07-01.技術屋と自由人
五人での暮らしが始まって早三年。今日も穏やかな日々が続いている。この牢獄、もとい、新婚生活を過ごす為に用意された特別な異空間でやれる事って実はそんなに多く無い。
あるのは素朴な家と大自然だけだ。最初はそんな生活も楽しんでいたものだが、段々と代わり映えのしない生活に飽きてきた。私達はまだ若い。隠居するには早すぎたのだ。
この空間で暮らしている限り外の世界で時間が流れる事は無い。厳密には少しずつ進んでいるのだけど、殆ど誤差の範疇だ。ここで十年過ごそうと向こうでは一秒しか経過しないくらいの時間差だ。
別に途中で気軽に出入りしたって構わないはずだった。何か足りない物があれば補充しに出るくらいは問題無い筈だ。一秒が一時間一秒になろうと、全体としては……いや、それがダメだというのもわかってはいるのだけども。
懲役は流石に冗談だけど、これが罰に近いものである事もまた事実だ。皆は、私が十年間他の誰とも会わない事で、眼の前にいる誰かの事だけを考えるようにさせたいのだ。
私の寂しさを強制的に引き出して、その隙間に入り込もうという魂胆だ。これはユーシャ達と離れた時にこそその真価を発揮するだろう。今回のように特別な五人で入っている分には随分と気も楽なものだ。少なくとも今回はまだ追い詰められてはいない。そういう意味では。
ただ、だからといって、内側から開けられないようにしたのはやりすぎだ。何をトチ狂ったのか扉にロックを掛けてしまった。当然外側からだって開けられない。いや、開ける事は出来るのだけど、一秒で十年が過ぎ去ってしまうのだから、なにかしら異変を感じて開けるとしても、その頃には既に数十年が経過している事だろう。
一応、十年が経過すれば扉のロックも外れるらしい。外から見ると随分と妙な挙動だよね。閉めても一秒でロックが外れる箱とか何の役に立つんだかって感じだよね。後の世にこの箱だけが発見されたら皆どう思うんだろう。こうして意味のわからないオーパーツって産まれるものなのかしら。
「出来たわ!!」
発明王がまた何か暇つぶしの道具を自作したらしい。今度はなんだろう? ゆーちゃんも協力していたみたいだから、何か中央世界の再現系だろうか。
「どうよこれ♪」
「……なんだこれ? ソリか?」
バナナ型に木をくり抜いて作った大きな器だ。船かソリかだいたいそんな感じ。人が二人で乗り込めそうな大きさだ。
「惜しいわね♪ けど特別よ♪ 一番に乗せてあげるわ♪」
やっぱ乗るものなんだ。でも一番は遠慮したいかなぁ。ちゃんと試験運用してからロールアウトしてほしい。
「ふふ♪ もしもの時は任せなさい♪ この家はバッチリ守ってみせるわ♪」
墜落も想定されてるの? ならやっぱり飛行機で間違いないみたいだ。
ゆーちゃんはお留守番するの? 自分達の身は自分達で守れと? 私はパラシュート役なの? 命綱代わりに連れて行くの? そもそもパティは自力で飛べるじゃん。
「だいたいこれはどこで揚力を発生させるつもりなのだ? 翼すら無いではないか」
どころかプロペラやエンジンも積んでいない。あるのは魔力電池だけだ。術式は刻まれているけどそれだけだ。まさか飛行は術者任せか? ただ座って魔力を流すだけでは動くまい。細かな制御が必要だ。この術式には負荷軽減以上の意味は無いだろう。
「バカね。そんなの必要ないでしょ。この船には飛行魔導具が備わっているのよ。中央世界の常識で考えないで」
