01-42.魔物素材の可能性
「こっちだ。
こっちの方が魔力を通しやすい」
「じゃあこれは?」
「うむ」
私はパティとジュリちゃんの差し出す素材に、次々と魔力を流していく。そうやって、私の体を構成するのに都合のいい素材を選り分けていった。
「むっ」
「通らないわね。
これは……」
「フォレストヴァンプの翼膜ね」
森の吸血鬼?
「奴らは魔力の塊みたいな存在だものね。無理もないわ。
というか、こんな高級素材どうやって手に入れたの?」
「昔狩ったやつよ。
運が良かったわ」
「この素材はそんなに珍しいのか?」
「吸血鬼って聞いた事ある?」
「ああ。うむ。知っているぞ」
この世界の吸血鬼が私の知っているものと同じかは知らんがな。
「フォレストヴァンプは人型の狼に変身できる吸血鬼よ。
森の奥に拠点を構える高位ランクの魔物で、滅多にお目にかかる事は出来ないわ。しかも狼の方が本気の姿だから、普通倒した時には翼なんて生えていないのよ」
なるほどそんな魔物が。
吸血鬼と狼男って別々じゃないのか。
なんなら、敵対とかしてるのかと思ってた。
「そもそも吸血鬼の時点でも常に翼が生えているわけじゃないわ。更に言うなら陽の光に少しでも触れれば灰になるの。だから倒すにも運ぶにも保存するにも問題が多すぎるのよ」
吸血鬼の形態で翼を生やしている時に不意打ちで始末せねばならんのか。吸血鬼と言えば回復力も高いであろうに。
「ねえ、ジュリちゃん。
これで手袋作れる?」
何に使うつもりだ?まさか私対策か?
魔力に対する絶縁体のように使う気か?
「やってやれない事はないけれど、今の手持ちの素材では足りないわね。完全に陽の光を遮断しなきゃだし、少し解れた程度で灰にするわけにもいかないもの。それに手袋としては相当厚手のものになってしまうわよ?」
「なら袋にしてもらおうかしら。
急ぎじゃないから完成は何時でもいいわ」
「そう。材料発注しておくわね」
「何に使うつもりだ?」
「エリクの入れ物よ。
エリクが悪いことしたら閉じ込めるわ」
「おい」
「冗談よ。少し実験してみるだけ」
「単なる思いつきを試すには、高額過ぎる品ではないか?
今この場で試させてもらってはどうだ?」
「良いでしょ、別に。
そうそうお目にかかれないんだから。
こういうのは持っておいて損はないわ」
「まあ。そうかもしれぬが……」
こやつあれか?
興味の湧いたものは片っ端から手に入れるタイプか?
部屋とか片付けられんタイプか?
「それより再開しましょう。
今はこっちを試していかないと」
「今度はなんだ?
皮の類ではないのか?」
「ええ。骨組み用の素材ね。
先ずはホーンラビットの角よ」
「うむ。
なんとなく素材の善し悪しがわかってきたぞ」
中身の密度とか諸々が違いすぎる。
このままなら私、魔物素材博士になれちゃうかも。
「じゃあこれは?」
「むっ」
なんだ?鉱石?
今までで一番魔力の通りが良いな。
だからといって、密度が少ないわけでもない。
そういう性質の素材なのだろう。
「良きものではないか?」
「ええ。最高級の素材の一つよ。
これは深層に棲む特殊なロックワームの糞よ」
「え?」
「俗に言う、ミスリルってやつね。
流石はジュリちゃんだわ。良いもの持ってるじゃない♪」
ミスリル!?
まさかの伝説の素材!?
あるのそんなの!?
いやでも、糞だしなぁ……。
「まさか私の体に使うのか?」
「ええ。
この素材は魔術に極端に強いの。
これで作った鎧には、どんな魔術も効かないの」
どういう事だ?
魔力をよく通すのに魔術は弾くのか?
これも気になるな。試してみたいものだ。
「これは仮説だけど、ミスリルは魔力だけを通してしまうのではないかしら?」
なんかパティが語り始めた。
パティはこうして度々素材について教えてくれるのだ。
この臨時授業が結構面白く、ついつい聞きいってしまう。
「魔術としての現象のみをその場に留め、魔力だけを吸い取ってしまうから、魔力の足りなくなった魔術が霧散すると?」
「そうそう♪そういう事♪」
パティも楽しそうだ。
やはり魔術も好きなのであろう。
それに素材や魔物の知識についても同様だ。
それらを語って聞かせられる相手の存在が嬉しくて堪らんのだろう。
パティはマニアックなところがあるからな。気持ちはよくわかる。
「ミスリルを骨に纏わせてみましょう。
きっと頑丈で魔力を通しやすい骨組みが出来るはずよ」
「量が全然足らないのではないか?」
そもそも頑丈さだけなら十分では?
