな。

神が実在すると認識されている世界では、物語に書き記すのも色々と問題があるのだろう。


 なんなら唯一神でもありそうだし、手が回っておらんのかもな。積極的に救いの手を差し伸べていたなら、パティもこんな事は言うまいし。



「パティはこの話を読んでどう思ったのだ?」


 確かハッピーエンドともバットエンドとも言い切れないと言っていたが。



「人型にとって最も幸せなのは、夫婦と共に最期を向かえる事だったと思うわ。少なくともこの物語はそう強調しているもの」


 まあそうだな。

寿命を与える事こそが唯一の救いだったと。この物語がそう言いたいのはわかる。もしかしたら生物に寿命が存在する意味を説く話でもあったのかもしれんな。



「ただ私個人の思想を交えるなら、正直羨ましい」


「羨ましい?

 誰がだ?」


「もちろん人型がよ。

 永遠の時を生きて、沢山の人を幸せにし続ける。

 これは人が目指すべき一つの到達点でもあると思うの。

 まあ、忘却はもう少し調整が効くと嬉しいけどね。

 何もかも忘れてしまっては楽しめないもの」


「この話は永遠の命など残酷だと説きたいのではないか?」


「私はそうは思わないわ。

 だって人型は幸せそうだもの。一番の幸せは得られずとも、それ以上の幸せを生み出し続けたのだもの」


「一番より上があるのか?」


 いやまあ、なんとなく言いたいことはわかるけども。



「結局、幸せって相対的なものじゃないのよ。

 本当に欲しかったものを掴めなかったとしても、次の幸せを掴めばいい。それを積み重ねていけば、どれが一番だったとかは関係無くなるの」


「それはもしや、私に生き続けろと言っているのか?」


 パティとユーシャを失っても、生き続けてさえいればまた新しい幸せが得られると?



「ふふ。違うわ。

 まだそんな決断を下すには早すぎるもの。

 私達はしっかり備えましょう。

 別れずに済むように。永遠の時を共に歩みましょう」


「ユーシャと同じ事を言いおって。

 私は認めんぞ」


「大丈夫。それもまだ時間があるもの。

 必ずエリクにも認めさせてあげるわ」


「まったく。

 困った娘達だ」


「私はエリクの恋人だもの。

 ただ与えられるだけの立場ではないの。

 それはもちろん、ユーシャもね」


「自立心が在りすぎるのも問題だな」


「エリクのそういう所、良くないと思わよ。

 人間や神は一方的だと言ったばかりじゃない。

 エリクはあの人型がされたように、私達の人生を勝手に決めるつもりなの?」


「……いや。失言だった。

 心強い限りだよ。

 私も負けないよう、自分の信念を貫くとしよう」


「ふふ。それで良いのよ。

 エリクなりに私達を幸せにする方法を考えてくれればね。

 その為なら、時には意見をぶつけ合う事も必要になるわ」


「なんだか勝てる気がせんな……」


「それだけ私達の愛が強いって事ね♪

 エリクも負けないで♪」


「ああ。そうだな」

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