06-70.対価
「あら。テミスったら意地が悪いのね」
「そうだよ! 母さん達が血相変えて飛び込んでくるから何事かと思ったじゃん!!」
メグル姉さんとマグナ姉さんはテミス叔母様と親しいの?
「いっちゃ~やぁ~だぁ~マグナちゃ~ん~~!!」
「落ち着いて、母さん。まだ行かないから」
母さんがまた泣き出してしまった……。いや、ずっと泣いてたか……。
「本当なのですか……マグナ様とはもう二度と……」
「まあそうね。その決定は覆せなかったわ。今までは」
「ごめんね……シルク……」
「そん……なぁ……」
「ほらシルク。もう泣くのはやめなさい。大丈夫よ。この私が簡単に諦めるわけないでしょう?」
フーちゃんと同じ事言ってる。
「テミス。私に免じて処罰を撤回なさい。私、エーテル様には借りがあるの。そしてあなた達も私に借りがある。この意味がわかるわよね?」
「バカを言うな。お前達が自由に振る舞えているのはその借り故だ。相殺すれば権利を失う事になるのだぞ。加えてマグナの身柄を引き渡す事は既に決定事項だ。こちらは覆せん。故に結果は変わらぬ。お前達は世界を渡る術を失うのだ」
「問題無いよ! アル、ごほん。あのお方の庇護下に入るんだからね! あのお方の力なら!」
「マグナ。ダメよ。余計な事を口にしては」
「あ、うん。そうだったね。ごめん」
「とにかくそういう事よ。私達の心配は要らないわ」
「お前達の心配なんぞするものか。まったく。私がどれ程便宜を図ってやったと思っているのだ。それをあっさり手放すだと? 図に乗るのも大概にしろ。だいたい何だ。エーテルの事は敬うくせに私の事は蔑ろにしおって。いつから我らは友人になったというのだ。少し甘やかすとすぐこれだ。まったく人間というやつは。これだから……ごほん。失礼。少々頭に血が上りすぎた」
ぐっじょぶ、ゆーちゃん。手を握っただけだけど。
「マグナもあなたの姪でしょう? もう少し優しくしてくれても良いんじゃないかしら?」
「……はぁ。まったく。……よかろう。提案を飲もう」
それじゃあ!?
「ただし年に一度だ。中央世界基準のな」
「長すぎるわ。それじゃあ千年でも足りないじゃない」
中央世界は随分とゆっくり時が流れているようだからな。我々がこちらの世界に来て既に数百年は過ぎているが、未だにゆーちゃんの両親は顕在なのだ。向こうの一年がこちらの千年以上ともなればそれも納得だな。
「お前達の払える対価ではそれが限度だ。本来であれば永久に続く罰を緩和するのだ。これ以上の譲歩はこの我であっても引き出せん。諦めろ」
「対価を上乗せするわ」
「これ以上お前に払えるものはない。これは神々の決定だ。先の対価すら神々の温情故と理解しろ」
「……まあ仕方がないわね。いいわ。それで手を打ちましょう。一先ずは」
「おい」
「いいじゃない。その分善行を積んでいくってだけの話よ。模範囚には恩赦を与えてあげましょう♪」
「模範囚だと? エーテルが反省なんぞするものか」
「今回ばかりはそうとも言い切れないんじゃないかしら?」
「母さん。一緒に罪を償おう。私も向こうで頑張るから」
「うん! うん!!」
「……ぐす」
あれ? テミス叔母様泣いてる?
「……泣いてない……ずびっ」
うん。泣いてない泣いてない。
「質問よろしいかしら? 一つ気になっていたのだけど」
ゆーちゃんがメグル姉さんに問いかけた。
「聞きたい事は一つだけかしら? 遠慮せず好きなだけ問いかけてもらって構わないわ。時間なら十分にあるもの」
え?
「なら一つ目よ。いつまで滞在していただけるのかしら?」
「この世界では一月か二月ってところでしょうね」
え? そんなに居てくれるの?
「テミス、叔母様が休暇を取ってくださったのよ♪」
「おい。余計な事を言うな。だいたいなんだその取って付けたような呼び方は。お前にまで許した覚えは無いぞ」
「なによ。私だけ仲間外れにするつもり? 私も家族に加えなさいよ」
「環には大勢家族がいるだろうが」
「そうよ。なのにあなたが強引に転移させたせいでお別れも言えなかったじゃない。折角お姉ちゃんと再会出来たのに。きっとまた泣いてるわね。テミス叔母様ったら私にだけ厳しすぎないかしら? 後でもう一度連れて行ってくださる?」
「先程対価に差し出したばかりだろうが。諦めろ。バカ者」
「だから交渉しているんじゃない。あれは叔母様の落ち度だと思うの」
「お前のそういう強かさは嫌いではないのだがな。しかしこれ以上はダメだ。そういう事は新しい家族に頼むんだな」
「マグナがお世話になっていた方々よね。どんな方なの?」
「今はお前が質問に答える側だろうが」
「私も気になります。テミス叔母様」
「ダメだぞ、結心。環なんかを見習っては。こやつは神々を利用することすら厭わぬ不敬者だ。いずれ必ず神罰が下るだろうさ」
「よく言うわ。誰のおかげであの悪神を討伐出来たと思っているのよ」
「お前一人の力ではなかろう」
「私が居なければあの世界は滅ぼされていたでしょうね」
「まったく。口の減らない奴だ」
メグル姉さんって面白い人だね。色んな話を聞いてみたいな。
「銀花まで……」
あ、ごめんなさい。テミス叔母様。もちろん叔母様の言葉を蔑ろにするつもりはございません。
「……やはり休暇は無しだ。一刻も早くこの悪魔を私の可愛い姪たちの下から引き剥がさねば」
「悪魔だなんて酷い言い草ね。けれどこれ以上自分の言葉を曲げるのはやめておきなさい。テミス叔母様は随分と無茶をされているようだし。最悪職を追われかねないわよ」
「おい! お前何を知っている!?」
「別に。マグナの記憶を少し覗いてみただけよ。叔母様ったら質問に応えてくださらないんだもの。私気になったから自分で見てみようと思ったの」
「なっ!? なんでメグルがフィリアスと一緒に!?」
いつの間にかメグル姉さんの膝に、一人の幼女が座っていた。
フィリアス?
「あら。マグナも知っているのね。……なるほど。フィリアスを生み出したのはその世界の方なのね」
「なんだそいつは。渡航許可を出した覚えは無いぞ」
「この子はマカイ。私の新しい相棒よ」
「相棒!? 寝取られた!?」
「安心なさい。まだ付き合いは浅いわ」
そういう問題?
「返してきて!!」
「無理よ。この子は私と紐付いているもの」
「……身体の中に隠していたのか?」
「そうよ。この子達にはそういう力があるのよ」
姉さん達がやるのと同じかな?
「そうか……これが……。あの場に居たのも……」
叔母様は難しい顔で考え込んでいる。
「あら。なんだか不穏な感じね。戻りなさい。マカイ」
幼女は真っ黒な霧になってメグル姉さんの身体に吸い込まれていった。
「……ここでは二度と出すでないぞ」
「黙っていてくれるのね。いえ。そうではないわね」
「余計な事を口にするな。バカ者め」
「困るのは叔母様だけでしょう?」
「……」
図星っぽい……。




