07-17.激甘保護者
「なあ、ユーシャ。そろそろ出かけないか?」
「ううん~」
私とパティの帰還から一月程が経過した。
あれからユーシャは一度も部屋から出ていない。完全な引き籠もり生活だ。私を抱き締めたまま日がな一日ベッドの上に転がっている。お外が怖くなってしまったらしい。或いは昔のユーシャに戻ってしまったのかもしれない。宿代さえ賄えるなら極力働きたがらない子だったし。
以前は金銭的な都合でここまで長く引き籠もる事も無かったが、今なら半永久的に続けられるだろう。
私達の身体は消費よりも回復する速度の方が遥かに速い。空気中の魔力やなんやらを勝手に取り込んでエネルギーやエリクサーに変換してくれる。理論上は身体のメンテナンスすら必要ない。母さん脅威の技術力のその全てが注ぎ込まれた最高傑作だ。更には叔母様から授かった神の力まである。もちろん、引き籠もる為に授けられたものではないけれど。
「そろそろ落ち着いたろう?」
「うん~」
なら出かけようや。ユーシャの番終わっちゃうよ?
「ちゅーして」
口を塞ぐなら自分からしなさいな。そんな事までめんどくさがらないでよ。するけどさ。
「……これで満足か?」
「もっと」
あかん。ついつい甘やかしてしまう。私がこんなんだからユーシャが立ち直れないのに。
「脱がして」
「まさか全部やらせるつもりか?」
「うん」
「うん」じゃないが。……やるけどさ。
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「お風呂くらい入りなさい」
遂にパティが乗り込んできた。私達を部屋から叩き出し、テキパキと部屋の掃除を始めた。
「うっわ。二人とも凄い匂いよ。今はユーシャの番だし引き籠もるなとは言わないけど、せめて清潔にだけはして頂戴。ここは皆で暮らす家なんだから」
「「はい……ごめんなさい……」」
仰る通りです……。
流石のパーフェクトボディにも限界はある。体臭は制作者達の意図的に備わっている。それも個人を形成する大切な要素だ。無味無臭の人間なんてそれはそれで味気ないものだ。
「引っ越そ」
「湖にか?」
「うん」
それは極端過ぎるだろ。別に掃除なんて大した手間でもないんだし。わざわざ水の中で暮らさなくたって掃除の為の術もあるんだし。
「私はユーシャの匂いが好きだ」
「わかった」
チョロい。
……ぬかったか? いっそ湖に移住すれば引き籠もり生活を脱する切っ掛けにもなったか?
……ないか。どうせ湖の底に引き籠もるだけだろうし。
ならばいっそ皆の目もあるこの家の方が切っ掛けもありそうだ。よっぽどでなければ咎めるつもりもないらしいけど。
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「今晩はバーベキューよ♪ 二人もどうかしら♪」
「いらない」
だそうです。
「……すまんな。折角誘ってもらったのに」
「気が変わったらいつでもいらっしゃいな♪」
「うむ。ありがとう」
いいなぁ……バーベキュー……。
ユーシャは少し前から食への興味を失いつつある。以前同じ生活をしていたディアナとは違ってそもそも必要がないからだ。
段々と人間的な生活から遠ざかっている。やはりこのままではマズい。姉さん達だって似たような生活をしているし、なんて言っている場合ではない。
私はユーシャと世界中を観て回りたい。それが私の夢だ。そこには当然人々の営みが含まれる。食べ歩きだってしたいのだ。ユーシャと様々な物を見て感じ取りたい。ユーシャが人間を辞めてしまうのは本意じゃない。
「なあ、ユーシャ」
「な~に~」
「私には夢がある」
「ど~れ~」
「ユーシャと全てを分かち合いたい。私は何一つ手放したくないのだ」
「よくわかんない」
これは拗ねているな。私の心が未だ閉じられている事に。もちろんわかっていた事だけど。
「バーベキューに行かないか? 腹は減らずとも食事の習慣は続けないか?」
「……行ってもいーよー」
「そうか♪ 付き合ってくれるか♪」
「ううん。エリクが一人で行くの」
「そんな悲しい事は言わないでおくれ……」
「誤解しないで。エリクを拒絶したわけじゃないよ。ただ気分じゃないだけ」
「それでも付き合ってはくれぬか? 今日のところはただ隣に座ってくれているだけでも構わんぞ?」
「嫌。絶対勧めてくるもん」
「どこか体調でも悪いのか?」
「うん。エリクの心の声が聞こえないんだもん。ぽっかり穴が空いたみたい。何にもやる気なんて起きないよ」
「それは……」
「ねえ、これは本当に悪意じゃないの? 正しい罰なの? 今は私の番なのに我慢し続けなくちゃいけないの? 悪いことしたのは私だから黙って従い続けないといけないの? 私はそこまでパティに嫌われちゃったの? こんな事を言ったら反省してないって責められちゃうの? 私の一番大切なものを奪い続けるパティを好きで居続けないといけないの?」
ユーシャ……そこまで思い詰めて……。
「……パティに相談してみよう。私も一緒に頭を下げる。だからそんな悲しい事を言わないでおくれ。大丈夫だ。パティはきっとわかってくれる。ユーシャが本当に反省している事はもうちゃんと伝わっている。私も配慮が足りなかった。お前の言う通りだ。こんな大切な時にまで制限を課したままでは不公平だよな。それをやりすぎだと思うのも当然だ。よく我慢していてくれた。よく相談してくれた。よく頑張った。偉いぞ、ユーシャ」
「うん……ありがとう。エリク」
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「甘すぎよ。たかが一月程度で何を言っているのよ。私達は半年近く我慢を続けていたのよ? 本当にわかってる? それで本当に反省したと言えるの? そもそも最初からわかっていた事でしょ。始めに順番を変えてくれと言えば済んだ事じゃない。今更になって言い出したのは今の今まで不貞腐れていたからでしょ。チャンスは与えたのに自分で努力しなかったじゃない。だって私、ユーシャには何も教えていないもの。方法は教えるって言ったのに、部屋から出て来なかったじゃない。私に教えを乞いに来なかったじゃない。それで私に許してくれだなんてよく言えたわね。正直がっかりよ」
パティの言う通りだ……。グウの音も出ない……。
「ごめんなさい……今からでも教えてください……」
「明日になさい。今は食事中よ。見ればわかるでしょ」
「はい……」
「まったくエリクは。あなただって散々苦しんだじゃない。それで一度はユーシャ達を拒絶したじゃない。喉元過ぎればにしたって早すぎるわよ。そんなんだから」
「パティ。それ以上は言い過ぎよ。二人とも非を認めているわ。少し冷静じゃなかったの。パティの気持ちもわかるけど、ここはどうか抑えてちょうだい」
「……そうね。ユーシャだって言いづらかった事もあるわよね。そこはちゃんと反省しているのよね。大丈夫よ、ユーシャ。私はあなたを愛しているわ。本当は喧嘩なんかしたくないの。ちゃんと仲直りしたいの。だからもう少し頑張ってくれるわね? 私を信じて頼ってくれるわよね?」
「うん……ありがとう、パティ」
「決まりよ。お肉を食べて英気を養いなさい。明日から厳しくいくからね」
「うん。頂きます」
……すまんな、パティ。




