06-43.進退報告
「クビになりました」
「すまん……」
「責任を取ってください」
「うむ。お主を眷属に加えよう」
ダリアの眷属化は既に許可されている。これを以って証としよう。
「……なるほど。これは研究し甲斐がありそうです」
ご満足頂けたようで何より。
「ふふ♪ 今後ともよろしくお願いしますね♪ クシャナさん♪」
「ダリアは本当に良かったのか? お主だけならば」
「わかっているでしょう? 私は自分で選びました。責任を取れなんて言ったのは方便です」
「だから問うているのだ。私の魔力が原因か? 以前少量でも流してしまったからか?」
「違います。私は一研究者として我欲を優先したのです。教師という職に未練が無いと言えば嘘になりますが、それ以上に心惹かれたのです。ですからご安心を。恨みはしません」
「そうか……」
「ディアナさんの事もご安心を。彼女は強い子です。約束を果たせなかった事は心苦しいですが、その代わりに卒業までは私がつきっきりでお教えしましょう」
「それは心強いな。ディアナも喜ぶだろう」
在学中に教師を引き抜いて家庭教師にするのは横紙破りが過ぎる気もするけど。とはいえクビを宣告されてしまったのならば仕方があるまい。ありがたく貰い受けるとしよう。
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「研究所は縮小していくわ」
パティは沈鬱な表情だ。折角立ち上げた研究所は半年保たずして畳むことを余儀なくされてしまった。理由は新王が認可しなかったからだ。表向きにはそういう事になっているらしい。ニコライは徹底するつもりのようだ。いずれ王国が保有する神器も手放すつもりかもしれんな。その辺は話をする機会があるとよいのだが。
「ヴァイス家はどうする?」
暫くは収入も途絶えるだろう。何か考えねばな。その先の為にも。
「また冒険者でも始めようかしら」
「それも良いかもしれんな」
「冗談よ。研究は続けるわ」
あくまでカルモナド王国内での研究が認められていないだけだものな。他所の国で続ける分には問題ない。ヴァイス家に拠点を移しつつあった事は行幸だった。
パティがショックを受けていたのもどちらかと言うなら、ハッキリ宣言された事に対してだ。もうこの国に自分達の居場所は無いのだと突きつけられたからだ。この国を愛するパティとすれば悲しみを抱くのも当然の話だ。
「けれど暫くは魔導具造りを優先しましょう」
魔導具とは読んで字の如く魔導を扱うための道具だ。元々の研究に加えて、今ではルベドや母さんの知識もある。神器程強力な物は広められないが、幾分か性能を落とした物を広めるつもりだ。
これは神器を回収する代わりでもある。人が自ら生み出せる程度の力を正しく世に広める事で、母さんが無秩序にかき乱してきた人々の営みを正す目的もある。
そして何より、これは人々に対する罪滅ぼしでもある。全ての人々の生活水準を向上させたい。神に振り回されてきた人々に恩恵を振る舞いたい。誰もがいつでも温かい食事を得る事ができ、温かい湯船につかり、温かい床につく。そんな生活を送れるように手助けしていきたいと思う。
パティはそんな私の夢に共感してくれた。むしろ私以上に本気になってくれた。だからパティが折れる事はない。どれだけの悲しみを背負ってもきっとまた立ち上がるだろう。
「先ずはどこに卸す? 聖教国から始めるか?」
「悪くないわね。強引に認めさせる事も出来るでしょうし」
「また争いが起きるな」
「一度済ませておく必要はあるわ。まだ神を認めていない人たちだって沢山いるんだもの」
「炙り出すのか?」
「ゆっくりね。騙し討をするのではなく、世界の変革に付いて来れずに暴発した人を抑えるの」
「今度は慎重に進めねばな」
「そうね。また追い出されたら堪ったものじゃないわ」
「ありがとう、パティ」
付いて来てくれて。共感してくれて。出会ってくれて。他にも伝えたい事は沢山ある。とても伝えきれはしないけど。
「違うわ。全てエリクのお陰よ」
「いいや。パティのお陰だ。パティがいなければ私とユーシャは今も二人で旅を続けていただろう」
「それを言うならディアナのお陰じゃない」
「まさか忘れたのか? パティがいなければディアナは今頃この世におらんのだぞ?」
「ディアナが救われたのはエリクのお陰よ」
「いいや。パティのお陰だ」
「エリクよ」
「パティだ」
『二人ともでいいじゃない。それにもっと言うなら私がいなければそもそも銀花がこの世界に来る事も無かったわ♪』
「「……」」
『なによ?』
「別に。もちろんゆーちゃんにも感謝してるよ」
『おざなりだわ』
「今は私の番よ。ユウコさんは遠慮して」
『あら失礼。どうぞごゆっくり♪』
ふふ♪
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「そうか……」
公爵閣下は考え込んでしまった。今日は私、ディアナ、パティ、ユーシャ、メアリだけで報告に来たのだ。
とは言え全てを話せたわけじゃない。特に本当の理由を伝える事は不可能だ。これは王家の抱える秘密だ。自分達の為に吹聴して良い事ではない。例え親族が相手であってもだ。
あくまで妖精王である私の滞在が認められなくなったと伝えただけだ。神や魔王に関する事は伏せるしかなかった。パティとディアナは私について来ると決めた。それをそれぞれの言葉で伝えてくれた。私としては情けない限りだ。
正直気は重かった。私のせいでという気持ちはどうしても無くせない。パティとディアナがどれだけ言葉を尽くしてくれようとも罪悪感は拭えない。それでも話さないわけにはいかない。全ては私が原因なのだから。
「王都からではなくこの国からと。そう言ったのかな?」
「はい。その通りです」
なんとお詫びすべきか……。この場に至ってさえ言葉に迷ってしまう。
「ふむ。ならば正式な通達がある筈だ。私からも王家へ謝罪に出向かねばならない。その際に真意を確認してみよう。もしかしたら我が領内での生活に限り許されるかもしれないからね」
本当にお優しい方だ……。本来ならば私を責めるべきなのに。
「申し訳ございません。叔父様」
「父と呼びなさい。パティ」
「出来ません。先にも申し上げました通り、私は国を出る覚悟を固めたのです」
「相談をしに来てくれたのではなかったのかい?」
「……決して認められはしません」
「話せない事があるのはわかっているよ。けれど陛下は温情を与えて下さったのだろう? それはとても名誉な事だよ。強制退去でないならやりようはある筈だ。残り一年弱でもう一度認めさせればいい。陛下の方から引き止めたくなる理由を作ってしまえばね。私にはその手助けが出来る筈だ」
「それは……」
そうなのかもしれない。カルモナド王家が神や私の存在を決して認められないからと言って、全てを諦めるには早すぎるのかもしれない。私はこれ以上彼らに迷惑をかけたくないと考えていた。けれどそれは他方を蔑ろにする考えだったのではなかろうか。公爵閣下に娘達との永遠の別れを強いる非情な決断だ。他にやりようはあったのかもしれない。
しかしこんな事を考えてしまえば、またベルトランとの約束を破る事になってしまうのだな。彼方を立てれば此方が立たぬ。ままならないものだな。そんな事ばっかりだ。いつだって。
「少し考えてみなさい。君達の存在は決して不利益だけを齎すものではない筈だ。やり方にさえ気を配ればきっと皆も認めてくれるだろう」
「「はい。お父様」」
「よろしい」
「感謝致します。公爵閣下」
「君もだよ。エリク。君は我が娘の婚約者だ。私の事は父と呼びなさい」
「はい。お義父様」




