01-40.昔々ある所に
『まったく。酷い匂いだ』
薬瓶が涎まみれだ。
やはり洗わんと落ちんか。
しかし今日はもう離してくれそうにはないな。
しっかりと二人の手首に首紐が絡みついておる。
しかも指まで絡めて握りしめおって。
まるで牢獄のようだ。
「ユーシャ。まだ足りないみたいよ」
まだイジメ足りんのか!?
「そうだね。やっぱり体が必要なんだよ。
せめて私の体に閉じ込める方法でもあればいいんだけど」
「勝手に抜け出しちゃうものね」
『当然であろうが!
ユーシャの体ではやらせんぞ!』
逃げ出そうとユーシャの体を操ったら、パティのやつ容赦なくユーシャに標的を変更しおった。今のユーシャの体ではパティには勝てん。あのままではユーシャとパティが一線を越えておった事だろう。
「大丈夫よ。焦らなくても。
ちゃんとエリクのこと待っててあげるから」
噛み合わん!
話しが全く噛み合わん!!
私はそんな心配はしておらん!!
「早くお人形作らなきゃ。
今度は感覚があるやつ」
結局今日はジュリちゃんの店には行かんかったからな。
明日にでも改めてお邪魔するとしよう。
「いっそエリクを材料にあのゴーレム作ってみたら良いんじゃない?エリクの魂もそっちに移るかもしれないわよ?」
「今日調べてたやつ?
エリクに見せた本に乗ってたあれ?」
ホムンクルスのやつだな。
まあ、書物にはあくまでゴーレムとして記述しておったが。
恐らく、ホムンクルスという概念自体が存在せんのだろう。
「そうよ。
人間に近いゴーレムを作ろうとしたんですって。
あのお話の中では結局失敗しちゃってたけど」
「そうなの?
どういうお話だったの?」
そう言えば私もまだ読んでおらんな。
普通に気になるぞ。
「えっとね。確かこんなお話よ」
パティはそう言ってお伽噺を語り始めた。
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昔々とある小さな村に、子に恵まれぬ夫婦がおったそうだ。
どうしても諦めきれなかった夫婦は、土と石、そして木の枝で人型を作ったそうだ。その人型を大切に大切に、それこそまるで家族のように側に置いていたのだという。
そこに偶々町を訪れた、旅の魔術師である翁が現れた。
翁はその夫婦を哀れに思い、人型に三つの機能を与える。
一つ目は頑丈な体。
人型の表皮は土塊に過ぎぬ。
ポロポロと崩れては夫婦がせっせと修復を繰り返していた。
翁の魔術で頑強な肉体を得た事により、その必要がなくなった。
二つ目は模倣。
人型は夫婦の行動を真似るようになった。
自ら椅子に座り、匙を持ち、スープを口元に運ぶようになった。
三つ目は声。
模倣の機能と合わせて、幾つかの歌や言葉を覚えた。
夫婦の問いかけに反応を示し、夫婦の愛に答えるように綺麗な声で歌を歌った。
夫婦は大層喜んだ。
翁を歓待し幾度も礼を言って、再び旅に出る翁を盛大に送り出した。
夫婦と人型は暫くの間幸せに暮らしていた。
周りの者達からどれだけ奇異な目で見られようとも、土塊で出来た人型を愛し続けた。
しかしそれも長くは続かなかった。
人型に出来るのはただ真似る事だけ。
スープを口に含んだ所で飲み込む事など出来はしない。
口に入れたものはそのまま口から溢れ落ちるのだ。
夫婦は言葉を尽くした。
スープを取り上げ、お前にそれは出来ぬのだと諭した。
優しく優しく、我が子にするように語りかけた。
当然、人型が次に真似たのはその行動だった。
夫婦のスープを取り上げ、同じ言葉を夫婦に返した。
人型は鏡だ。
夫婦が幸せならば、人型も幸せそうに振る舞う。
夫婦が不幸ならば、人型も不幸だと嘆く。
段々と人型は否定する言葉を覚えていった。
スープを飲むな。
床を汚すな。
夜に歌うな。
人前に出るな。
歩き回るな。
【真似をするな】
人型には心が無かった。
人型には温もりが無かった。
人型には愛がわからなかった。
夫婦が何を言おうとも、ただそれを模倣し続けた。
言葉の意味もわからずに愛を囁き続けた。
言葉の意味もわからずに夫婦を否定した。
夫婦は辟易した。
冷たい土の塊が、寸分違わぬ声音で愛を囁き続ける日々に。
冷たい土の塊が、否定的な言葉ばかりを発する日々に。
そんな時、再び翁が村を訪れた。
夫婦は早速翁を家に招いた。
人型を見せ、悩みを打ち明けた。
翁は二つの機能を追加した。
一つ目は温もり。
人型は体温を手に入れた。
二つ目は痛み。
人型は肌と触覚を手に入れた。
夫婦は人型を抱きしめた。
人型は初めて抱きしめられる意味を理解した。
人肌と触れ合う感覚。そして温もり。
人型はそれを尊いものだと感じ取った。
また暫く幸せな時は続いた。
夫婦と人型は抱き合い、温もりを伝え合った
夫婦は人型に痛みを与え、やってはならぬ事を教え込んだ。
人型は痛みを忌避した。
叩かれれば、繰り返してはならぬのだと理解した。
今度は少しだけ長く幸せな日々が続いた。
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「ユーシャ寝ちゃったわね。
続きは明日にしましょうか」
「待て待て!気になるであろうが!
そんな所で止めるでない!」
「ごめんね。
実は私もまだこの先は知らないの。
全部読んでる時間は無かったから」
「結末は知っておるのだろう?
ディアナの治療に使えるやもと考えたくらいだ」
「ええ。まあ。
でもあまり楽しいお話ではないわよ?」
「なんだバットエンドなのか」
「う~ん。そうとも言い切れないんだけど。
ただ手放しで喜べるようなお話ではないわね」
「どんな結末なのだ?」
「……やっぱり明日にしましょう。
このお話、ユーシャにも聞いてもらうべきだと思うの」
「少々似ているように感じるな」
「ええ。実は私も。
話しながら気付いたんだけどね」
「ユーシャも決して傷つかぬ頑強な肉体と、他者と変わらぬ傷つきやすい表皮を持っておる」
「それに歌が上手いっていうのもあったわね」
「模倣は無いな。
ユーシャは不器用だ。掃除すらすぐには覚えられなんだ。
メイド長にも太鼓判を押されておる。逆の意味でな」
「少し安心したわ。
まさかユーシャがって事は無いでしょうけど」
「まあ、流石に突拍子もなさすぎるな。
第一、その書物が書かれたのは随分と昔の話しであろう?」
「ええ。少なくとも十年前って事は無いでしょうね」
「やはり気になるぞ」
「ダメよ。抜け駆けしちゃ」
「しかし……」
「今日はもう寝ましょう。
明日も忙しいんだから」
「私に睡眠は必要ない」
「それでもよ。
今晩は私達の側にいて。このままね」
「……仕方ないわね。約束してあげる。
何処にも行かないから安心してお眠りなさい。
おやすみ。パティ」
「ええ。おやすみ。エリク」




