06-52.譲れないもの
「来やがったな魔王! 今度こそ決着つけてやる!!」
つい数日前に負けたばかりだろうが……なんて往生際の悪い男だ。正直失望したぞ。面倒な兄どもめ。
「なんだ? お前は命を奪われないと負けじゃないとでも言うつもりなのか?」
「認めるわけにはいかねえんだ!!」
意地っ張りお兄ちゃんめ。
「バカな真似はやめろ! ほとぼりが冷めるまでだ! 俺達がどうにかしてやっからよぉ! なあ! 頼むよ大将!!」
……なるほど。ベルトラン達は最初からそのつもりだったのだな。それは悪いことをしてしまったな。私は彼らの覚悟を軽んじていたようだ。しかし今更引けぬのは私も同じ。なんとしても彼らに認めさせるしかない。
「私も覚悟は同じだ。この国の未来を考えた末の結論だ」
「それが余計な世話だってんだよ!! 自分達の事だけ考えやがれ!!」
「此方のセリフだ! いつまでも意地を張りおって! 敗者に選ぶ権利は無いのだ! 大人しく引き下がれ!」
「それでもだ! それでも張り続けねえとなんねえ意地ってのもあんだよ!! 引き下がるのはお前達の方だ!!!」
これでは堂々巡りだな。やはり力で示すしかないようだ。何度でも。
わかっている。彼らは我々を守りたいだけだ。悪意から遠ざけるのも一時的な処置だ。いつでも我々が戻ってこれるように国を作り変えるつもりだったのだ。
しかし我々は自らの手で立場を守る事を選んだ。彼らが切り捨てようとしているものにすら救いを与えようとした。
神を恨む者がいるのなら、その想いによって国が作りあげられたと言うのなら、受け止めるべき者が必要だ。それは決して見過ごしていいものではない筈だ。
彼らはただ切り捨てようとしている。自らの手を汚してでも国を作り変えようとしている。ただ妹達の為だけに。あの子達が憂いなく暮らせる国を作る為に。
しかしそれではダメだ。彼らの性急過ぎる変革は必ず歪みを齎すことだろう。行き着く先は粛清だ。当然の話だ。恨みを持つ者達もまた、素直に切り捨てられるわけがないのだ。
竜后フランの作り上げた地下組織と同じだ。必ず見えない所でくすぶり続けている筈だ。神への恨みを抱いているのは何もカルモナド王家だけではないのだ。かつてのカルモナド王家がそうであったように、神の目を避けて隠れ潜んでいる筈だ。いずれ必ず復讐を遂げると心に秘めて。
だから象徴が必要なのだ。私は神に生み出された魔王だ。そう在り続けると決めたのだ。母さんへの憎しみは私達が受け止めねばならない。それが私達の責任だ。逃げたとて遅かれ早かれ向けられるものなのだ。
彼らは目を逸らしている。事実を正しく理解していない。私達の選んだこの道こそが唯一の正解だ。だと言うのに、妹達に責任を負わせたくない一心だけで否定しているのだ。現実から目を背けている。
私達には彼らの助けだって必要なのに。彼らに家族を守ってもらわねば安心して動くことが出来ぬと言うのに。
バルデム家やデネリス家だけではない。アルバラード家やアンヘル家、カナレス商会。コルティス家やエルナス村。いずれはヴァイス家やモラレス家だって巻き込まれるかもしれない。
当然カルモナド王家の者達とて例外ではない。この国にはパティの知り合いが大勢いるのだ。その誰もがパティを庇おうとするだろう。いずれはそんな者達すらも憎しみの対象に含まれてしまうかもしれない。
だから私達には必要なのだ。ベルトランとニコライの協力が。彼らにやってもらいたいのは私達を安全な場所まで遠ざける事ではない。本当にやってもらいたい事は橋渡し役だ。象徴となった我らと表面上は敵対しつつも、我らの手の届かぬ者達を守る存在であってほしいのだ。