「必要はあるだろうが。効率を考えろ。ただでさえ飛行術式は複雑なのだ。どうせ機体を作るならば機体制御を単純化させねば意味がなかろう。これではただ大きな荷物を持って飛ぶだけだ。魔導具で多少のサポートを行った所でこのサイズの荷物を持って飛ぶのであれば帳消しだ。どころかマイナスになりかねん。二人で飛ぶにしても最初から相手を抱きかかえて飛んだ方が効率的だろうが」
「そこまで言うなら銀花が作りなさいよ! 何事も最初は非効率なものよ! 少しずつ改修を重ねていくものなの! これは最初の一歩よ! ちょっとくらいの不便さは笑って許容しなさいよ!」
「……ごめん。ゆーちゃんの言う通りだ」
「もう。すぐ謝らないでよ。張り合いないわね。私はもっと本気の喧嘩だってしてみたいのに」
「本当に悪かった。私が短慮だった。少し気が滅入っていたのだ。私は喧嘩なんてしたくないのだ」
「バカね。謝りすぎよ。別に間違った事は言ってないじゃない」
「ゆーちゃん」
「銀花」
「ごほん」
「「……」」
「あ~。そういうの後にしてくれるかしら? 私は早くテストしてみたいの。たしかにエリクも言うように、ユウコの齎してくれる中央世界の知識は参考になるわ。けれどユウコの知識でもその辺りってあんまり詳しくないのよね。それ自体は仕方のない事よ? だってユウコの前世は専門家でも技術者でもなんでもなかったんだから。つまり殆ど手探りで進めていかないといけないわけ。その為には実際に飛ばしてみて肌で感じてみるのが良いと思うのよ。ほら。大きな荷物を持って飛ぶと口で言ったって、どこにどんな力が掛かるのかわからないわけじゃない? 別に翼やプロペラが必要とも限らないわ。揚力と推力を実際に生み出すのは魔力によって生み出した風なわけだしね。量産化のコストや流通後の整備性も含めて考えれば、複雑なパーツはむしろ少ない方がいいわけよ。その分術式が複雑なものになるだろうし、場合によって役割ごとに分散させる必要もあるかもだけどさ。そうすると今度は操作性に影響するかもしれないわね。必要な魔力量も増えてしまうかも。やっぱり特別な技能が無ければ飛ばせないのではあまり意味が無いわよね。いえ、完全に無いとは言わないけどね。けれど目標は誰もが気軽に飛べる乗り物を生み出す事なの。で、結局何が言いたいのかって言うとね。今の時点でどちらが優れているとは言い切れないって話でね。だからやっぱり」
「わかった。わかったぞ、パティ。私が悪かった。いくらでも実験に付き合おう。空のランデブーだ。デートしよう」
「ありがとう♪ エリク♪」
ふぅ……。止まってくれた……。パティはこうなると長いのだ……。
『ずるい』
やあ、ユーシャ。今朝から見かけないがディアナと二人でどこに行ったのだ?
『ずるい。私もデートする』
あまりずるいなんて言葉は使ってほしくないな。もちろんデートはしようじゃないか。私も楽しみにしているよ。
『よろしい』
それで今どこに?
『湖』
今朝からずっと?
『しっぽり』
お下品な表現はやめなさい。
『ぬれぬれ』
おいこら。
『エリクも来て』
後でね。今からパティとデートだから。
『ディアナも呼んでる。酸欠プレイがお気に入り』
またか……。
いや、ちょっと君たち自由すぎるんだけど……。もう少し羞恥心とかさ。そういうのあるでしょ? 人目がないからってそこまで脱ぎ捨てないでほしいんだけど……。
「どうしたのエリク? もしかしてユーシャから?」
「う、うむ。湖にいるそうだ」
「また素っ裸で一日過ごしていたのね。もう。二人にも困ったものね」
パティは慣れたものだね。私は未だに受け入れ難いよ。
「あの子達元の生活に戻れるのかしら?」
「流石にもう五年もすれば飽きるんじゃない?」
あと七年はこの生活が続くんだよなぁ。野生に帰ってしまったらどうしよう……。公爵閣下に顔向け出来んぞ……。




