07-22.何より怖いもの
「…………はぁ~~」
パティが落ち込んでいる。ディアナの言う通りだ。
「なあ、パティよ。そう気にするな」
「ええ……そうね……」
ダメそう。
「もしかしてパティもあまり喧嘩の経験は無いのか?」
「……そうかも」
かつてはディアナとも拗れていた事はあったけど、面と向かっていがみ合いをした経験は少ないのだろう。パティは誰からも愛される子だったからな。本人は遠慮して広く浅くな付き合いばかりだったみたいだし。
私やリタと言い争いをする事は少なくないけど、当然そういうのとも全く違うのだ。意見のぶつけ合いと意地の張り合いは全くの別物だ。弱気になるのも致し方のない事なのかもしれない。
「人間生きてれば喧嘩の一つや二つもするものさ。時には誰より愛する人を疎ましく思う事だってあって当然なのだ」
「……わかってるわ」
「いっそとことんやりあってみてはどうだ?」
「……今の私がユーシャに負けるわけないじゃない」
「そういうところだぞ。そういう考えが見透かされておるのだ」
「うぐっ……」
「パティが高圧的だからユーシャが反感を募らせる面も間違いなくあるだろうさ。もちろんその逆もな。つまりはお互い様だ。お互いにそうやって落ち込んでおっても前には進まんぞ」
「……ユーシャも落ち込んでるの?」
「当然だ。まあ、ユーシャはそれだけでもないがな。どうやってパティに仕返ししてやろうかと毎日頭を悩ませとるぞ」
「あの子は……もう……」
「ふふ♪ どうだ? 悩んでいるのも馬鹿らしくなったろ」
「……ええ」
まだダメそう。でももうちょっと。
「パティとユーシャは違うのだ」
「……そうね」
「けれど大切なものは同じだ」
「……そうね」
「許せとは言わん。パティも好きなだけ仕返しするといい。いっそボコボコにしても構わんぞ。ユーシャの鼻っ柱を叩き折ってやれ。その後は私が慰めてやるさ。二人ともな」
「……別にそういう事がしたいんじゃないわ」
「勘違いをするな。これはパティの為ではない。ユーシャの為にそうしてやれと言っているのだ。パティが悩んでいるのもそういう事だろう? 手を抜くわけにも認めるわけにもいかんのだろう? 何もかもユーシャが撒いた種だ。それは事実だ。その上でパティはユーシャを許してやりたいのだ。それが出来ない自分を責めているのだ。だから遠慮は要らん。どっちもやってしまえ。ユーシャを叩きのめしてから手を差し伸べてやれ。きっとユーシャはその手を払いのけるだろうさ。けれど間違いなくパティに追いついてくる。あの子はパティに見限られる事が怖くて堪らないのだ。だから必ず縋り付いてくる。どんな形であれな」
「……嘘よ。絶対また拗ねて引き籠もるわ」
「ふふ。そうだな。それもあるだろうな。間違いない」
「そうなったらまた元通りじゃない」
「いいや。そうではない。パティとユーシャが想いをぶつけ合った結果は残るのだ。前回の喧嘩は互いの姿が見えないところで行われてしまった。だから今度は正面から叩きのめしてやれと言っているのだ。互いの姿を目に焼き付けるのだ。それできっと結果は変わるだろうさ」
「……うん」
「もちろん無理にとは言わんがな。これはあくまで私の意見だ。パティにだって良案は浮かぶかもしれん。きっとそちらの方がより良いものになるだろうさ。私はもう一度喧嘩をしなおせと言っているだけだからな。些か遠回りであることは否めんだろうさ」
「……どうしてそこで撤回しちゃうのよ」
「誰よりパティを信じているからだ」
「……意地悪」
「心配は要らん。私達のパティは頼りになるのだ」
「なによそれ。もう。酷いんだから」
「ふふ。すまんすまん」
「……」
あれ? 魂の拘束が解かれた?
「パティ? どうして解いてしまうのだ?」
「意地を張っているのが馬鹿らしくなってしまったわ」
「だからってこれはユーシャの為にならんだろう」
「そんなのエリクがなんとかしてよ。あの子はあなたの娘でしょ」
「私とパティは伴侶だ」
「嫌よ。あんな子、娘だなんて思いたくないわ。伴侶だけで十分よ」
「欠点は見ない事にするのか?」
「それも一つの付き合い方でしょ」
「それもそうか」
「……冷たいって言わないの?」
「言ったろ。パティはきっと私より良い案を思いつくと。パティが正解と考えた方法ならそれでいいのさ」
「……違うわ。私は逃げただけよ。あの子がゴネ得だって思っても放って置く事にしただけよ」
「だからと言って愛を失ったわけでもあるまい?」
「当然じゃない。私だって本当はユーシャから嫌われたくないのよ。自分から拒絶しておいて勝手だとは思うけど」
「パティは真面目過ぎる。そんな事を勝手だなんて思う必要はないのだ。パティを慮らなかったのはユーシャの方なのだからな」
「あの子は甘えん坊なの。私には何をしても良いって誤解しているの。私はあの子の思惑通りに甘やかすの。あ~あ。嫌になっちゃう」
「今回ばかりはそれだけでもないようだぞ」
「なんで?」
「パティ!! パティ!!!」
ユーシャが泣きながら駆け込んできた。
「パティ! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「えぇ……何がどうしたのよ。エリクが何か言ったの?」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「私は何も言っとらんぞ。パティがたった今口にした事が全てだ。ユーシャを見限ったと。そう聞こえたのだろうさ」
ユーシャは私の魂が解放された瞬間に繋がってきた。当然パティの口にした言葉も届いていた。
「そういう意味じゃないわ。ちょっと、ユーシャ。落ちついて。誤解よ。大丈夫だから。私はあなたを嫌いになんてならないわ」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「ダメだなこりゃ。全然聞こえておらんぞ。頭が真っ白になってしまっておるな」
「あら? もしかしてエリク、ユーシャの心が見えるようになったの?」
「うむ。お陰様でな」
「パァティ~~~~!!!」
「もう。わかったってば」
パティはしがみついて泣き喚くユーシャを撫で続けた。
私は二人を置いてその場を離れた。