酷なことを言っているのはわかっている。彼らの考えこそがより現実に即したものである事もわかっている。しかしそれはあくまで一時凌ぎの話だ。カルモナド王国内に限った話でしかないのだ。
我々の存在はいずれ必ず世界中に広まるだろう。神との繋がりも悟られるだろう。しかし憎しみを集める存在が聖教国ではダメなのだ。あの地は母さんの反省と贖罪を示す為の場だ。聖教国を出発地点として神の恩恵をこの世界全土に広げるつもりだ。例え魔王が神に生み出された存在であっても、神とは別個の存在であらねばならぬのだ。
いずれは神と魔王が雌雄を決する時も訪れるのかもしれない。私達はそう見せかけて全てを終わらせようとするのかもしれない。けれどそれは遥か先の話だ。魔王は神の悪事の象徴であらねばならない。神と魔王は完全に分かたれたのだと皆に示さねばならんのだ。
それには長い月日が必要だ。カルモナドには先導役になってもらわねばならん。魔王を討ち果たす人類の為の前線基地となってもらわねばならんのだ。
我々の望む形に人々を導けるのは彼らをおいて他にはいない。彼らにはより過酷な道を歩ませる事になるだろう。
だが出来るだろう? 愛しの妹達の為ならば。
「……勝手な事ばかり言いやがって」
再び地に倒れ伏したベルトランが悔しそうに呟いた。
「室外ならば勝てると考えたのか? 魔王を甘く見過ぎだ」
「……ちくしょう」
「いくらでも相手になってやる。それが私から差し出せる報酬だ」
「……何が報酬だ。こき使いやがって」
「お主も嬉しかろう? 愛しの魔王様が喧嘩相手を務めてやるのだ」
「何が魔王だ。お前なんかただの悪女だろうが」
「そうだぞ。だから利用価値のあるうちは使ってやる。精々我々の役に立つのだな。クックック」
「バカおめえ。そんな事してたらこの国だって復讐の対象になっちまうじゃねえか」
「それはいかんな。お主らは対魔王の象徴だ。神への復讐心は全て魔王に対するものへと置き換わらねばならんのだ」
「ひっでぇヤラセだな」
「お前は勇者を名乗れ。ちゃんと血を繋ぐのだぞ。アルバラード家には勇者の名と共に受け継いでもらわねばならん」
「やっぱ悪女じゃねえか! よくそれ口に出来たな! 悪質にはも程があんだろ!」
まあね。ベルトランをフッただけに飽き足らず、妹達まで引き抜いておいてだもんね。アルバラード家の子はベルトランしか残っていない。ベルトランが私以外の相手を見つけるしかない。全部わかっていて口にしているのだもの。
「ふふ♪ そうは言ってもこの関係も悪くもなかろう♪」
全く相手にされないよりはな♪
「なら一つ約束しやがれ!」
「なんだ? 言うだけ言ってみろ。なんでもな」
「俺達が勝ったらお前を貰うぞ!」
「ふっ! ふっふ」
「てめぇ! 笑うこたあねえだろ!?」
「いや。すまん。ふふ。まさかまだ諦めておらんかったとはな。私の事はとっくに冷めたと言っておったろうに」
「うるせっ! 惚れ直しただけだ!」
「ふははははははは!!」
「くっ!!」
「ふふ♪ よかろう♪ もし本当に勝つ事が出来たなら全てお前の望む通りにしてやろう♪」
「言ったな! 約束だぞ!」
「私は決して負けん。お主も約束を果たせよベルトラン」
「いいぜ! 継いでやる! この約束と共にな!」
「なんだお前が落とすわけではないのか」
「落とすさ! けどな! 決して負けんじゃねえぞ! 俺以外の誰かに落とされたってんなら化けて出てやるからな!」
「その時はまた会えるのだな」
「バカ言ってんじゃねえ! 子孫まで巻き込むってんだ! 半端な結果に終わったらただじゃおかねえぞ!」
「うむ。心しよう」




