01-05.親心娘知らず
『そろそろ切り上げてはどうかね?
依頼の分はとっくに集まったのだろう?』
「う~ん。
そうだね~。
でもなぁ~」
『なんだ。煮えきらんやつだな。
悩みがあるのなら言ってみよ』
「悩みっていうか……。
町に戻ったら、エリクと話せなくなっちゃうし」
まったく……この娘は……。
『宿に戻るまでの辛抱だろうが』
「わかってはいるんだけどさぁ~」
この娘は昔からこうだ。
いざとなったらどこまでも歩いて行けるくせに、少し緩むと中々切り替えられない。
思い切りは良く、根性はあるのに、メリハリがないのだ。
しつこく言い聞かせねば、平気で野宿を始める事だろう。
年頃の娘に何時までも野生児のような生活はさせられない。
この娘は決して強くはないのだ。
ただ人より頑丈なだけだ。
屈強な男共に囲まれれば、あっさりと組み伏せられてしまう事だろう。
やはり私も魔法の練習をするべきだ。
今度この娘に頼んで本でも……。
いや、私は何を考えているんだ。
私はこの娘の下を去ろうとしているのだ。
この世界の書物、特に魔導書は目玉が飛び出る程高額だ。
そんな物を強請ろうなどと、本当に馬鹿げている。
例え少女を守る為だろうと、許される事ではないのだ。
「……やっぱりもっとお金欲しいなぁ。
うん。決めた。
あの話、受けてみるよ」
一瞬私の考えが見透かされたのかと焦ったが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。
どうせこの娘の事だから、暫く働かずに済む程度の金銭が欲しいだけなのだろう。
私と二人きりで、布団の上でグータラしていたいのだろう。
その日暮らしというか、刹那的なこの生き方はどうにかしてやりたいものだ。
私が側に居られる内に、この娘の生活習慣と金銭感覚とそもそもの資金力、その他諸々を解消してあげなければ。
むむ。まだまだ離れられそうにはないな。
しかし、こればかりは仕方あるまい。
『まさかあの依頼か?
本気か?
止めておけ。止めておけ。
お前なんか取って食われるのがオチだ。
そもそも、お前に務まるわけがないだろう。
自分の事すら満足に面倒を見られないのだ。
他者の世話を焼こうなど、烏滸がましいにも程がある』
「そこまで言う!?
もう!あったまきた!
良いもん!なら意地でも受けるから!」
『悪かった。言い過ぎた。
少しカッとなっただけなんだ。
だからどうか止めてくれ。
お前をあんな場所に送り出す事は出来んのだ。
どうかわかっておくれ』
「えへへ~も~素直じゃないんだから~♪」
良かった!
わかってくれたか!
「でもダメ。
というか、何他人事みたいに言ってるの?
エリクも一緒に行くんだよ?」
『無茶言うな!
貴族の屋敷に喋る薬瓶が入れるもんか!
バレたらお前ごと売り飛ばされてしまうぞ!』
「ふふ。エリクは心配性だな~♪
大丈夫だって。いざとなったら逃げるから♪」
『それこそ無謀だ!
この地で生活出来なくなってしまう!
ようやっと落ち着いたというに、また旅生活に戻るつもりか!』
「うふふ~それも良いかも~♪」
『待て!早まるな!話を聞け!
どう考えてもおかしいと気付け!
何故一介の冒険者風情にメイドの仕事なんぞ依頼する必要があるのだ!
どうせお前の乳が目当てに決まっている!
ノコノコと現れたお前に一服持ってやり捨てるつもりに決まっている!
果ては奴隷落ちだぞ!
証拠隠滅の為に売り払われるのだぞ!
私とお前もそれっきり、二度と会えなくなるのだぞ!』
「ないない。
ここの領主様、良い人って噂だったじゃん」
『旅の道中、馬車で盗み聞いただけの情報だろうが!
あの時ですら詳しく話を聞く勇気も無かったお前が、メイドの仕事なんぞ出来るはずが無かろう!
頼む!後生だ!この願いだけは聞き届けてくれ!
行ってはならんのだ!絶対なのだ!』
「う~ん。
でもさ、お貴族様の指名依頼蹴っちゃったら結局居辛くなるんじゃないの?」
『ぐぬっ……それはまあ……そうだが……』
「期間も短いし、お給金は良いし、試しに受けてみようよ」
どう考えてもダメなヤツだって!
もう怪しい匂いしかしないんだってば!
けどこのパターンはダメだ。
これは一回痛い目見ないと納得しないやつだ。
この娘の頑固さは私が一番よく知っている。
いやしかし。
今回ばかりは……。
世の中には、失敗すれば一発アウトな事だってあるのだ。
また次頑張れば良いよねでは済まないのだ。
どうしたらそれが伝わると言うのだろうか。
「そんな心配しなくたって、私も頑張れば少しくらい他の人とお話出来るかもしれないじゃん」
『ギルドの受付とすらまともに話せないお前がか?』
毎回無言で素材と依頼票を差し出すだけのお前がか?
私の前でだけはこんなに口やかましいのに、他の者達の前では何も喋れんではないか。
「もう!
エリクは私に頑張って欲しいんじゃなかったの!?
結局そうやってダメダメ言うんじゃん!
絶対あの依頼受けるから!
エリクの事見返してやるんだから!!」
それから何度引き止めても、少女は私の頼みなど聞いてはくれなかった。
親の心子知らずとはまさにこの事か。
娘の成長を願う心と共に、親にはどうしても引けない時はあるのだ。
それをわかってもらうには、私は力不足に過ぎる。
せめて腕があれば力尽くで抑え込んだものを。
そう。腕だ。
大至急、勘を取り戻そう。
我が魔術の深淵を見せてやろう。
いざという時に、この娘を守り通せるように。
この娘を害する悪意を取り除けるように。
私はこの娘の世間知らずもどうにかせねばならのだ!
やはりまだまだ側を離れるのは時期尚早だったのだ!
結局町に戻った少女は、勢いのまま依頼を受領し、早速翌日から貴族の屋敷でメイドとして働く事になったのだった。