エンシェントなんちゃらとかいうドラゴンの骨を使う計画ではなかったか?
「大丈夫よ~♪
在庫は十分あるから~♪」
ジュリちゃんって素材屋やった方が儲かるのでは?
なんなら普通に他所に持ち込むだけでも、一生働く必要無いのでは?
「折角だ。
武装も積んでみんか?」
「案があるなら聞くわよ」
「ブレスとかどうだ?」
「普通に考えたらサイズ的に不可能ね。
ジュリちゃんは何か方法思いつくかしら?」
「毒魔竜のブレスならいけるんじゃないかしら?
流石に連発は出来ないし、効力は落ちるでしょうけど」
「いっそ痺れさせる程度に抑えられれば尚良いな」
「エリクの体に仕込んだら浄化されてしまうんじゃない?」
なるほど。
その可能性もあるな。
人形の呪いも抑え込んでいるのだし。
「今度試してみましょう」
「流石に毒物の在庫は無かったのか」
「いえ、あるわよ。
でも実験するにはそれなりに準備もいるでしょう?」
そっちだったか。
「電撃はどうだ?」
「雷鳥の羽毛があればいけるかしら?
折角なら魔術で増幅出来るようにしましょう」
「仕組みを考えてみるわ♪」
「こうなると火や水も操ってみたくなるな」
「流石にそっちは魔術使った方が早くないかしら?」
「まあそうではあろうがな」
どうせなら、全部無詠唱で使いこなせたらカッコいいと思うのだが。
「治療に関するものは無いのか?
吸血鬼の力で眷属にしたりはどうだ?」
「ダメね。あれは理性のない化け物にしかなりえないわ」
検討したことはあるのか。
魔物について詳しいのは、ディアナの治療の為でもあったのかもしれんな。
「聞いたことがあるわ。
死者すら蘇らせる不死の鳥がいるって」
不死鳥か。
この口ぶりでは、流石のジュリちゃんでも不死鳥の素材は持っていないようだ。
「転移はどうだ?」
私の薬瓶を開封せずに中身を取り出す方法とかないだろうか。もしそれが可能なら、薬瓶の中身を維持する機能によって減った分が戻ったりしないだろうか。
少なくとも魔力だけなら戻るのだ。
パティの協力のお陰で既にその確認は済んでいる。
ならば薬そのものが補填されたっておかしくない。
「てんい?」
なんだこれは知らんのか。
「距離や障害物を無視して物を移動させる術だ」
「……いるわね。そういう魔物。
小型の猫系の魔物でね。
装備や小物を奪うの。
カバンの中身でもお構いなしよ」
「ビンゴだな。
その魔物の能力を再現できぬだろうか」
「……もしかして、エリクの中身を?」
「うむ。そういう事だ。
安心しろ。少し試してみたいだけだ。
全部飲ませたりはせんよ」
これで多少の時間は稼げるはずだ。
ディアナも私が自分を犠牲にするのでなければ受け入れてくれるだろう。
「やるとしてもちゃんとユーシャを説得してからよ」
「ああ。もちろんだとも」
そもそもその魔物の一部を移植したからといって再現できるとは限らん。しかしもし上手く行けばエリクサーが使い放題だ。これは試さずにはおれんだろう。
「体を強くする樹液や木の実を産み出す植物系の魔物とかはおらんのか?」
「エリクは面白いことを考えるわね。
いったいどこでそんな知恵を得たの?」
「知っておるだろう。前世の知識だ。
むしろ私としては、この世界に存在している事の方が驚きだ」
「私も一度行ってみたいわ。
エリクの世界」
「やめておけ。お主にはつまらん世界だ。
……いや、そうでもないか。
お主なら何処ででも楽しめるであろうな」
「ふふ♪
エリクもやっとわかってきたじゃない♪」
「話を戻すぞ」
「食べれば強い体を作れる木の実よね。
それそのものは聞いた事無いけど、エリクの中身が使えたらある魔物の性質が利用できるかもしれない」
その後も私達は長い事語り合っていた。
私の体の事も、ディアナの治療方法の事も一緒くたにして案を出し合った。




